10―20

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「じゃあ、イトウ君が欲しいパーティのリーダーは手を挙げて頂戴」


 検討開始から5分くらいが経ったあと、ジュリエッタ先生が教壇の上からそう言った。

 すると、それぞれのテーブルで4人が手を挙げた。


『良かった……』


 僕は、ホッとした。

 誰も手を挙げなかったらどうしようと思っていたのだ。

 やはり、魔力系の魔術師は貴重なのか欲しがるパーティが多いようだ。

 手を挙げているのは、2人が男性で2人が女性だ。

 本来ならば、男子生徒、女子生徒と呼ぶべきなのかもしれないが、学生らしい制服を着ていないので生徒という感じではない。

 しかも、女性のうち一人は、金髪縦ロールだった。


『縦ロールとか初めて見た……』


「では、メリエールさんのパーティに入れてあげて」

「はい」


 前列の窓側にあるテーブルでプラチナ装備の女性が立ち上がった。

 金髪ポニーテールの女性だ。


「イトウ君、彼女の隣の席へ」

「分かりました」


 僕は、教壇を降りて窓際のテーブルへ移動した。

 そのテーブルは、あのエルフの女性が居るパーティだった。


 リーダーの金髪ポニーテールの女性に挨拶をする。


「初めまして、ユーイチです。よろしくお願いします」

「ええ、よろしくね。わたくしは、クリスティーナ・メリエールよ。クリスって呼んでね」

「分かりました」


 彼女は、僕よりも少し背が高い。175センチメートルくらいありそうだ。

 体格的にもポニーテールという点もレイコとイメージが被るが、この女性のほうが受け答えが柔らかい印象だ。

 外見年齢もレイコより5歳は若く見える。おそらく、刻印を刻んだのは、二十歳はたちになる前だろう。


「おお、礼儀正しい奴じゃねぇか」


 対面の席に座っている黒髪ポニーテールの女性がそう言った。

 男勝りな喋り方だ。

 革鎧を着ているので、おそらく軽装戦士か精霊系の魔術師だろう。

 外見年齢は、20代前半くらいに見える。胸当ての下に隠れた胸は大きそうだ。


「みんなの自己紹介は、授業が終わってからね。ユーイチは、ここに座って」

「はい」


 僕は、クリスティーナの隣に座った。

 8人掛けのテーブルのこちら側には、左から2番目の席にクリスティーナ、その左隣に僕、右隣には、クリスティーナに面差しが似た金髪セミロングでプラチナ装備の女性が座っている。もしかして、姉妹だろうか?

 反対側の席には、僕の向いの席に先ほどの革鎧を着た黒髪ポニーテールの女性、その隣の席には、波打つ長い金髪で鎖帷子の下の胸が凄く大きそうな20代後半くらいの色っぽい女性、更にその隣にエルフの女性が座っている。そのエルフの女性は、エルフらしい輝くような金髪で髪型はショートカットだった。ショートカットのエルフも珍しいというほどではないが、エルフの中では少数派だろう。フェリスのように長い髪のほうが多いと思われる。

 そして、教壇から一番遠い端の席は両方が空いていた。8人掛けのテーブルに6人が座っているので空いているのだ。長椅子なので、余ったスペースを共有することもできるのだが、彼女たちはそうしていないようだ。


