11―27

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「じゃあ、帰るわよ」


 クリスティーナがそう言って、入り口の通路に向かって歩き出した。

 ここが最奥部さいおうぶなので、後は引き返して地下迷宮から出るだけだ。

 今から出口まで移動すると夜中になってしまうだろう。

 そのため、入り口の近くで一泊することになると思う。

 学園の寮に直接戻ってもいいが、今回は、正規の許可を取って地下迷宮に入っているので、入り口を警備する冒険者たちに報告したほうがいいかもしれない。


 僕は、そんなことを考えながら、ふと右奥の隅の天井を見た。

 数十メートル先の天井に四角い穴が空いている。

 よく見ないと気付かないレベルだ。


「あそこの天井に穴が空いてるね」

「また、スライムの穴?」


 クリスティーナが背後からそう言った。


「そうかも」

「主殿、反対側にも同じものがあるぞぇ」


 カチューシャの言葉に従い反対側の隅を見てみると、そちらの天井にも同じような穴が空いているのが確認できた。


「ホントだ……」

「スライムを引っ張ってくるかぇ?」

「そうですね。少しでも経験値の糧になると思うし……」

「お任せあれ」


 カチューシャは、そう言って部屋の隅へ向かって飛行していく。

 僕たちもカチューシャの後をついて行った。


 部屋の隅に着いたカチューシャは、天井の穴を見上げた。

 僕は、スライムが落ちてくる光景を想像したが、カチューシャは天井を見上げたままだ。

 そして、上昇して天井の穴に入って行った。


「え?」

「おい、入っちまったぞ?」

「カチューシャ様……どうして……?」


 暫く待ったが、カチューシャは降りてこない。


「主殿?」


 カチューシャが入った穴の下まで行って確認してみようかと考えていたら、背後からカチューシャの声が聞こえた。

 僕は、慌てて振り返る。


 空中にカチューシャが浮かんでいた。


「あの穴、中で繋がっているの?」


 カチューシャは、一方の穴から入って、もう一方の穴から出てきたのだろう。


「うむ。しかも、真ん中あたりで別の通路へ分岐しておったぞ」

「隠し通路!?」

「何だと!?」


 レリアがその話に食いついた。


「ユーイチ、どうするの?」


 クリスティーナが僕にそう尋ねた。

 このパーティのリーダーは、彼女のはずだが、こういった判断は何故か僕に委ねられることが多い。

 戦闘集団である冒険者パーティでは、強さと発言力は比例するということなのだろうか……?


