10―22
10―22
僕たちのパーティは、階段を上って広場に戻った。
それを確認してから、ジュリエッタ先生が話し出す。
「では、今の戦闘の反省会をするわよ。といっても、反省すべき点は見あたらないわね。メリエールさん、どうかしら?」
「はい。ユーイチの【スリープ】が有効でした。常に1体のゴブリンに集中できたのが良かったです」
「イトウ君は、【スリープ】の【魔術刻印】を複数刻んでいるのね?」
「はい。8個刻んでいます」
――ざわっ……
クラスの人たちは、僕の話に驚いたようだ。
「あたしの目には、ほぼ同時にゴブリンに【スリープ】が掛かったように見えたけど?」
「いえ、順番に掛けましたよ」
「そう……。やっぱりあなたは相当なレベルなのね……」
ジュリエッタ先生が小さな声で呟いた。
意識が加速した状態で連続的に魔術を発動しているので、加速が遅い者から見ると同時に掛かったように感じるのだろう。
「では。次は、バロワン君のパーティね」
「はい」
次のパーティが闘技場へ降りて行った――。
◇ ◇ ◇
あの後、同じクラスの3つのパーティがゴブリンと戦闘を行った。
3チームともイザベラのパーティよりも危なっかしい戦い振りだった。
最後に戦ったチームに至っては、死人が出たので強制的に戦闘が中断されたのだ。
そのパーティの女性メンバーがゴブリンに斬り殺された瞬間にジュリエッタ先生が戦闘中止を言い渡した。
そして、バックアップのベテラン冒険者パーティがゴブリンたちを手際よく片付けた。
その後、仮死状態となった女生徒は、冒険者パーティの回復系魔術師に蘇生された。
しかし、このチームの実力が著しく劣っていたわけではないと思う。
イザベラのパーティも含め、ほんの少し運が悪かったら同じ目に遭っていただろう。
つまり、このクラスの大半の冒険者たちは、まだゴブリンに対してでも綱渡りの実力なのだ。
僕が見たところ、戦士職が少ないのが問題なのではないかと思う。
大抵のチームがタンク2人、回復系魔術師1人、アタッカーが1人もしくは2人、魔力系または精霊系の魔術師が1人もしくは2人という構成だが、ノーマルゴブリン6体との戦闘は、言ってみれば軽装戦士6人と戦うようなものだ。
ゴブリンの強さは、刻印を刻んだばかりの一般的な軽装戦士よりも若干弱いと言われている。
このクラスの魔術が使える冒険者は、レベル2までの魔術が使える者も居るので、刻印を刻んだばかりの冒険者よりもずっと強いはずだ。
実際、あるパーティの軽装戦士は、一対一でゴブリンと戦い勝利していた。
重装戦士なら、複数のゴブリンが相手でもそう簡単に沈むことはないだろう。
もし、パーティ構成が重装戦士や軽装戦士ばかりなら、苦戦することはないと思われる。
つまり、ヘイトコントロールが下手な戦い方をしているのが問題なのだ。
僕がパーティリーダーなら、壁際まで移動して近接戦闘が苦手なメンバーを壁際で護りながら戦う方法を提案するだろう。
おそらく、ジュリエッタ先生には、そんなことは分かりきっているのだろう。
戦闘経験を積むことで立ち回りを覚えさせるつもりなのかもしれない。
自らが気付かないと教訓にもなりにくいだろうし。
「さぁ、帰りましょ」
ジュリエッタ先生が解散を言い渡した後、クリスティーナがそう言った。
「明日は、休みだぜ? もう帰るのかよ?」
カーラは、まだ帰りたくないようだ。
「ユーイチを寮に案内しないといけないでしょ」
「寮って……。あれが寮かよ……」
確か地下迷宮にある部屋で野営するという話だった。
「地下迷宮の部屋なんですよね? 僕、凄く興味があります」
「ふふっ……」
「あーあ、お子様はこれだから……。何だったら、オレが男にしてやろうか?」
「お断りします」
「また、振られたわね」
「うるせーよ!」
「行くわよ」
「へいへい……」
僕は、パーティメンバーについて行く。
「寮」への入り口は、闘技場の近くにあった。
地下迷宮からモンスターを引っ張ってくる学園の闘技場から近いのは当然かもしれない。
遺跡風の地下鉄の入り口のようなところから階段を降りると、真っ暗な広い通路に出た。
クリスティーナとレティシアの頭に【ライト】の魔術で明かりが灯された。
丁度、【ナイトサイト】を使おうとしていたのだが、僕は使用を中止した。
【レーダー】
代わりに【レーダー】の魔術を起動する。
周囲には、僕たち以外には、誰も居ないようだ。
もしかすると、地下迷宮では、壁越しに【レーダー】が効かないのかもしれない。
いや、単に僕たちが一番乗りだった可能性のほうが高いだろう。
カーラが言っていたように明日は日曜なので、何もない地下に戻ってくる者は僕たちくらいということだろうか。
地下迷宮の通路は、想像していたよりもずっと広い。
幅が10メートルくらいあるんじゃないだろうか?
