10―45
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クリスティーナ、レティシア、カーラの三人は、新しい装備の性能もあって、オークを圧倒していた。
精霊系の攻撃魔法を織り交ぜながら、1分以内に1体のオークを屠っている。
予想以上の戦いぶりだ。
よく考えたら、今現在の彼女たちは、初めて会った頃のレイコのパーティメンバーと同じくらいのレベルだと思う。レリアやアリシアを含めたら、クリスティーナのパーティのほうが戦力が上と言ってもいいだろう。
その上、アダマンタイト製の武器まで装備しているのだから、ノーマルオーク程度なら圧倒して当然だ。
そういえば、初めて会った頃のレイコのパーティメンバーは、僕の強さを認識していなかった。
当時の僕は、今よりもずっと弱かったということもあるかもしれないが、それでも彼女たちよりは強かったのにそのことについて、何も感じていないようだった。
それは、レイコの友人のタケシという冒険者やイリーナの友人のヒデキという冒険者などもそうだ。
『東の大陸』で僕の強さを指摘したのは、酒場の女将ユミコと刻印魔術師ユウコ、『エドの街』の組合長ベルティーナだけだったと思う。
『中央大陸』に渡ってからは、カチューシャに指摘されたが、『魔女』たちは、そのことについて触れなかった。
◇ ◇ ◇
僕は、後ろからクリスティーナたちの戦いを見て、大型種が来るまで下は安心だと思い、空中へ舞い上がった。
【ストーンフロア】の上に降り立つ。
アリシアがレリアの背後から、精霊系の攻撃魔法を撃っていた。
レリアは、【ウインドバリア】を張ったまま立っているだけのようだ。
「レリア、【ストーンウォール】の掛け直しを忘れないでね」
「了解した」
アリシアが話し掛けてくる。
「ねぇ、ユーイチ? あたしも降りて戦ってもいいかな? 精霊系の魔法攻撃じゃ埒があかないわ」
「勿論、自由に戦っていいよ」
アリシアが空中を移動して、オークの大群の端から地上へ降りた。
オークたちは、豚のような鼻をヒクヒクさせるだけでアリシアには気付いていないようだ。
【トゥルーサイト】をオフにしてみると、アリシアの姿が掻き消えた。
アリシアは、【インビジブル】を使っているのだ。
【トゥルーサイト】を起動して見ると、アリシアは、背後からオークに忍び寄り、逆手に持ったスティレットをオークの首筋に両側から2本同時に突き刺した。
刻印を刻んだ人間と同様にオークにも急所は存在しないが、アダマンタイト製で+10の武器を2本同時にあれだけ深く突き刺されたら、それだけでHPが吹き飛んだようだ。
アリシアの攻撃を受けたオークが白い光に包まれて消え去った。
周囲のオークに動揺が走る。
仲間が殺されたことで見えない敵が居ることに気付いたようだ。
何もない空間に闇雲に曲刀を振り回したりしている。
しかし、アリシアはとっくに違う場所に移動して次のオークに背後から忍び寄っていた。
それから、アリシアは、まるで仕事人のように1体ずつオークを屠っていった。
オークたちには、アリシアが見えていないようだが、ゴブリンなどのモンスターが夜間は赤外線を見ているという仮説が正しいとすれば、刻印を刻んだ体にも体温はあるので、【インビジブル】を使っていても赤外線を見ることができるはずだ。
――アリシアは、【エアプロテクション】を併用しているのだろうか?
【エアプロテクション】は、術者の周囲と外部の空間を遮断するため、音も遮断してしまう。姿が見えるので可視光は通過しているようだが、何となくそれ以外の波長の電磁波は遮断していそうな気がする。そろそろ彼女は、精霊系レベル3が使えるようになっていてもおかしくはないので【エアプロテクション】を使っている可能性があった。
「アリシア!」
僕は上からアリシアを呼んでみた。
「――――!?」
アリシアが驚いたような顔をして僕を見た。
流石に声を上げるようなヘマはしない。
『【エアプロテクション】は使ってないみたいだな……』
こちらの声が聞こえるということは、【エアプロテクション】は使っていないということだ。
――ということは、【インビジブル】の魔術は単に幻影を見せているのではなく、可視光を含む電磁波を透過させているのだろうか?
