10―3

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 クセニアとの会話が途切れたので、カップに残った『エスプレッソコーヒー』を飲んでいると、すすり泣く声が周囲から聞こえてきた。

 村人の女性たちがショック状態から回復したのかもしれない。

 もしかすると、『女神の秘薬』で精神――神経細胞――が癒された可能性もある。

 オークに囚われていた『シモツケ村』の女性たちも最初は気が触れたような状態だったが、『女神の秘薬』を飲ませたら回復したことを思い出した。


「ううっ……ぐすっ……。ご、ごめんなさい……」


 クセニアも俯いて涙を流し始めた。

 村人たちの涙が伝染したようだ。

 正直、こういう場面は苦手だった。得意な人は居ないだろうけど……。

 彼女たちは、ワーウルフに犯されただけではなく、親しい人を大勢亡くしたのだ。


 ――こういうときには、どうしたらいいのだろう?


 ――気が済むまで泣かせてあげたほうがいいのだろうか?


 僕は、どうしていいか分からず、すすり泣く女性たちの声を聞きながら、じっと座って時が過ぎるのを待った――。


 ◇ ◇ ◇


 女性たちは、30分ほどで泣きやんだ。


「ここは……?」

「どこ……?」

「お母さん?」

「ナディア?」

「ニーナ?」

「ロリサ?」

「お母さん……」

「ママ……」


 我に返ったのか、状況確認をしはじめた。

 母娘おやこも居るのだろうか?