高さも幅と同じくらいある。
ドラゴンでも移動できそうだ。
少し歩くと両側に両開きの石の扉が並んでいる場所に出た。
おそらく、ここが「寮」なのだろう。
「
「この扉って鍵は掛かるの?」
「いいえ、鍵は付いてないわ」
「じゃあ、毎晩、見張りを……?」
「そうよ。交代で見張りをしているの。でも、ユーイチはいいわ」
「どうして?」
「女の子の寝顔を見たいの?」
「いえ……」
複数の女性が寝ているところに男が一人で起きているのは駄目ってことだろう。
僕だけ見張りから外されるのは心苦しいが、そういう理由なら仕方がない。
ただ、カーラが見張りのときは気をつけたほうがいいかもしれない。
今までの言動が冗談じゃなければ、貞操を狙われそうだ……。
――ガガッ、ゴゴゴゴゴゴゴ……
クリスティーナとレティシアがそれぞれ、扉の取っ手に手を掛けて奥に押して扉を開けた。
扉は内開きのようだ。
それなら、扉の近くに重しでも置いておけば、簡単には開かなくなるのではないだろうか?
「さぁ、入って」
「お邪魔します……」
僕は、中に入った。
室内は、炭のような木の焦げた匂いがする。
――ゴゴゴゴゴゴゴ……
どういう原理かクリスティーナたちが手を離すと入り口の扉が自動的に閉じていく。
中は、何もないゴツゴツした切石で造られたような10メートル四方くらいの部屋だった。
中央付近に焚き火の跡らしきものが見える。
幅10メートル、奥行き10メートル、高さ10メートルくらいで、立方体のような形の部屋だ。
構成する石も一辺が30センチメートルくらいの立方体を千鳥に敷き詰めたような感じだった。
この迷宮は、廊下も含め、全てこの石材で造られているのかもしれない。
通常なら、地震などで天井が崩れて生き埋めになる心配があるが、魔法建築物のようなので、その心配はしなくてもよいだろう。
流石に奥のほうは暗い。
【ナイトサイト】
僕は、【ナイトサイト】の魔術を起動した。
現在、僕に掛かっているバフは、【トゥルーサイト】と【ナイトサイト】の2つだけだ。
いつもフェリアが掛け直してくれている回復系のバフは、既に切れてしまっていた。
しかし、回復系のバフをパーティメンバーが居る前で掛けるわけにはいかない。
他に【リザレクション】を使える術者が居ない状況で、このパーティのメンバーが死亡したりすれば、回復系の魔術を使うかもしれないが、そういった緊急事態でもない限りは、回復系魔術が使えることは知られないほうがいいだろう。
『せっかく同じパーティメンバーになれたのに距離を置かれてしまうのも寂しいからな……』
それでなくても僕は、このパーティでは男で東洋人で高レベルと距離を置かれる条件が揃っているのだ。
「ユーイチ、毛布などを持ってる?」
「毛布は前に買ったものを持っています。他にも必要なものがあれば、【商取引】で買いますので、教えてください」
「そうね……特に思いつかないわね。毛布もあなたが必要ないと判断するのなら別に要らないわよ。それにしても『東の大陸』の人って、普通の冒険者でも【商取引】の刻印を持ってるのかしら?」
「いえ、僕はたまたま刻んでいるだけです」
「へぇ……? ユーイチ、お前、他にも面白い刻印を持ってそうだな?」
カーラが話に割り込んで来た。
「【料理】とか【工房】も持ってますよ」
「お、このパーティじゃ2人目の【料理】持ちかよ」
僕は、レリアを見た。
「レリアさんは、全ての【基本魔法】を持っているのですか?」
「いや、私が持ってるのは、【商取引】と【料理】と【射撃】だけだ」