「じゃあ、今日の授業を始めるわよ」


 僕の準備ができたのを確認してから、ジュリエッタ先生が授業を始めた。


 教科書などは何もないようだ。

 教科書があるなら、渡されているはずだ。

 教師が話したり黒板に書いたりして、たまに生徒に質問をするのは、元の世界の授業に似ていた。

 右隣に座っているクリスティーナとその向こうの女性は、ノートを出していたが、他の3人は、テーブルの上に何も出していない。話を聞いているだけのようだ。


 僕の座っている場所は、教室の一番前の窓際の角の席だ。

 そのため、教室全体を眺めることが出来た。

 見たところ、ノートを取っているのは、少数派のようだ。


 今日の授業は、モンスターのオークについての講義だった。

 オークの種類やオークの生態、どの辺りに住んでいるかなどが説明された。

 この辺りのオークは、この街からだとずっと北のほうに棲息しているようだ。

『テルニの街』よりも北、『ボローニャの街』よりは南の地域だ。

 オークが女性を性奴隷にすることも説明される。

 生徒たちを見ると、男性はニヤリとする者が多く、女性は一律に嫌悪感を表情に表した。


 また、この街の地下迷宮にもオークの棲息地があり、うっかり近づくと大量のオークが出てくるので注意が必要なようだ。

 稀に女性冒険者が攫われているらしい。

 しかし、救出は困難を極めるとジュリエッタ先生は補足した。


『もしかして、地下迷宮の奥にオークの拠点があって、今でもそこに攫われた女性が囚われているのだろうか?』


 迷宮内なら狭いだろうから、同時に相手にするオークの数は少ないので、救出は割と簡単な気がするのだが……。


「今のあなた達では、オークを倒すのは難しいわ。だから、オークと遭遇したら、戦うよりも逃げることを優先して。幸いオークは、それほど足が速くないわ。重装備の人でも装備を解除してから逃げれば、逃げ切れる可能性があるわ」

「「はいっ!」」


 生徒たちが返事をした。

 すると、金髪縦ロールの女生徒が黙って手を挙げた。


「フェーベルさん、何かしら?」


 金髪縦ロールの女生徒が立ち上がる。

 白っぽいローブを着ているので、魔術師系のクラスだと思われる。

 外見年齢は、10代後半くらいで、身長は160センチメートルくらいだろうか。

 胸の膨らみは、大きくも小さくもない大きさだ。


「逃げられないときには、どうすればいいのかしら?」

「大型種が存在しない場合には、戦うという選択肢もあります」

「どのように戦いますの?」


 フェーベルと呼ばれた女性は、教師に対してもタメ口だった。

 如何にも甘やかされて育ったという雰囲気を醸し出している。


「そうね。できれば、背後に回り込まれない地形で時間を掛けて戦うべきでしょうね」

「防御を重視して戦うということですわね?」

「ええ、回復魔術が切れないように注意して長期戦を行えば、勝てる可能性もあるわ。あなたのパーティなら、戦士が防御に徹して、魔法で攻撃を行えばいいでしょう」

「分かりました」


 金髪縦ロールの女生徒は着席した。


 その後、更にオークについての詳しい解説がされ、僕はそれを興味深く聞いた――。


 ◇ ◇ ◇


 午前中の授業が終了して昼休みになった。

 昼になるまで休憩は、一度も無かった。

 全員が刻印持ちなので、トイレなどにも行く必要が無いため、休憩時間は必要ないということだろう。

 それを言ったら、昼食も敢えて摂る必要はないのだが、昼休みは1時間あるようだ。


「じゃあ、食堂に行きましょう」


 クリスティーナがそう言って立ち上がる。

 他のパーティメンバーも一斉に立ち上がった。

 僕も慌てて立ち上がる。


「こっちよ」


 僕は、クリスティーナの後について食堂に移動した。


 教室を出てから階段を下りた後、歩いて数分のところに食堂はあった。

 奥にいくつかの窓口があり、教室のものと同じ8人掛けのテーブルが5列×5台の25台設置されていた。

 食堂の中は、生徒らしい冒険者で溢れている。50人くらいは居そうだ。

 1クラスが約30人なので、4クラスだと120人くらいの生徒が居てもおかしくはないので、あとの70人くらいは、まだ、ここに来ていないか、どこか別の場所に食事に行っているのかもしれない。


