10―19
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僕は、メイド喫茶『プリティ・キャット』を出た後、ソフィアと別れ、メイド服姿の元村人たちを連れて学園まで歩いてきた。
「じゃあ、この辺りで通り掛かった女性にさっきのチラシを渡して」
「女性だけでよろしいのですか?」
「よく考えたら、女性向けのメニューだから、まずは女性をターゲットにしようかと」
「分かりました」
僕は、学園の正門近くで元村人の使い魔たちと別れて門の中に入った。
「止まれ! この学園に何か用か?」
警備の冒険者に止められた。
先日とは違うパーティが警備をしているようだ。
「先日、入学を許可されて、今日からこの学園にお世話になる者です」
「ここの生徒でしたか。少々、お待ち下さい」
「はい」
パーティのリーダーと
「この子を事務まで送ってくれ」
「ああ」
革鎧を着た男性冒険者が後ろから出てきた。
愛想のない髭面の男性だ。外見年齢は、30歳くらいに見える。
「こっちだ。ついて来い」
「はい」
僕は、その男性冒険者の後について、待ち合わせの事務窓口へ移動した――。
◇ ◇ ◇
窓口には、誰も居なかった。
「おーい!」
「はーい!」
冒険者の男性が窓口で奥に声を掛けると奥から先日対応してくれた事務のお姉さんが出てきた。
「あら? 確かイトウ君だったかしら? 早かったわね」
「早すぎましたか?」
「いいえ、早めに行動するのはいいことよ」
僕を案内してくれた軽装戦士風の男性は、玄関のほうへ戻って行った。
僕が不審人物ではないことを事務のお姉さんとのやり取りで確認したからだろう。
「では、よろしくお願いします」
「ええ。この廊下を向こうに行くと突き当たりに職員室があるの。そこでエヴァーニ先生を呼んでね」
「エヴァーニ……?」
――ベルティーナさんの親戚だろうか?
「聞いたことがある? 知っていてもおかしくないわね。エヴァーニ家は、『ローマの街』でも十指に入る名門だから」
「ええ。では、エヴァーニ先生のところへ行ってきます」
「頑張ってね」
「はい」
僕は、教えられた方向へ向かって廊下を歩いて移動する。
暫く歩くと、廊下の突き当たりに引き戸があるのが見えた。
近づくと、引き戸の上の壁に「職員室」と書いたプレートが貼ってある。
ここが職員室のようだ。
――コンコン
ガラッ――
ノックをしてから引き戸を開けた。
「失礼します」
職員室の中に入る。
「あなたがイトウ君?」
20代半ばくらいに見える金髪セミロングの女性が立ち上がった。
室内なのにマントを着ている。
「はい」
「こっちへ来て」
僕は、引き戸を閉めてから、その女性の近くへ移動した。
身長は、170センチメートルくらいだろうか。
マントの下にソフトレザーアーマーっぽい革鎧を着ている。
先日、この学園で会ったペリーヌという冒険者と似たような装備だ。
この女性は、精霊系の魔術師か軽装戦士のようだ。
「そこに座って」
木製の椅子に腰を掛けるよう勧められた。
職員室の中には、4人掛けの木製テーブルが4台置いてあり、それぞれに木製の椅子が4つ置かれている。
テーブル1台ごとに、教師らしき人が一人座っていた。
男性2人、女性2人だ。4人とも体格が良く鍛えられた体つきに見える。元冒険者なのだろう。
僕は、勧められた席に座った。
「あたしは、ジュリエッタ・エヴァーニよ。あなたが入るクラスを担当しているわ」
「初めまして、ユーイチです」
僕は、頭を下げた。
ジュリエッタ先生は、ベルティーナと面差しが似ているが、胸は、ベルティーナほど大きくはないようだ。
「武器は仕舞って頂戴。この学園では、戦闘時以外は武器を装備しないのがマナーよ」
「分かりました」
『装備5』