「でも、エルフって刻印は無料で刻んでいるのですよね?」
「ああ、しかし不要な刻印まで刻むことはないな」
「ユーイチ、『東の大陸』じゃエルフは珍しくないのか?」
「いえ、珍しいですよ。滅多に人間の住むところに出てこないから」
「へぇ……」
「そういえば、有耶無耶になっていましたが、この街にエルフは何人くらい住んでいるのですか?」
「3人だ……。だか、1人は地下迷宮で行方知れずだ……」
「どうして……?」
「パーティメンバーと地下迷宮で行方不明になったのだ。おそらくはもう……」
『ローマの街』の地下迷宮は、意外と危険なようだ。
エルフなら、レリアと同じように精霊系レベル5までの魔術が使えただろう。
そんな、精霊系魔術師が居るパーティが全滅するというのは、かなりの危険があるということだ。
そのうち、内部を探索してみたいものだ。ホムンクルスに憑依して中に入れば安全に探索することができるだろう。
「そんな辛気くさい話は止めて、もっと面白い話をしようぜ」
カーラがそう言った。
クリスティーナが部屋の天井に【ライト】を設置する。
レリアが焚き火の跡に新しい薪を『アイテムストレージ』から出して並べた。
そして、棒状のアイテムを取り出して薪に火を点けた。
「そのアイテムは何ですか?」
「これは、ファイヤースターターだ」
形状や機能は柄の長いライターに似ているが、カチッと点火レバーを引いたりしていない。
「へー、そんなアイテムがあるのを初めて知りました」
「元は、エルフの道具だが、【商取引】でも買えるぞ」
「どんな仕組みなんです?」
「これは、精霊系の魔術が使えないと発動しないのだ」
「じゃあ、発火させる精霊系魔術の刻印石が使われているのですか?」
「いや、それだと高価なものになってしまうからな。かなり簡略化された刻印の術式が使われているようだ」
「一体、誰がそんなものを開発したのでしょうね……」
「根源魔術と並ぶ謎だな」
「発火装置は、前に僕も作ってみたことがあります」
「ほぅ、見せてみろ」
『魔法のライター』
僕は、『アイテムストレージ』から前に作ったマジックアイテムの『魔法のライター』を取り出した。
「これです」
そう言ってレリアに手渡す。
――カチャ
レリアが蓋を開けると火が灯る。
「これは、まさか魔法石を使っているのか?」
「ええ、小さな火を灯す刻印石と燃料となる魔法石を使っています」
「なんだよ? そんなものが凄いアイテムなのか?」
「おそらく、材料費だけで2万ゴールドを超えているだろう……」
「マジかよ!? ユーイチって、もしかして大金持ちなのか?」
「いえ、僕の家は、庶民に毛が生えたような小さな家ですよ……」
「ホントかねぇ……?」
「モンスターを倒して稼いだのだろう?」
「まぁ、それはあります」
「っても、モンスターなんかで大金を稼ごうと思ったら大変だぜ?」
「広範囲攻撃魔法を使って、毎日何百体ものコボルトやゴブリンを倒せばいい」
「そういう戦い方なら、精霊系魔術のほうが向いてますよね」
「魔力系の魔術にも【エクスプロージョン】があるだろう?」
「あれは、地面にクレーターが出来ちゃうのであまり使いたくないというか……」
「お前ら、オレたちとは別次元の話をしてるよな?」
そこで、クリスティーナが僕たちの雑談を遮った。
「じゃあ、これからのことを話すわよ」
レリアが、『魔法のライター』を僕に返した。
僕は、それを『アイテムストレージ』へ戻す。
「ユーイチが加わって、
僕とレリア以外のメンバーが頷いた。
「とりあえず、決めないといけないのは、次の課外活動をどうするかってことね」