「じゃあ、わたくしとレティ、グレース、カーラで食事を取ってくるから、レリアとユーイチは席を確保しておいて」

「分かった」


 エルフの女性がそう答えた。

 彼女の名前は、レリアと言うようだ。


「こっちだ」


 レリアに促されて、空いているテーブルへ向かった。


 レリアが端から二番目の席に座ったので、僕は対角の端の席に座った。

 先ほどの教室での席順と同じ位置関係にしたのだ。


『何だか緊張してきた……』


「私の名前は、レリアだ」


 レリアが話し掛けてきた。

 どうやら、気を遣われてしまったようだ。


「ユーイチです」

「貴様は、『エドの街』の出身か?」

「ええ、まぁ……」


 嘘を吐くのが心苦しくて、曖昧な返事を返してしまう。


「そうか……私も『東の大陸』出身だが、『エドの街』には行ったことがないのだ」

「なるほど……。レリアさんは、何処の部族の出身なのですか?」

「ほぅ……。エルフの部族について知っているのか?」


 レリアの目が細められた。

 不味い質問をしてしまったかもしれない。

 普通の人間は、エルフの部族についての知識なんて持っているはずがないのだ。

 僕は、開き直ることにした。


「ええ、エルフには知り合いも居ますので」

「本当か? 私が出奔して50年くらい経つが、今では里の者たちも人間との交流を始めたのだろうか……?」

「いえ、僕がエルフの里にお邪魔したことがあるのです」

「門前払いされなかっただけでも凄いことだぞ」

「でも、人間と結ばれたエルフも居ますよね?」


 フェリスの話はエルフの間では有名なはずだ。


「ああ、ノーランディン族にそんな者が居たようだな。しかし、それは特殊なケースだ。基本的に我々は、排他的な種族だからな。ちなみに私は、アハティマ族出身だ」

「アハティマ族というと、イノーリアやスペローヌの部族だったかな?」

「何? 貴様、何者だ!? どうして、我が部族の者たちを知っている?」

「だから、先ほども言ったように『エルフの里』を尋ねたときに知り合ったのですが?」

「馬鹿な……我が部族が子供とはいえ、人間を里に入れるとは……」


 ――そのエルフたちも今や僕の使い魔だと知ったら、レリアはどうするだろう?


 僕は、少し恐ろしくなった。

 成り行きとはいえ、大変なことをしでかしてしまった気分だ。


「レリアさんは、何故、里を出たのですか?」

「……外の世界を見てみたかったのだ……」

「50年も放浪していたのですか?」

「ああ……」

「確か出奔したエルフは4人と聞いていますが、この街には他にもエルフは居るのですか?」

「4人というのは、誰に聞いたのだ?」

「それぞれの部族の人から聞いた人数を合計したら4人だったのですが……」

「全ての部族の里を回ったのか?」

「ええ……」

「貴様が凄いのか……。それとも里の方針が変わったのか……」


 クリスティーナたちが、食事が盛られた大皿などを持って帰ってきた。


「おまたせ」


 テーブルに3つの大皿が並べられた。

 一つ目の大皿には、大きなピザが載っている。次の大皿には、ペペロンチーノっぽいスパゲッティが盛られている。そして、最後の一つには、ポテトフライのようなものが盛られていた。


「はい」


 僕の前に小皿とフォークが置かれた。


「ありがとうございます」

「ふふっ、そんなに丁寧な言葉遣いをする必要はないわよ。わたくしたちは、これからパーティメンバーとしてやっていくのだから」

「でも、良かったのですか?」

「なにかしら?」

「女性ばかりのパーティに僕のような男が入っても」

「気にする必要はねぇぜ。女ばっかりなのは、たまたまだ。オレは男のパーティメンバーが欲しかったんだよな」


 僕の向かいに座った、革鎧を着た黒髪ポニーテールの女性が話に割り込んだ。


「カーラ、わたくしたちに必要なのは性別に関係なく戦力になる仲間よ」

「でも、レリアさんとか……」

「心配しなくてもお前のような子供なら問題ない」


 レリアが答えた。

 レリアのようなエルフから見れば、僕は子供のような扱だった。


「前にバルトロが入って来たとき、わたくしたちは、取りたかったのですが、レリアは嫌がったのですわ」


 クリスティーナの向こうに座った女性がそう言った。

 身に着けた装備も含めクリスティーナに似た女性で、言葉遣いは、更に上品だ。

 髪型は、ポニーテールのクリスティーナと違って、この女性は、肩より少し長いセミロングだった。


「じゃあ、食べながら自己紹介をしましょう。改めまして、わたくしがこのパーティのリーダーよ。重装戦士だけど、回復系の魔法も少しだけ使えるわ。今のところレベル1の魔法だけですけどね。じゃあ、次はレティ。あなたが自己紹介して」

