11―8

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 クラウスは、僕とクリスティーナを校舎の陰へと連れて行った――。


 しくも以前にパトリックに連れて行かれた場所と同じところだった。

 学園の生徒達が利用する通路から死角となっている割に闘技場や寮のある地下迷宮への入口に近い場所なので、密談等に利用されやすい場所なのかもしれない。


「それで? ユーイチに何の用?」

「クリス、そんなに構えないでくれ。君たちに敵対する度胸は、僕にはないよ……」


 クラウスは、身長が180センチメートルくらいで、金髪を後ろに流したオールバックの髪型をした貴公子風の優男だった。


「僕に何か話があるとか?」

「ああ……。イトウ君は、いつ頃この学園を卒業するつもりなんだい?」

「クリスたちの授業料の更新時期に一緒に卒業するつもりです」

「……あと、半年弱といったところだね」

「ええ、そうよ」


 クリスティーナが僕に代わって、そう答えた。


「もっと早く卒業できないかな?」

「どうして、あなたにそんなことを言われなければいけないの?」

「君たちは強すぎる。このままでは、他の生徒達に悪い影響が出ると思う……」

「でも、カチューシャさんは、今日入学したばかりですよ?」

「彼女は、他のパーティに編入すればいいだろう」

「いや、たぶん納得しないかと……」

「君と彼女は、どういう関係なんだい?」

「『東の大陸』から、この街に来る途中で知り合いまして……たまたま、彼女の家の商隊と一緒に行動した縁で……。彼女は『ウラジオストクの街』の大商家の生まれなんですよ」

「君を追いかけて来たということかい?」

「まぁ……。でも、想像されているようなロマンチックなものではないですよ? カチューシャさんは、孫も居るくらいなので……その商隊のリーダーが彼女の孫だったのです」

「「――――!?」」


 クラウスとクリスティーナがギョっとした顔をした。


 かなり意外だったのだろう。

 カチューシャのような外見で高齢だったとしても、この世界では、あり得ないことではないのだろうが、子供や孫が居る人間がカチューシャのような幼い外見をしているというのは、滅多に無いことなのではないだろうか。

 カチューシャの場合は、結婚が早かったことや、不幸にも事故に遭ったため、刻印を早くに刻んだわけだが、通常は数人の子供を育てて、それぞれが独り立ちしてからになるので、刻印を刻むのは、30代か40代になってからということが多いようだ。


「あの口調から、ある程度のお歳を召されているとは思っていたけど、まさかお孫さんが居られるとは思わなかったわ……」

「そっ、それでボンネルさんは、君と同じパーティじゃないと嫌がるわけだね?」

「たぶん……」

「僕に説得させてもらえないだろうか?」


 クラウスは、本人から聞かないと納得しないようだ。


「ええ、勿論。では、これから一緒に部屋へ来ますか?」

「ああ、よろしく頼む……」


 僕たちは、地下迷宮にある寮の部屋へと向かった――。


 ◇ ◇ ◇


 ――ガガッ、ゴゴゴゴゴゴゴ……


「主殿、お帰りなさいませ」

「あっ、ユーイチ」

「早かったな」

「ん? クラウス……?」


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 僕たちが部屋の中に入った後、入り口の扉が自動的に閉じた。


「お邪魔するよ」


 扉の閉まる音が収まったタイミングでクラウスがそう言った。


「何か用?」


 怪訝そうな表情のレティシアがクラウスに質問した。


 レティシアの頭の上には、【ライト】の光源が載っている。

 部屋の天井にも4箇所に【ライト】による光源が設置されており、更にレリアとカーラが【ウィル・オー・ウィスプ】の魔術により召喚された青白い光の玉を近くに浮遊させていた。


 僕は、地下迷宮へ降りたときに【ナイトサイト】の魔術を使ったが、クリスティーナは、クラウスの頭上に【ライト】を設置したため、クラウスの頭の上にも【ライト】の光源が載っていた。

 頭の上に光を載せた二人が会話をしているのは、なんだか滑稽に見える。


「ああ、ボンネルさんに用があるんだ」

「ん? 妾に何か用かぇ?」

「ボンネルさん、僕たちのパーティに入っていただけませんか?」

「貴様は、どうしてそのようなことを妾に頼むのじゃ?」

「クリスやイトウ君は、長くてもあと数か月で学園を去るそうです。一緒に卒業されるなら、授業料が無駄になるでしょう? あなたが、僕のパーティに加入してくださるのでしたら、僕たちはあなたの卒業に合わせて卒業時期を延期しても構いません」