―――――――――――――――――――――――――――――
額:グレート・ヘルムのサークレット
服:魔布のローブ+100
脚:魔布のスラックス+10
腕輪:アダマンタイトの腕輪+10
足:竜革のブーツ+10
下着:魔布のトランクス+10
左手人差し指:グレート・ピットの指輪
左手中指:ストーンフロアの指輪
左手薬指:回復の指輪+10
右手人差し指:マップの指輪
右手中指:フラット・エクスプロージョンの指輪
右手薬指:スケールの指輪
―――――――――――――――――――――――――――――
『装備5換装』
僕は、『装備5』から、『アダマンタイトの打刀+500』を解除して、換装し直した。
「学園長に聞いてた通りね」
「何がです?」
「ここで学ぶ必要があるとは思えないくらい強そうってことよ」
「そういうのって分かるものなのですか?」
「あなたには分からない?」
「はい」
「あなたは、刻印を刻んでまだ1年ということだから、経験が足りないのでしょうね」
「経験を積めば分かるようになるのですか?」
「ええ。あなたにも相手の装備などからある程度は予想できるでしょ?」
「はい」
「場数を踏めば、そういうことを含めた雰囲気というのかしら、それが直観的に分かるようになるのよ」
ユミコも見ただけで強さが分かると言っていたので、熟練の冒険者には相手の強さがなんとなく分かるのだろう。
『相手が女性なら母乳を飲めば分かるんだけどな……』
「あの、話は変わりますが、『エドの街』の組合長とはご親戚ですか?」
「ええ、ベルティーナは、あたしの従姉妹よ」
「そうでしたか……」
「といっても、あたしが子供の頃に『東の大陸』へ行っちゃって、それ以来、会ってないけどね」
『それって、50年くらい前の話なんじゃ……?』
「確かベルティーナさんは、50年くらい前に『エドの街』に来られたと聞いていますが?」
「ええ、そうよ。それよりもイトウ君は、ベルティーナと面識があるの?」
「はい、まぁ……」
「その様子だと、ただならぬ関係なのかしら?」
「そ、そんなことは……」
「ふふっ、慌てちゃって可愛いわね」
ジュリエッタ先生がウインクをした。
僕は、からかわれていると分かっていてもドギマギしてしまう。
「これから、僕はどうすれば?」
「もう少しで授業が始まるから、あたしと一緒に教室へ行きましょう。その前にこの学園のことを説明しておくわね」
「はい」
「この学園は、冒険者としての知識や技能を学ぶ場所よ。十分な知識や技能を身に着けたと感じたときに卒業すればいいわ。でも、一般的には、1年分の授業料を払っているわけだから、1年後くらいになるでしょうね。勿論、更新してもう1年在学してもいいわ」
「実際に何年も在学している人は居るのですか?」
「ええ、居るわよ」
「それは、どんな目的で?」
「ここに来るのは大商家の子女が多いから、道楽じゃないかしら?」
「つまり、本気で冒険者になるつもりはないと?」
「そうでしょうね」
――毎年、同じような授業を受けて面白いのだろうか?
正直、元の世界では学校に行くのは面倒臭かったので、その気持ちが分からなかった。
今は、長いこと学校に行ってないので、今なら学校に行くのは嫌じゃない。むしろ、学校に行きたい気分だ。
――僕が元の世界の学校に行く日は来るのだろうか……?
『早く戻らないと留年しちゃうんだよな……』
それどころか、元の世界に戻ることができるかどうかも分からないのだ。
「……先を続けてください」
「分かったわ。授業は、午前中が座学で午後が実技よ。座学は10~12時まで、実技は13~15時までの2時間ずつね」
「はい」
「座学は、文字通り、冒険者としての基本的な知識を学ぶためのものよ」
「はい」
「実技は、学園の闘技場で実戦を行うわ」
「実戦ですか?」
――生徒同士を戦わせるのだろうか?