 ――そうだ! 彼女たちに希望を持たせてあげよう。


『シモツケ村』の女性たちがそうだったように今後の生活に不安が無いよう取りはからってあげればいいのだ。

 ここで彼女たちを助けたのも何かの縁だろう。

 今後の生活を保障すると提案してみよう。

 どのみち、たった9人では村で生活をするのは無理だろう。


 僕は、冷めたコーヒーを飲み干してから立ち上がった。


「「――――っ!?」」


 テーブルの上で毛布を抱いている女性たちから息を飲む声が上がった。

 僕が突然立ち上がったので驚いたようだ。

 テーブルの上を見ると、クセニアも『エスプレッソコーヒー』を飲み終えていたようで、彼女のカップも空だった。

 僕は、2つのコーヒーカップを片付ける。


「クセニアさん、村の人たちを年齢の高い人から順に僕のところに連れてきてくれませんか?」

「畏まりました」


 僕は、いつものテーブルのいつもの席に反対向きに座った。

 フェリアとルート・ドライアードが僕の後についてきて、僕が座る正面の壁際に立った。

 いつもの護衛ポジションだ。

 ホムンクルスの二人もフェリアたちの左右に並ぶ。


 クセニアが30代後半くらいに見える女性と二十歳はたちくらいの女性を連れてきた。


「ユーイチ様、この二人は母娘なのですが、一緒によろしいですか?」

「勿論です。ちょっと話がしたいだけなので……」


 クセニアは、自分の席に戻った。

 二人は、僕の前で羽織っていた毛布を脱いだ。


 二人とも女性にしては背が高い。170センチメートルくらいあるだろう。

 しかし、白人女性なら、これくらいの身長が普通なのかもしれない。

 母親のほうは、金髪のロングヘアで胸が物凄く大きい。

 僕が胸を凝視していると彼女は前屈みのポーズで胸を強調した。少し垂れ気味で西洋梨のような形をしている。僕の使い魔の中では、サクラコの胸と似た感じだ。

 娘のほうは、金髪のショートカットで胸は形が整った美乳だった。


 二人は、刻印を刻んでいない一般人なので、陰毛などの体毛がある。

 ワーウルフによって傷ついた肌は、『女神の秘薬』の効果でかなり治癒したようだ。もう、殆ど目立たない。


 二人の裸体に見蕩れていた僕は、我に返って話し掛ける。


「……あっ、毛布は羽織って頂いて結構ですよ」


 しかし、二人は毛布を拾おうとはしなかった。


「いえ……。助けていただいてありがとうございます。あたしの名前は、アデリーナと言います」

「娘のナディアです。本当にありがとうございました」

「僕は、ユーイチと言います。早速ですが、これからのことを相談したいと思いまして……」

「あっ、あの。あたしたちをここに置いては貰えないでしょうか?」

「……ここにですか?」

「はい。ユーイチ様の命令には何でも従います。ですから、あたしたちを見捨てないでください!?」

「お願いします!」


 アデリーナとナディアが深く頭を下げた。


「僕のほうから、いくつか提案しようと思っていたことがあるのですが、ここに居たいということは、あなた方には、行く宛てが無いということですよね?」

「はい……村は、あんなことになってしまいましたし……あたしたちも……」

「気休めを言っても仕方がないのでハッキリ言いますが、村は壊滅していました。生存者も居ません」

「「――――!?」」

「僕たちは、今日の朝、空に黒煙が上がっているのを遠くから見つけて村に駆け付けたのです。そして、ワーウルフたちの足跡を辿って、あの洞窟を発見しました」

「あの怪物たちは……?」

「倒しました」

「あんな怪物を……凄い……」

「でも、モンスターなので明日になれば何処かで復活しますよ」

「――そんなっ!?」

「クセニアさんの話では、過去にこの辺りの村がワーウルフに襲われたという記録はないようなので、当分は大丈夫だと思います」


 ワーウルフは、所謂いわゆるワンダリングモンスターなのだろう。

『闇夜に閉ざされた国』の何処かで発生し、勝手に歩き回る。そして、たまたま人の住んでいるところに来ると女性を攫うのかもしれない。


「ユーイチ様、あたしたちをお側に置いては貰えませんか?」

「見たところ、子供の子も居るみたいですし、何処かの街で生活されたほうがいいのでは? 生活に必要なお金は、僕が出しますよ。クセニアさんに頼めば、『アスタナの街』の教団も力になってくれるかもしれませんし……」