 パーティメンバー全員が1万ゴールドずつ授業料を支払って在籍期間を更新するつもりなのだろう。僕は、その覚悟に驚いた。


「……折角じゃが断る」

「あなたがイトウ君と懇意なのは知っていますが、パーティが別れていても交流できないわけではありませんよ?」

「貴様は、何を言うておるのじゃ? 妾は主殿の奴隷なのじゃ。主殿のお側に侍るのは当然のことじゃろう?」

「どっ、奴隷!?」


 クラウスは、驚いた顔で僕のほうを振り返った。


「ちっ、違います。クラウスさんが考えておられるような凄いことは何も……」

「何を言うのじゃ、主殿……。妾は、もう主殿なしでは生きてゆけぬ身体じゃというのに……」


 カチューシャがしなを作ってそう言った。


「もう、からかわないでくださいよ!」

「フフフ……相変わらず、主殿は可愛いのぅ……」

「……どうしても駄目でしょうか?」

「当たり前じゃ! 話にならんわ! 妾がこの街に来たのも主殿のお側に侍るためじゃ。それを邪魔するというのなら、容赦はせぬぞ!?」


 カチューシャが不機嫌な表情でクラウスを怒鳴りつけた。


「ヒッ!」


 するとクラウスではなく、カーラが小さく悲鳴を上げた。


 カーラは、男勝りなキャラの割に肝が小さいように感じる。

 元は、臆病な性格だったのではないだろうか。

 男勝りなキャラもそれを隠すための仮面だと考えると辻褄が合う。


「分かりました。では、僕はお邪魔なようなので帰ります。ボンネルさん、気が変わったらいつでも来てください」

「いつまで待っても無駄じゃ。妾は、主殿に永遠の忠誠を誓っておるでな……」

「クラウスさん。折角ですから、お茶でも飲んで行かれては?」

「いや、この部屋の中は、目のやり場に困るので帰ります」


 僕は、部屋を見渡した。

 レティシアを見ると、ブルーのスリップを身に着けている。


「あ……。きゃっ!?」


 今頃、自分が扇情的な格好をしているのに気付いたのか、慌てて身体を隠した。


「レティは、今更どうして隠すんだ? もう、じっくりとクラウスの野郎にも見られちまってるだろ?」

「な、何を言うんだ、君は! 僕には、婦女子の身体をジロジロと見る趣味はない!!」


 クラウスは、激しく動揺しながら反論した。


 カーラは、前に僕が装備と一緒に渡した『魔布の黒ブラジャー』と『魔布の黒Tバックパンティー』のみを身に着けた下着姿だった。

 グレースは、それら黒の下着の上に黒のスケスケネグリジェを着ている。以前は、下着を身に着けていなかったので、これでも進歩したと思いたい……。


 レリア、アリシア、カチューシャの3人は、闘技場の近くで別れたときと同じ普通の装備を身に纏っていた。

 おそらく、3人とも軽装なので装備を脱がなくても寛げるからだろう。

 カーラも軽装なのだが、彼女は特別だ。


「お、クラウスは童貞か? 何なら相手をしてやってもいいぜ?」

「け、結構だ!」


 そう言ってクラウスは、部屋の入り口の扉へ向かった。


 ――ガガッ、ゴゴゴゴゴゴゴ……


 そして、入り口の扉を引いて開ける。


「では、また」


 クラウスが部屋から出て行き、入り口の扉が閉まる。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


「ありゃ、童貞だな」


 扉が閉まった後にカーラがそんな感想を述べた。


「カーラ、失礼ですよ」

「お、ユーイチが童貞仲間を庇った」

「主殿は、その気になれば、何人ものおなごを抱くことができるのじゃ。あんな青臭い小物と同列に語るでない」

「女を抱けるのに抱かないのは、ヘタレって言うんだぜ?」

「貴様! 主殿を馬鹿にするとは何ごとじゃ!?」

「ヒィッ!」

「カーラ。使い魔たちには、冗談が通じないから、あまり挑発しないで」

「わ、分かった……」


 カーラがコクコクと頷いた。


「カーラのほうがヘタレですわ」

「レティ、てめぇ!」

「どうしてクラウスは、熱心にカチューシャ様を勧誘したのでしょう?」


 レティシアは、カーラを無視してそう言った。


「おっ、やきもちか?」

「ちっ、違いますわ!?」

「そうやって、ムキになるところが怪しいぞ?」

「茶化さないでくださいませ!」

「クラウスさんは、僕たちに学園を卒業して欲しいみたい。だから、今日入ったばかりのカチューシャさんを引き取ろうとしたのだと思います」

「いや、アイツはロリコンなんだよ」

「待て! 貴様!? 妾を幼女扱いしておるのか!?」

「おっと……」


 カーラが口を押さえた。


「でも、普通に考えるとカチューシャさんは、かなり若い容姿をしておられますからね」

「主殿まで、妾を幼女扱いするのかぇ?」

「幼女とまでは言いませんが……」


 カチューシャの外見年齢は、十代前半くらいに見える。

 確か15歳で刻印を刻んだという話だったので、元の世界だと14歳ということだ。

 西洋人で見た目は日本人より発育が良いはずなので、その分を差し引くとかなり若くで刻印を刻んだ可能性が高い。勿論、西洋人でも成長には個人差があるので一概には言えないが……。

