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食事を終えた僕は、席を立って、マリエルたちのパーティが座るテーブルへ移動した。
「マリエルさん」
「――――っ!? ハッ!」
僕が呼びかけるとマリエルが慌てて立ち上がった。
彼女の
食事をするのに邪魔になる部分の装備を解除したのだろうが、短めのブーツを履いた脚は太ももの上のほうまで肌が露出してしまっている。少し動けば下着が見えてしまいそうな格好だ。
「立たなくてもいいですよ」
「しっ、失礼いたしました」
マリエルは、恐縮した態度で着席した。
酷く緊張しているようだ。
『男嫌いというよりも男性恐怖症なのかな……?』
「さっきの話の続きですが、それから、ずっと落とし穴から落ちた地点で救助を待っていたということですか?」
「い、いえ……そういうわけでは……」
マリエルが言葉を濁した。
「
エルフのシンシアが横からそう言った。
「そうなんですか?」
「救助は期待できませんでしたし、生活していくためにお金が必要ですわ」
「なるほど……スケルトンと戦って成長すれば、いつか突破できる可能性がありますね」
「はい。何年掛かるか分かりませんけれど、その可能性に賭けたのですわ」
モンスターは成長しないが、冒険者は成長する。
安全にスケルトンを狩り続けることができるのなら、いつかスケルトンの群れを突破して奥へ行くことができるかもしれない。
僕は、スケルトンが居る広間の奥に何があるのか気になっていた。
『僕たちなら突破できるんじゃないだろうか?』
スケルトン・ウォーリアの強さがオーク・ウォーリアと同じくらいということなので、スケルトン・アーチャーの対策さえ出来れば突破できるだろう。
その点、僕たちのパーティメンバーは、全員が【ウインドバリア】を使えるため問題はない筈だ。
先ほどの話では弓矢による攻撃でも強力なものは、【ウインドバリア】では防げないようだ。
おそらく、敵が射た矢の威力と【ウインドバリア】を使う術者の『精霊力』のどちらが上かによるのだろう。
「先ほど、アンデッド・モンスターと言っておられましたが、アンデッド・モンスターの定義を教えていただけますか?」
マリエルたちは互いに顔を見合わせた。
「死者が復活してモンスターとなった存在……本にそう書いてあった……でも、それはおかしい……」
モニカが抑揚のない声でそう呟いた。
「ゾンビは、人間がモンスター化したものですよね? 倒すと元になった人間の死体が残りますが、スケルトンもそうなのですか?」
「スケルトンは、倒すと消え去り、翌日にまた復活します」
マリエルがそう言った。
「一般的なモンスターと同じ特徴ですね」
「そう……ゾンビが例外……」
「確かゾンビは、ヴァンパイアから発生するんですよね?」
「そう……ヴァンパイアの従僕……ヴァンパイア・サーバントに噛まれた人間がゾンビになる……」
「ヴァンパイアを見たことはありますか?」
「ない……見ていたら生きてここにいない……」
やはり、ヴァンパイアは相当な強さを持ったモンスターということだろう。
『では、誰がヴァンパイアやヴァンパイア・サーバントとゾンビの関係を調べたのだろう?』
「では、何処に棲んでいるかも?」
「知らない……『闇夜に閉ざされた国』の何処かに棲んでいると言われている……」
「ヴァンパイアもアンデッド・モンスターなんですよね? 人間が死んでヴァンパイアになったということですか?」
「分からない……」
「物語のなかには、そういった内容のものがあります」
ローラがそう補足した。
「アンデッド・ウィザードやアンデッド・ロードもそうなのですか?」
「はい。高名な魔術師や戦士が力を求めて、アンデッド・モンスターに生まれ変わったという物語がございます」
「でも、それは不自然……」
「どうしてですの?」
ジョゼットがモニカにそう聞いた。
「普通の人間や冒険者がモンスターに転生することはあり得ない……」
「
「確認されていない……仮定なら何とでも言える……」
「モンスターについては、『リスポーン・ストーン』というマジックアイテムがあって、そのアイテムから召喚されているようです」
「初耳……」
「ユーイチ、それは本当なのか?」
隣のテーブルからレリアがそう聞いた。
「主殿の言葉を疑うのかぇ?」