「調査しましょう」

「当然だ」


 レリアが同意する。

 彼女は、行方不明になったパーティの手掛かりがあるかもしれないと期待しているのだろう。


「みんなもそれでいい?」

「構いませんわ」

「勿論、いいぜ」

「いいですわ」

「いいわよ」


 他のメンバーたちも僕の意見に同意する。


 そして僕たちは、穴の下へ移動した。


「穴が空いてるようには見えねぇな……」

「幻術で隠されているのですわ」

「そりゃ、分かってるけどよ。スライムの穴と同じだろ?」


 天井の穴は、スライムの穴に似ているが、奥に横穴が空いていた。

 横穴は、天井に空いた穴と同じ大きさのようなので、1メートル四方くらいのサイズだろう。這って入る必要がありそうだ。


「カチューシャさん、偵察してきてもらえますか? 奥が安全そうなら【テレフォン】で連絡してください」

「相分かった」


 カチューシャが立ったままの姿勢で上昇していく。

【フライ】ではなく【レビテート】を使っているようだ。

 ゴスロリドレスのスカートから黒い下着が覘いている。


『そう言えば、カチューシャさんには、下着を渡していないよな……?』


 見たところレースの豪華そうな下着だ。

 フェリアの下着もそうだったが、文明レベルが中世程度に見える世界だが、こういった部分は、向こうの世界とあまり変わらないのだ。


『マレビトが持ち込んだのかな? 製造技術が無くても【工房】のスキルで作成できる点も大きいよな……』


 僕は、そんなことを考えた後、カチューシャのスカートの中を覗いているということに気が付き、慌てて目を逸らした。


「何だよ、ユーイチ。パンツ見たくらいでその反応は?」

「可愛いですわ」


 カーラとグレースがそう言った。

 この世界の女性は、下着を見られたくらいでは動じないようなのだ。


「からかわないでよ」

「でも、あの人って、お前の奴隷なんだろ?」

「奴隷じゃないよ、使い魔だよ」

「似たようなもんだろ?」

「…………」


 僕は、カーラの言葉に反論ができず、再び天井を見上げた。

 カチューシャが横穴に入っていく。


 僕たちは、カチューシャからの連絡を待った――。


 ◇ ◇ ◇


「主殿……? 聞こえるかぇ?」


 暫くすると耳元でカチューシャの声がした。【テレフォン】の魔術によるものだ。


【テレフォン】


 僕も【テレフォン】の魔術を起動して応答する。


「カチューシャさん、どうですか?」

「うむ。広い通路に出たが周囲に敵は居らぬ」

「分かりました。では、僕たちもそちらに行きますので待っていてください」

「分かり申した」

「では、通信終わり」


 僕は、【テレフォン】の魔術をオフにする。


「カチューシャさんによれば、奥は安全みたいだよ」

「この奥にも迷宮の通路があるの?」

「そうみたい」

「では、我々も行こう」


 レリアがそう促した。

 彼女は、この奥が気になって仕方がないようだ。


「オレたちは、飛べないからな……ユーイチ、上まで運んでくれよ?」

「いや、それはアリシアかレリアに頼んで」

「何でだよ?」

「そりゃ、女性同士のほうがいいと思うし……」

「あら? 女を運ぶのは男の仕事でしょ?」


 アリシアが口を挟んだ。


「力仕事も男の仕事だ」


 レリアがそう付け加える。

 どうやら二人は、パーティメンバーを抱えて移動するのが億劫なようだ。


「じゃあ、ユーイチ。わたくしからお願い」


 クリスティーナがそう言って、白い光に包まれて全身鎧から寝間着の黒っぽいキャミソール姿となった。


「なっ!?」

「鎧は脱いでおいたほうがいいでしょ?」

「でも、その格好は無防備過ぎませんか?」

「カチューシャ様の言葉を信じるわ」

「確かに周囲に敵は居ないようですが……」

「じゃあ、運んで頂戴」


『でも、どうやって運ぼう……?』


 できるだけ身体に触れずに運ぶには、どんな体勢で運ぶのが良いかと思案する。


「…………」

「ユーイチ?」

「…………」

「ユーイチの奴、固まってやがるぜ」

「そんなに嫌なのかしら……?」

「……いえ、どういう体勢で運ぼうかと考えていました」

「あなたには、母乳を吸われたことだってあるのだから、今さら気にしなくてもいいわよ?」

「そうだぜ、好きなところに触ってもいいんだぜ?」


 僕は、クリスティーナの背後に回り、腋の下に手を入れた。

 そして羽交い締めをするような形で彼女の身体を固定する。

 彼女は僕よりも背が高いので、【フライ】で少し空中に浮いた状態で背後から抱きついている状態だ。

 ポニーテールの髪の毛が顔に当たっている。

 彼女の髪は、バラの香りがした。


「ちょっと……これは……」