「課外活動……?」
「毎月、最終週には、パーティ単位で課外活動を行う決まりなの。第5週までに計画を立てて、教師の承認を得た活動を行うのよ」
「具体的には?」
「街道でコボルト狩りやゴブリン狩りなどが多いわ」
「ひょっとして、『テルニの街』との間を巡回したり?」
「ええ、この街に来る時に駅馬車から見たのね?」
「はい」
「ゴブリンは、
「オレらは、そっちに行ってるけどな」
カーラが自慢気にそう言った。
レリアが居ればゴブリン程度は楽勝だろう。
「コボルト狩りは、何処でやってるの?」
「コボルトは、この街の南に出没しやがるからな」
「南門から出て『ラティーナの街』との間でも駅馬車の護衛があるのよ」
そういえば、『ローマの街』には『ゲート』が存在しないのだった。
ここから、別の街に行くためには、駅馬車を使う必要があるのだが、『テルニの街』以外にも駅馬車で行ける街があるようだ。
「地下迷宮へ入るパーティは居ないのですか?」
「
「入り口の近くをうろつくだけなら、それほど危険はないんだけどな」
「地下迷宮は何が起きるか分からない」
「というと?」
「モンスターに追われた冒険者が入り口に逃げてくることがあるのよ」
「そのモンスターって、街に出てこないの?」
「稀に街に出てくることもあるわ。でも、入り口には警備の冒険者が居るから大丈夫よ」
「その冒険者たちにも手に負えないような敵だったら?」
「街に被害が出るでしょうね。でも、そんな相手だったら、入り口に辿り着く前に殺されちゃうと思うわよ」
カーラが話題を変える。
「でも、レリアとユーイチが居れば地下迷宮もそんなに怖くねぇんじゃねーか?」
「あたくしたちが足手纏いになってしまいますわ」
「地下迷宮に入る前に門前払いされるから無意味な仮定よ」
「地下迷宮の通路って、この部屋の前の通路と同じサイズなんですか?」
「ええ、そうらしいわ」
「これだけ広いと囲まれてしまいますね。レリアさん、【ストーンウォール】の刻印はいくつ持ってます?」
「一つだけだ」
「壁に斜めに【ストーンウォール】を設置して一度に相手にする敵の数を調整すると戦いやすいと思いますよ」
「しかし、【ストーンウォール】は、攻撃を受け続けると壊れるのだ……」
「ゾンビと違って、コボルトやゴブリン、オークは壁には攻撃しませんよ」
「そうなのか?」
「【ストーンウォール】は、有効な魔術ですから8個くらい刻んでおくといいですよ」
「オイオイ、いくら掛かると思ってるんだよ?」
カーラがツッコミを入れた。
「良かったら、僕が刻みますけど?」
「【刻印付与】を持っているのか?」
「……【刻印付与】って、何だ?」
「魔力系の上位魔術だ。『組合』の刻印魔術師も、その魔術を使って刻印を刻んでいる」
「凄ぇな! ユーイチ! それじゃ、ユーイチは『組合』の刻印魔術師になれるってことか?」
「いえ、【大刻印】は女性じゃないと刻めないので……」
「【大刻印】?」
「【冒険者の刻印】のことよ」
「うむ。他には【エルフの刻印】もあるな」
「ああ、だから『組合』の刻印魔術師は女なのか……」
ふと、会話が止まった。
焚き火がパチパチと音を立てる。
迷宮内の部屋の真ん中で焚き火をしているのだ。
『一般人なら、酸欠にならないか心配しないといけないだろうな……』
しかし、不思議な光景だった。
僕は、その幻想的な光景に目を細めた――。
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