カチューシャがレリアにそう言った。
「そ、それは……」
レリアが返答に窮した。
「実際にこの目で見ましたからね」
僕は、そう言って『妖精の国』や『雪女の里』での体験を語った――。
◇ ◇ ◇
「そんなことが……」
「凄いな」
「その妖精や雪女とやらは、いつでも呼び出せるのかい?」
「ええ、まぁ……」
「見せてくれよ」
「ドミニク!?」
マリエルがドミニクを窘めた。
「いいですよ」
『ルート・ニンフ召喚』『ユキコ召喚』
白い光に包まれて、ルート・ニンフと雪女のユキコが召喚された。
「おおっ……」
『ルート・ニンフの装備6換装』『ユキコの装備6換装』
二人とも『魔布の隠密クローク+10』を装備していて顔が見えないため二人をメイド服姿にした。
「うおっ!」
ドミニクが吼えた。
「青い髪に……白い髪……」
モニカも無感情な態度に見えるが驚いているようだ。
「旦那さま?」
「ご主人様……」
「久しぶり……と言ってもそう感じるのは僕だけかな……この二人は、モンスターのような存在だったんです。モンスターと違って友好的でしたけどね」
「つまり、その者たちは『リスポーン・ストーン』とかいうアイテムに封じられていたということか?」
レリアが質問してきた。
「それは分からない。彼女たちにも記憶はないようだし……。僕の予想では、【工房】のスキルみたいなもので最初から封じ込めた状態で『リスポーン・ストーン』は作られたんじゃないかと思う。初代組合長も【ゴーレム作成】という魔術を編み出しているし、モンスターを自動的に召喚する石像みたいなマジックアイテムを作った人が居てもおかしくはない」
「一体、何のために……?」
「それは分からないけど……モンスターを倒すとお金が手に入るよね?」
「――――!?」
レリアが目を見開いた。
「その方は、刻印のシステムを最初に作った方かもしれませんわね」
シンシアがそう言った。
彼女がシステムという単語を使ったのには驚いたが、これ以上、アンデッド・モンスターについて議論しても時間の無駄だろう。
僕は、話を進めることにした。
「ありがとうございました。では、スケルトンと戦ったときの話を聞かせてもらえますか?」
「分かりましたわ」
そう言って、シンシアは語り始めた――。
―――――――――――――――――――――――――――――
マリエルのパーティは、ローラを救出した後、落とし穴に落ちた先の袋小路まで戻った。
真面目なマリエルは、傍目にもはっきりと分かるくらいに落ち込んでいる。
シンシアは、キャンプセットを設置して
キャンプセットは、多くの冒険者が愛用しているマジックアイテムだ。直径1メートルくらいの石の円盤の縁に30センチメートルくらいの不揃いな形の石が並べられているだけのものだが、この中に入れられた薪は、キャンプセットを【大刻印】に戻しても残ったままなのだ。
炭や灰といった燃えかすも残るので、たまに掃除する必要はあるが、戻す度に全てが消え去ってしまい新たな薪を購入する必要がないように設計されていた。
「みなさん、お食事にしましょう」
そう言って、基本魔法の【料理】スキルを起動して、レシピから野菜スープを作成する。
白い光に包まれて、大き目の鍋に入った温かいスープが召喚された。
木製の器とスプーンを
「温かいスープは有難いぜ」
「ホントですわ」
「ええ……」
「リーダー……?」
モニカがマリエルに声を掛けるが、彼女は無反応だった。
焦点の合わない目を焚き火に向けている。
「マリエル、どうしたんだよ?」
「…………」
まるで絶望して精神を病んでしまった普通の人間のようだ。
しかし、刻印を刻んでいる冒険者が精神を病むとは思えない。
マリエルは、いろいろと考え事をしているのだろう。
「マリエル、スープをどうぞ」
「……ああ……」
シンシアがマリエルにスープの入った器を渡すとマリエルは、夢遊病者のような態度で受け取った。
「さぁ、いただきましょう」
「いただきまーっす!」
「食べる……」
「いただきます」
「いただきますわ」
マリエル以外のパーティメンバーは、シンシアが配ったスープを食べ始めた。
しかし、マリエルは器を持ったまま固まっている。
「マリエル、食べてくださいな」
「ああ……分かった……」
マリエルがのろのろとスプーンを動かしてスープを食べ始める。
「心ここにあらずといった感じですわね」