「これが一番、身体に触らずに運べそうなので……」

「別に触ってもいいのよ?」

「セクハラはしたくないからね……」

「せくはら?」

「知り合いから受ける痴漢行為のこと……かな……?」

「痴漢ねぇ……?」

「『ローマの街』に痴漢は居ないの?」

「人混みで女性の身体に触る不埒な輩は居ないと思うわよ」


『こっちの世界には満員電車とかも無いしな……』


「そっか……」

「『エドの街』には痴漢が居たの?」

「うーん……料亭で女将のお尻に触る中年男は見たことあるけどね」

「この街でも酒場とかでは、そういったことがあるらしいわよ」

「クリスたちが行くような店じゃ無いだろうが、安い店だと普通にあるぜ」

「カーラも身体を触られたことがあるのかしら?」

「そんなのしょっちゅうだぜ。オレは、いちいち気にしねーが、しつこい男は痛い目に遭わせたこともあるな」

「無防備な格好をしているからですわ」


 レティシアがそう言った。


「じゃあ、運びますね」

「ええ、お願い」


【レビテート】


 僕は、【レビテート】を起動してから【フライ】をオフにする。

【フライ】で運んでも良かったのだが、バランスを取るのが面倒なので、エレベーターのように垂直に上昇するだけなら、【レビテート】のほうが使いやすいのだ。


 一旦、天井の穴の手前で止まってから、クリスティーナの身体が引っかからないように位置を調整する。

 そして、慎重に穴の中へ入って行く。穴の大きさは1メートル四方くらいなので、二人で入ると狭く感じた。

 確かに彼女が鎧を身に着けていたら、穴の入り口で引っ掛かったかもしれない。


 横穴は、広間の天井から2メートルくらい上にあり、そこから1メートル四方くらいの大きさの穴が水平方向に空いていた。

 横穴の上部と垂直の穴の天井は段差が無く同じ高さになっている。

 クリスティーナの頭上に設置された【ライト】の光源が縦穴の壁に反射して周囲に柔らかい光が広がった。


「クリス、どう? 入れそう?」


 僕は、クリスティーナの身体を横穴のほうに差し出した。


「ちょっと待って……」


 クリスティーナが横穴に手を置いてもぞもぞと動いた。


「この体勢だと力が入らないわ。もう少し上に持ち上げてくれるかしら?」

「分かった」


 僕は、クリスティーナの頭が天井にぶつからないように注意しながら少し上昇した。


「高さは、これでいいわ……でも、ユーイチが腕を放してくれないと中に入れないわよ」

「でも、僕が腕をほどくとクリスが落ちちゃうよね?」

「ええ……だったら、あなたの膝を前に出してみてくれるかしら?」

「了解」


 僕は、膝を曲げながら体を後ろに移動して空中で空気椅子をするような体勢を取った。背中が背後の壁に当たる。

 そのまま、背後の壁にもたれ掛って足を前に出す。

 クリスティーナは、僕が膝を出すのに合わせて股を開いた。

 僕の膝の上に跨るような格好だ。

 クリスティーナのお尻が僕の太ももに密着しているという危険な体勢になってしまった。


「じゃあ、腕を解いてくれる? 念のため、落ちないようにわたくしの腰を抱いておいてね」

「うん」


 僕は、クリスティーナの腋の下に入れていた腕を緩めて、下ろした腕を彼女のお腹の辺りに回した。


「いいわ。これで入れると思う」


 クリスティーナはそう言って身体を前に倒した。

 二の腕を横穴に突いて、もぞもぞと中に入っていく。


「ユーイチ、太ももを持ち上げて」

「分かった」


 僕は、クリスティーナのお腹に回していた手を離して、太ももの辺りを持って、彼女が落ちないように支える。


「ユーイチ、脛の辺りを持って頂戴」

「こう?」


 僕は、クリスティーナの太ももの辺りを支えていた手を交互に膝のほうへずらしていく。

 そして、膝下から向こう脛の辺りまで来たところで、彼女の足を持ち上げた。

 彼女のお尻が僕のすぐ目の前に持ち上がる。

 丈の短いキャミソールなので黒いTバックの下着が丸見えだった。

 しかも、ほんのりと彼女の体臭を感じる。


『ま、まずい……』


 欲望がムクムクと頭をもたげて来たので、僕は【戦闘モード】を起動した。

 意識がカチリと切り替わり、世界が静止する。

【戦闘モード】は、すぐに解除した。

 冷静にはなれたが、目の前の光景が脳裏に焼き付いてしまったように感じる。


 僕は、クリスティーナの足首を持って横穴へ送り込んだ。

 そして、手を放した。


「ありがとう」

「いえ……」


 僕は、横穴に入ったクリスティーナをあまり見ないようにしながら、【レビテート】の魔術で下降した――。


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