「ええ。わたくしは、レティシア・メリエールよ」

「メリエール……。クリスさんのご姉妹きょうだいですか?」

「よく間違われるのだけれど、クリスとは、従姉妹同士なの……。わたくしは、重装戦士ですわ。クリスのように魔法は使えませんけれどね」


 装備もほぼ同じで顔立ちや体格も似ているので、双子と言われても納得してしまっただろう。


「では、グレース」

「ええ。あたくしの名前はグレース・トリスタン。回復系の魔術師よ。よろしくね。可愛い魔術師さん」

「よろしくお願いします」

「でも、まだレベル2までの魔術しか使えないの。だから、死なないように気をつけて」

「はい」


 見たところグレースは、このパーティで一番年上に見える。実際には、エルフのレリアがダントツで年長なのだろうけど……。

 鎖帷子を着ているが、胸が凄く大きいのが分かる。

 腰の辺りに革のベルトを装備しており、鎖帷子を縛っている。

 グレースのような巨乳だと、ベルトをしていなければマタニティドレスのように見えてしまうのかもしれない。

 身長は、推定170センチメートルといったところだ。


「カーラ」

「はいよ。オレの名は、カーラ・イゾルデだ。よろしくな」

「よろしくお願いします」

「ああ、硬ぇな。もっと気楽に行こうぜ」

「はぁ……」

「オレは、軽装戦士だ。このパーティじゃ、攻撃担当だな」

「武器は何を?」

「おっ、いい質問だな。槍だよ。この後の実技で見せてやるよ」

「楽しみです」

「可愛いじゃねーか。今晩どうだ?」

「いえ、遠慮しておきます」

「ふふっ、振られたわね。じゃあ、最後にレリアね」

「挨拶は、済ませてあるので省くが、私は精霊系の魔術師だ。エルフだから当然だな。他の系統の魔術は使えないが、精霊系の魔術はレベル5まで使える」


 エルフなら当然のスペックという感じだった。


「凄いだろ?」


 カーラが自慢気に聞いてきた。


「ええ、凄いですね。精霊系の魔術をレベル5まで使えるなら、さっきの授業で言ってたオークも楽勝なのでは?」

「大型種が混じっていた場合は、数によるだろうな」


 レリアがそう答えた。


「なるほど……」


 そう言えば、フェリアも『オークの砦』には近づかなかったようだ。

 オークの大型種は、レベル5の魔術が使える術者でも甘く見てはいけない相手ということだろう。


 クリスティーナが小皿にパスタをよそってくれた。


「あ、ありがとう」

「ユーイチは、魔力系の魔術師なのよね? どのレベルまで使えるの?」


 ――どう答えよう?


 この学園に入学するという時点で初心者のハズだが、あまり嘘を吐くのも、いざというときに自らの行動を縛ってしまうことになる。


「一応、レベル5まで使えますよ」

「何だって!?」

「ほぅ……」

「ホントに?」

「【魔術刻印】は、何を刻んでいるの?」

「『組合』で販売されているものは、一通り刻んでいます」

「ユーイチって、歳はいくつなの?」

「18歳です」

「オイオイ、そんな若ぇのに何でレベル5まで使えるんだよ?」

「運が良かっただけですよ。たまたま、効率の良い狩り場を見つけて戦闘しまくっていたら、いつの間にか強くなってました。この学園に入学したのは、冒険者としての知識が足りていないと感じたからです」

「稀に成長が早い者が居ると聞くが……それにしても……」


 僕は、小皿に装われたパスタをフォークで食べた。

 あっさりとした味だ。


「あ、美味しい」

「だろ? ここの料理は美味いんだぜ」

「料金は、良かったのですか?」

「この食堂は、タダだからな」

「なるほど……」


 1年間の授業料1万ゴールドからすれば、毎日料理をタダで提供するくらい何でもないのだろう。

 1日に銀貨5枚程度の食費が掛かったとしても年間360日で180ゴールドしか掛からない。


「この後の実技は、何をするのですか?」

「今日は、ゴブリン相手に戦闘訓練よ」

「今日は?」

「ええ、基本的にコボルトとゴブリンを相手に交互に戦っているの」

「それは、復活する時間の関係で?」

「そうよ。事前に迷宮からモンスターをおびき寄せて柵に閉じこめてあるのよ」

「なるほど……」


 僕は、彼女たちと話をしながら食事を摂った――。


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