しかし、全ての波長の電磁波を透過させるようなトンデモ技なら、術者にも可視光が見えずに周囲が真っ暗になるはずだし、【トゥルーサイト】で見破ることもできないのではないだろうか。
『考えても仕方がないか……』
僕は、その辺りの魔術の原理について推測するのを止めた。
魔力という力の存在自体が元の世界には無かった概念なので、いくら考えても形而上学的な哲学のような思索になってしまうからだ。
そして、不思議そうにこちらを見るアリシアに僕は、「何でもない」という風に首を振った。
「ユーイチ、この拠点にはどれくらいのオークが棲息しているのだ?」
レリアが質問してきた。
「二千くらいですかね」
おそらく、ノーマルオーク約千体、オーク・アーチャー約五百体、オーク・ウォーリア約五百体、オーク・プリースト約二百五十体くらいだと思う。
「そんなに居るのか!?」
「エルフは、そういう資料を持っていると聞きましたが?」
「ここは、『東の大陸』なのか!?」
「ええ、そうですよ」
「では、ここは『オークの砦』……?」
「その通りです」
「どうやって、あんな短時間で『東の大陸』まで来たのだ? 『ゲート』を使っても無理だろう?」
「富士の麓に移動できる扉を設置してあるんですよ」
「それにしても、富士の麓から『オークの砦』までは結構な距離があったと思うが?」
「高速で飛行する魔法も作ってありますからね」
「貴様は、何処まで常識外れなのだ?」
「……マレビトですからね」
僕は小さな声で呟いた。
「な、何だと!?」
レリアは、エルフらしく地獄耳だったようで、しっかりと聞かれてしまったようだ。
「暫くは、秘密にしておいてください」
僕は、レリアの耳元でそう囁いた。
「……いいだろう」
「レリアも、上から攻撃しては?」
「いいのか?」
「このままだと半日くらいかかりそうですからね」
ノーマルオークだけなら僕とレリアを除くメンバーだけでも数時間で処理できると思うが、大型種には手こずるだろう。
「では、ヒーラーを重点的に魔法で攻撃するとしよう」
「ええ、お願いします」
「貴様は、攻撃に参加しないのか?」
「そうですね。僕もオーク・プリーストを狩りましょうか」
「お手並み拝見だな」
【ウインドバリア】
僕は、【ウインドバリア】を起動してオークの大群を眺める。
大量のノーマルオークがこのV字型の陣地の入り口を半月状に取り囲んでいた。
その奥の森の中からオーク・アーチャーが矢を射てくる。
森の中なので、木々に阻まれて視界が悪い。
その後ろに居るはずの大型種は、森の木々が邪魔で見えなかった。
いくら、【ナイトサイト】を使っていて、曇りの日の昼間程度の明るさで周囲が見えていると言っても、視界が妨げられていては、どうしようもない。
「ユーイチ、どうするのだ?」
レリアが聞いてきた。
ここからでは、オーク・プリーストを攻撃するのが難しいからだろう。
僕は、【マニューバ】を切った。
【レビテート】
そして、【レビテート】を起動する。
レリアに合わせるためだ。
オーク・プリーストを攻撃するなら、一緒に行動したほうがいいだろう。
彼女は、かなりの強さだと思うが多数の大型種に囲まれると危険だ。
『レビテートの指輪』は、魔法石1個しか使っていないので、どれくらいの連続使用が可能なのか分からない。
切れて墜落したら、万が一の事態もあり得る。
魔法石は、1個で一般的な魔術師の最大MPくらいの魔力があると言われているようだが、一般的な魔術師の魔力量というものからして分からない。レベル3の魔術を使える魔術師くらいだろうか? 更にその魔術師が【レビテート】を使って何時間くらい空中に居られるのかも分からない。
「おそらく、オーク・プリーストは、最後尾に居ると思うので、森の上を移動して、反対側に回り込んで、空中から攻撃すればいいと思います」
「なるほど。では、行くか?」
「その前に【ストーンウォール】を今の外側に設置してください」
「なに? まだ20分も経っていないぞ?」
「オーク・プリーストを倒して帰って来るまで持たないかもしれませんから」
「いいだろう。外側に重ねればいいのだな?」
「ええ」
V字型の【ストーンウォール】の外側にぴったり重なるように新たな【ストーンウォール】が設置された。
矢避けの【ストーンウォール】の外側にも新たな【ストーンウォール】が設置される。
「この足場はいいのか?」
「ええ、この【ストーンフロア】は、2倍の効果時間があるので」
「そうか……私には、この魔術は使えないかもしれないな……」
「強度も【ストーンウォール】の2倍ですからね」
【ストーンフロア】は、単純計算でも【ストーンウォール】の4倍の魔力が必要な上、面積も4割ほど大きくなっているのだ。
精霊系レベル5の魔術が使えるようになったばかりの冒険者では発動することができないだろう。
『組合』で販売されている魔術は、レベル5までなので、レベル5の魔術が使える術者でも強さはピンキリなのだ。
レリアは、出会った頃のフェリアやフェリスよりもレベルが低いのではないかと思う。
何だかんだ言ってもフェリスは、英雄とまで言われたエルフなので、並のエルフよりはレベルが高いだろう。そして、フェリアはそのフェリスよりもレベルが高かった。これは、僕が母乳の味で判断したので間違いないと思う。フェリアは、刻印を刻んだ直後からフェリスや父親にPL――パワーレベリング――されていたようだし、両親が行方不明になってからは、大量のゾンビを狩り続けていたようだ。それにフェリアは、素質も高いのではないかと思う。
とはいえ、結局のところ、レリアの母乳を吸ってみないと、現時点でレリアがどれくらいの強さなのか正確には分からない。
「では、行きましょう」
「ああ……」
僕は、空中に浮かび上がり、森の木々よりも高い位置まで上昇する。
この辺りには、それほど高い木が無いようで、【レビテート】でも木々の上に出ることができた。
高い木でも20メートルくらいだろう。
「――――っ!? あれはホムンクルスだったか……」
僕が振り向くとレリアが背後の森の上空を見ていた。
その視線の先には、メイド服姿のオフェーリアとオフィリスが上空で待機しているのが見える。
彼女たちは、僕たちよりも数メートル高い位置で待機していた。
【インビジブル】を使っている筈だが、レリアは『トゥルーサイトの指輪』を起動しているのだろう。
「念のため、待機させているんですよ」
「そうか……」
僕は、空中を走って『オークの砦』のあるほうへ向かう。
レリアが僕の後をついてきた。
『オークの砦』の前の広場には、オークの大型種が
両手持ちのウォーハンマーを装備したオーク・ウォーリアの大群の向こうにオーク・プリーストの集団が見える。
数は、数百体……おそらく、256体ではないだろうか。
オーク・ウォーリアは、オーク・プリーストの倍くらいの数が居る。
オーク・ウォーリアたちが鼻をヒクつかせ、こちらを見た。
――ウォオオオーーッ!