「そうね……ショックだったのでしょう……」
「何がだ? ローラは助かったんだし、問題ねぇだろ?」
「スケルトンを突破する手段がない……」
「あー、それはな……救助を待てばいいじゃねぇか」
「二重遭難するだけ……」
「冒険者が増えれば、突破できる可能性も高くなるだろ?」
「その方法だと冒険者が千人くらい落ちてこないと無理……」
「え……? それじゃ、あたしたち一生ここから出られないのか?」
「その可能性が高い……」
「マジかよぉ……」
ドミニクが情けない声を上げた――。
◇ ◇ ◇
マリエルのパーティメンバーは、食事を終えた後、焚き火を囲んだまま黙り込んでいた。
「…………」
周囲には、重苦しい沈黙が漂っている。
「…………」
シンシアもパーティメンバーたちに掛ける言葉が見つからなかった。
そんな中、ドミニクがマリエルのすぐ隣に移動した。
右腕をマリエルの肩に回す。
「なぁ、気持ちいいことして忘れちまおぅぜ?」
「……いいだろう……」
「へっ? ホ、ホントかよ?」
「ああ……
「リーダー……」
「うっひょーっ! そうと決まれば、たっぷり可愛がってやるぜ!」
ドミニクがそう言って、毛布を敷いた。
「さぁ、マリエル。服を脱いでここに寝てくれ」
「分かった……」
そう言って、マリエルは立ち上がり装備を解除した――。
―――――――――――――――――――――――――――――
「ま、待て! シンシア! その辺りのことは別に話さなくていいだろ!?」
「どうしてですの?」
「ユーイチ殿は、スケルトンと戦ったことを知りたいと仰ったのだ!」
「ユーイチさんも男の子ですから、こういった話には興味がおありだと思いますわ」
「そうだぜ、サービスしてやれよ」
「お姉様は、どう思われますか?」
「ユーイチ様がお喜びになるのでしたら話すべきだと思うわ」
「リーダーが恥ずかしがる姿をもっと見たい……」
「お・ま・え・ら……」
マリエルが羞恥に震えながらそう言った。
「あの……その辺りの話はカットしてもらって結構ですよ」
「そっ、そうですよね? 流石にユーイチ殿は高潔でいらっしゃる」
『こんなところで聞かされても恥ずかしいだけだし……』
周囲が女性ばかりの部屋の中で女性から猥談を聞かされようとしているのだ。
その状況を楽しめるだけの精神的余裕が僕には無かった。
「それで、皆さんは、落とし穴の下でずっと暮らさないといけないと絶望していたのですよね? どうして、危険を冒してまでスケルトンと戦うことにしたのですか?」
「具体的には、お金の問題ですわ」
――刻印を刻んだ者にお金が必要だろうか?
「何にお金が必要なのですか?」
「まず、食料です。【料理】スキルで調達する食料は、通常よりもずっと高いですから」
「でも、冒険者は、食事を摂らなくても問題ないのでは? それに睡眠を利用すれば、毎日一回だけ睡眠コマンドを唱えるだけで、何年も過ごせると思いますが……?」
睡眠のコマンドは、最大で約24時間眠ることができる。
覚醒する
「まぁっ!? その方法は考えつきませんでしたわ!」
「どういうことだよ?」
「冒険者は、最大で約24時間眠ることができます。目が覚める度に24時間の睡眠を繰り返せば、ほぼ眠り続けることができるということです」
「おおっ! そんなことが!?」
「盲点だった……」
「流石は、ユーイチ殿だ……」
「いえ、起きて過ごしているほうが建設的ですし……」
僕は、慌てて否定した。
居心地の悪い褒め殺しを受けそうになったからだ。
「それは、そうですわね」
「確かにそれは最終手段ね」
アミエ姉妹が僕の言葉に同調した。
「食事代を稼ぐためにスケルトンを狩ることにしたのですか?」
「建前としてはそうですわ」
「建前……?」
「あの場所で絶望しながら過ごすことに耐えられなかったのだ……」
マリエルがそう言った。
「つまり、希望が欲しかったのですわ」
「なるほど……」
少しずつでも強くなっていけば、いつかスケルトンの集団を倒せるようになり、先に進めるかもしれないということだろう。
「では、続きをお話しいたしますわ」
そう言ってシンシアは、マリエルに中断された話の続きを語り始めた――。
―――――――――――――――――――――――――――――
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