「ええ、この学園は、地下迷宮に隣接して建てられているの。そこから引っ張ってきたモンスターとパーティで戦うのがメインね。他にも生徒同士で戦う訓練もあるわね」
「なるほど……。その地下迷宮は、初代組合長が造られたのでしょうか?」
「まさか、いくら初代組合長でも迷宮を造ってモンスターを配置するのは無理よ。初代組合長は、元々あった迷宮の上に街を造られたのよ」
「迷宮がいつ頃からあったのか分かっていないのですか?」
「ええ、研究者の間でも意見が分かれているみたいね」
「ありがとうございます。続けてください」
「この後、あなたは、教室で自己紹介をした後、何処かのパーティに加入して貰うわ」
「生徒同士で固定パーティを組んでいるのですか?」
「そうよ。この学園に居る間だけの臨時パーティだけど、そのメンバーで冒険者パーティになる生徒も多いわ」
「どのパーティに入るかは、先生がお決めになるのですか?」
「いいえ。まずは、希望を募ってからね。あなたを欲しがるパーティが無い場合には、あたしがパーティ人数や構成を考えてから加入するパーティを決めるわ」
「そうですか……」
僕を欲しがるパーティは無いかもしれない。
それどころか、僕は東洋人なので、イジメの対象になるかもしれない……。
「心配しなくても大丈夫よ。あなたは、魔力系の魔術師なのよね?」
「はい、一応……」
「魔力系の魔術師が加入していないパーティが3組あるから、そのパーティから欲しがられると思うわよ」
「クラスにパーティは、いくつあるのですか?」
「5パーティよ。1パーティの上限は8人までだけど、大抵は6人までしか埋まらないわ」
「中には、途中で卒業してしまう人も居られるのでは?」
「ええ、稀にだけど、卒業者が抜けて分裂するパーティもあるわね。大抵は、全員が示し合わせて卒業するのだけど、入学時期が大きく違ったり、不仲なパーティは分裂したりすることもあるわ」
「なるほど……」
冒険者パーティには、人間関係など面倒臭い面もあるのだろう。
「そういえば、寮があるとの話でしたが?」
僕の場合はいいけど、普通なら引っ越しの荷物とかを運び込まないといけないのに、その辺りの説明を全く受けていなかった。
「寮というか、地下迷宮の部屋にパーティでキャンプをするのよ」
「えっ? 地下迷宮にですか?」
「そうよ。冒険者たるもの何処でも野営できないとね」
「もしかして、寝てるときにモンスターが入ってきたりするのですか?」
「可能性は低いけれど、あるかもしれないわよ。実際に寮の近くまでモンスターが入り込んで戦闘になったことがあるわ」
「死人が出たりすることもあるのですか?」
「それは、大丈夫よ。警備の冒険者も居るし、仮に死んでも復活できるわ」
僕が刻んでいるのは、【エルフの刻印】なので【リザレクション】による復活はできない。
その代わり、死んでも1度だけ自動的に蘇生する。24時間経てば、自動発動する蘇生魔術は回復する。
優秀な回復職と行動を共にしているなら、【冒険者の刻印】のほうが何度も蘇生できるのでいいかもしれない。
「じゃあ、そろそろ時間だから、教室に行きましょう」
「はい」
僕は立ち上がり、ジュリエッタ先生の後に続いた――。
◇ ◇ ◇
職員室を出て廊下を少し歩くと階段があった。
その階段を上ると教室が並んでいる廊下に出た。
クラスはA~Dまでの4組があるようで、僕が入るのは、C組だった。
ジュリエッタ先生について教室に入ると、教室の中がざわめいた。
教室には、2つの引き戸があり、片方の壁には教壇と教卓、黒板が置いてある。
ここだけを見れば、前世紀に建てられた古い学校に近いイメージだ。
しかし、生徒が座る机や椅子が日本の学校とは全然違う。
木製のフロアに固定された8人掛けのテーブルと長椅子が6台置いてある。
教壇から見るとテーブルは縦向きに並んでいるので、黒板を見るためには、顔を横に向けないといけない。
元の世界だと理科室のような特別教室に近い感じだ。
テーブルの並びは、教壇から見て横方向に3列で奥へ2台が並んでいる。
それぞれの席には、装備を身に着けた冒険者の男女が座っていた。
意外なことに女性冒険者も多い。パッと見た印象としては、半々くらいだろうか。
教壇から遠い出口近くのテーブルには誰も座っていなかった。
確かクラスにパーティは5組あるようなので、余った一つのテーブルは予備なのかもしれない。
生徒の中に一人だけ、エルフが居た。
まさか、『冒険者の学園』にエルフが居るとは思わなかった。
そのエルフが座るテーブルは、女性ばかりのようだ。
やはり、エルフは表向き潔癖な面があるのかもしれない。
本性は、フェリスのような放蕩な面も持っていると思うのだが……。
人間と違って、エルフは個体差が少ないので、根っこの部分では似たところがあると感じる。これは、300人以上のエルフの使い魔たちと接した経験によるものだ。
「新入生のユーイチ・イトウ君です。見ての通り、魔力系の魔術師よ。そして、『東の大陸』から遠路はるばる、この『ローマの街』へやって来たの」
ジュリエッタ先生が僕の方を見た。自己紹介しろということだろう。
「『東の大陸』から来ましたユーイチです。よろしくお願いします」
僕はそう言って頭を下げた。
「じゃあ、イトウ君をパーティに入れたいかどうかメンバー同士で相談して頂戴」
同じテーブルに座ったパーティメンバー同士で話し合いが始まった。
値踏みするような視線を送ってくる生徒も居る。
彼らは、僕をパーティに入れるかどうか検討しているわけで、そう考えると居心地が悪い。
僕は、ジュリエッタ先生の隣で、生徒たちの話し合いが終わるのを待った――。
―――――――――――――――――――――――――――――
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