レリアを見て凄まじい叫び声を上げた。
「じゃ、やるよ」
「わ、分かった……」
レリアも少し怯え気味だ。
【マジックアロー】
とりあえず、魔力系魔術師らしく【マジックアロー】で攻撃してみることにした。
【魔術刻印】を起動してターゲッティングを行う。
一番端に居るメイスと盾を装備したオーク・プリーストへ向け発射する。
すると、音もなく光の矢が狙ったオーク・プリーストへ直線的に飛んでいく。
鎖骨のあたりに着弾し、光が弾けた。
オーク・プリーストは、白い光に包まれて消え去った。
「今のは、【マジックアロー】か?」
「ええ、そうです」
「たった、一撃でオークの大型種を葬り去るとは……」
「まぁ、オーク程度なら……それよりも急ぎましょう。あの密集している集団に範囲攻撃をしてみては?」
「いいだろう」
――シュボボゴゴォオオオーーー!!
オーク・プリーストの集団が炎の渦に巻かれた。
レリアが【ファイアストーム】で攻撃したのだ。
しかし、オーク・プリーストは一体も倒せていない。
――シュボボゴゴォオオオーーー!!
――シュボボゴゴォオオオーーー!!
――シュボボゴゴォオオオーーー!!
――シュボボゴゴォオオオーーー!!
――シュボボゴゴォオオオーーー!!
レリアは、立て続けに【ファイアストーム】を発動し、6回目の攻撃でオーク・プリーストの集団を倒した。
数十体のオーク・プリーストが白い光に包まれて消え去る。
【マジックアロー】【マジックアロー】【マジックアロー】【マジックアロー】【マジックアロー】【マジックアロー】【マジックアロー】【マジックアロー】……
僕は、密集していないオーク・プリーストを狙って、連続して【マジックアロー】を発動する。
【戦闘モード】を起動していないので、発射速度はそれほど高くはない。せいぜい、毎秒2発程度だ。
【マジックアロー】のリキャストタイム次第だが、【戦闘モード】で意識が加速した状態なら、毎秒数十発くらいの発射速度で撃てるかもしれない。
レリアが密集したオーク・プリーストの集団に【ブリザード】を発動する。
――ヒューーッザザザザザッーーー!!
――ヒューーッザザザザザッーーー!!
――ヒューーッザザザザザッーーー!!
・
・
・
◇ ◇ ◇
それから僕たちは、30分くらいでオーク・プリーストを殲滅した。
意外と時間が掛かったのは、レリアのMPを回復していたからだ。
レベル5の魔術を連発するのは、レリアの魔力量では厳しかったのだ。
僕たちは、森の上空を歩いて、V字型の陣地へ戻った。
【ストーンフロア】に腰を掛ける。
眼下の敵を見ると、ノーマルオークの数は、それほど減ったようには見えない。
1分間で数体のオークを倒しているように見えるが、千体を越えるオークを倒すには、5時間くらい掛かるだろう。
大型種が出てきたら、倒すペースが落ちると思われるので、時間内には殲滅できないかもしれない。
『現在時刻』
時刻を確認してみると、【03:12】だった。
『テルニの街』の街は、夜の8時頃のはずなので、こちらの時間では昼過ぎくらいに戻れば、十分に間に合うはずだ。
「次はどうする?」
「僕の仕事はほぼ終わりました。定期的にこの【ストーンフロア】を更新するくらいですね」
「私もそうしたほうがいいか?」
「そうですね。大型種が出てくるまでは、【ストーンウォール】の更新だけでいいかと」
「では、そうしよう」
僕は、レリアと【ストーンフロア】の上に座って大型種が出てくるのを待った――。
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