 カチューシャの外見からすると、15歳――元の世界では14歳――になったばかりの頃に刻印を刻んだのではないだろうか。僕の目には、中学三年生だった妹の優子よりも幼く見えるのだ。


 クリスティーナが僕の前に来た。


「ユーイチ、今日は地下迷宮へ行くのね?」

「ええ、月曜と水曜は、今まで通り地下迷宮へ行きましょう」

「分かったわ」

「はぁ……面倒臭ぇな……」

「カーラ。そんなことでは、強くなれませんわよ」

「わーってるよ」


 レティシアとカーラ、グレースが白い光に包まれて装備を身に纏った。


 そして僕たちは、学園を出て『ローマの街』の地下迷宮の入口へと向かった――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 あれから僕たちは、月曜日と水曜日に地下迷宮へ行き、コボルトとゴブリンを狩った。

 火曜日と木曜日には、寮の部屋の中に『キャンプルーム』の扉を召喚して、『オークの砦』を攻略した。

 その際、僕は『キャンプルーム』内で待っていて、その間にフェリアたちを召喚してトロール討伐へ行ってもらった。

 カチューシャは戦力過剰なため、基本的に手出しをせずに上空から戦闘を監視し、パーティが危機的な状況に陥ったときだけ力を貸すよう指示していた。


 ――ガチャ


「ふぅ……疲れたぜ……」


『キャンプルーム』の裏口の扉が開いて、パーティメンバーが入ってきた。


「あるじどのぉ……」


 カチューシャが空中を飛行して僕の側にやって来た。


「ご苦労様」

「あやつらの戦闘は、見ていて退屈なのじゃ……」


 そう言って、座っている僕の右腕に抱きついた。


「カチューシャ様、わたくしたちの戦いをご覧になって、問題と思われる点がございましたら、それを教えていただけますでしょうか?」


 クリスティーナがカチューシャに質問した。


「貴様たちは、もう十分に強くなっておる。従っていつまでもあのような陣に引き籠もって戦う必要はないじゃろう?」

「ですが、あの戦術は、ユーイチに教わったもので……」

「確かに低レベルな冒険者には見事な戦術じゃ。しかし、それぞれがオークの大型種を数体同時に相手できるくらいに強くなっておる今の貴様たちには不要じゃろう?」

「ユーイチ。カチューシャ様の言うとおり、陣をかずに戦ったほうが良いと思う?」

「そうですね。念のため、陣地を作っておいて、いつでも逃げ込めるようにしてはどうでしょう?」

「そうね。次からは、陣を布いた後、わたくしたちも打って出ることにするわ」

「乱戦になると広範囲攻撃魔法が使いづらくなりますので、あまり前に出すぎないように注意して下さい」

「ええ、分かったわ」


 今日は、8月6日(日)だ――。


 時刻は、夜中の2時過ぎだった。

『オークの砦』は、攻略を開始する時間が早くなったこともあり、今までよりもずっと早く終了するようになった。


 今日は、クセニアとの約束があるので、早めに『プリティ・キャット』へ移動しようと思っていた。

 しかし、まだ部屋を出るのは早すぎるだろう。

 店の裏口を召喚して移動してもいいのだが、ちゃんと校門から出て、学園を護衛している冒険者たちに外出することを印象づけておいたほうがいいと思う。

 学園内で神隠しにあったかのように長時間消えているのは、知られると問題になる可能性があるからだ。

 こうやって、『キャンプルーム』に入っていること自体が問題かもしれない。

 この時間だと部屋に来る人間は居ないと思うので、僕たちのパーティが居ないと騒ぎになる可能性はないだろうが、昼間は誰かが訪ねてくるかもしれないからだ。


「じゃあ、お風呂に入りましょう」


 クリスティーナがそう言った。


「あ、僕はいいです。戦っていないので……」

「駄目よ。ユーイチも一緒に入りましょう」

「そうだぜ、早くオレの胸を吸ってくれよ」


 いつの間にか全裸になったカーラが背後から抱きついて来た。


「カーラ、お下品ですわよ」

「何だよ? レティもユーイチに吸ってもらいたいんだろ?」

「そ、それはそうですが、授乳は神聖な行為なのですわ」

「さぁ、主殿。風呂場で妾の乳を吸ってたもれ……」


 右腕に抱きついていたカチューシャが僕の腕を引いた。


 僕は、抵抗するのを諦めてパーティメンバーたちと『キャンプルーム』の浴場へ向かった――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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