「……やはり、ご迷惑ですよね……?」

「いえ、別に迷惑ってわけでは……」

「では、後生ですからここに置いてください」

「分かりました。その代わり、一つ条件があります」

「何でしょう? あたしたちに出来ることならなんでもしますが……?」

「僕の使い魔になってくれませんか?」

「使い魔……? それは……一体……?」

「簡単に言えば、僕の奴隷です。この部屋の中に居る『ベゲニ村』の関係者以外は、僕の使い魔です」


 厳密に言えば、ホムンクルスは使い魔ではないが、同じようなものなので敢えて説明はしなかった。


「フェリア、ここに来て」

「ハッ!」


 青黒い甲冑姿のフェリアが、僕の前に来た。


『フェリア帰還』


 フェリアが白い光に包まれて消え去った。


「――消えた!?」

「――――!?」


 アデリーナ母娘は驚いたようだ。


『フェリア召喚』


 フェリアが光と共に召喚された。


「このように、使い魔は、僕が念じるだけで召喚したり、帰還させることができます」

「「…………」」


 アデリーナ母娘は無言だった。使い魔になるかどうか考えているのだろう。


「フェリア、戻って」

「ハッ!」


 フェリアが壁際に戻った。


「つまり、あなた方に刻印を刻みます。そして、その後に僕の使い魔になって貰うということです」

「「――――!?」」


 二人が目を見開いた。


「こっ、刻印を戴けるのですか?」

「ええ、【エルフの刻印】ですけどね」

「ああぁ……ぐすっ」


 ナディアが涙を流した。

 アデリーナも涙ぐんでいる。

 他の女性たちも聞き耳を立てていたのか、色めき立ったのが分かる。


「では、僕の使い魔になってくれますか?」

「勿論です」

「はいっ!」


 やはり、この世界の一般庶民にとって、刻印は最高のご褒美となるようだ。


『そりゃ、そうだよな……。刻印を刻めば、永遠の若さが手に入る。それだけじゃない、強い痛みを感じることはないから、死ぬときにも苦しまずに済むし……』


 刻印を餌に女性たちを奴隷にしているようなものなので良心が痛んだが、彼女たちが望んでいることなので仕方がないと自分に言い訳をする。

 刻印を施して、生活費を渡して、何処かの街に送り出すこともできるが、アデリーナは、ここに置いて欲しいと願った。つまり、僕の庇護下に置いて欲しいということだろう。


 ――念のため聞いてみよう。


「あの? 僕の使い魔になるのが嫌ということでしたら、刻印を刻んだ後、当面生活していけるだけのお金を渡しますので、何処かの街で暮らして頂いても構いませんよ?」

「いえ、ユーイチ様の奴隷にしてください」

「あたしもご主人様の奴隷になりたいです!」

「分かりました。では、適当なテーブルに座って待っていてください。『女神の秘薬』が十分じゅうぶんに効くまで、もうしばらく掛かりますから」

「「はいっ」」


 二人は、床に落ちた毛布を拾ってクセニアの座っているテーブルへ向かった。


「クセニアさん、残りの人を連れてきてください」

「全員ですか?」

「ええ、方針はだいたい決まったので」

「はい。分かりました」


 残りの人たちには、アデリーナ母娘と同じ待遇を望むかどうかを聞けばいいのだ。


 クセニアに連れられて、7人の女性たちが僕の前に並んだ。

 彼女たちは、毛布をテーブルに置いてきたようで、全員が裸だった。クセニアも生まれたままの姿で一緒に並んでいる。

 7人の女性たちは、恥ずかしそうにしているが、体を隠している者は居ない。

 女性たちの中に一人、小学生くらいの年齢に見える子供が居た。母親とおぼしき女性と手を繋いでいる。

 また、7人の女性たちのうち2人は、中学生くらいの年齢だろう。


「では、年上の方から順に自己紹介してください」


 一人の女性が一歩前に出た。

 先ほどのアデリーナよりは、少し年下だろう。30代半ばくらいだろうか。

 身長は、アデリーナ母娘と同じくらいに見える。

 髪型は、金髪のセミロングで、胸はアデリーナほどではないが、かなり大きかった。


「あたしは、ジャンナと言います。ご主人様、よろしくお願いしますね」


 ジャンナは、既に使い魔になる気満々のようだ。


「……ユーイチです。よろしくお願いします。話は聞こえていたみたいですけど、アデリーナさんたちのように使い魔になりたいということでいいですか?」

「はい。勿論です」

「分かりました。では、次の方どうぞ」


 ジャンナが下がり、ジャンナと同じくらいに見える女性が一歩前に出た。

 身長は、僕よりほんの少し低い印象なので、165センチメートルくらいだろうか。

 くすんだ色の金髪を片方に寄せて左肩から前に下ろしている。胸は、かなり大きいが少しハの字に垂れ気味だった。


「ナターシャです。で、こっちがあたしの娘のニーナです。ほら、ご挨拶して」

「は、初めまして。ニーナですっ」


 中学生くらいに見える女の子が前に出た。

 身長は、160センチメートルくらいだろうか。ナターシャと似た金髪のロングヘアで胸は小ぶりだった。

 陰毛も薄い。優子と同じくらいの歳に見えるが、外国人なのでもう少し若いのかもしれない。


「初めまして。ユーイチです。えっと、ニーナさんは、おいくつですか?」

「15です」


 ということは、元の世界では14歳ということだ。


「まだ、刻印を刻むには早いですね」

「そっ、そんなことありません!」


『夢魔の館』でもそうだったが、こういうときは必ずと言っていいほど刻印を刻んで貰おうとするのがこの世界の住人たちだ。

 まぁ、口約束でいつか刻印してあげるじゃ不安なので、今すぐ刻んで貰おうと考えるのはよく分かるが……。


「でも、刻印を刻んでしまったら、もう成長しないから大人になれないけどいいの?」

「はい。ご主人さまは、あたしみたいな子供は嫌いですか?」

「…………? いや、別に……」

「じゃあ、すぐにお願いします」

「ナターシャさんも僕の使い魔になるということでいいのですか?」

「はい。勿論ですわ。ご主人様」


 僕は、頷いて次の人を呼ぶ。


「では、次の方どうぞ」

「はい。ほら、ロリサも……」

「うん……」


 30歳くらいの背の高い女性が子供と思しき女の子と一緒に一歩前に出た。二人は、手を繋いでいる。母娘だろう。何気に母娘率が高い。9人中3組6人が母娘なのだ。

 母親のほうは、しなやかな体躯で身長は175センチメートルくらいありそうだ。明るい金髪のショートカットで胸も大きい。バレーボール選手のような体型だった。

 娘のほうは、たぶん小学生くらいの年齢じゃないだろうか。

 身長は150センチメートルくらいで、母親譲りの明るい金髪のセミロングだった。胸は膨らみかけという表現をしたほうがいいだろう。陰毛も全く生えていなかった。どう見ても子供だ。


「あたしは、イアンナと言います。この子は、ロリサ。ご主人様、何卒よろしくお願いします」

「ご主人さま、よろしくです」

「はい、ユーイチです。よろしくお願いします」

「では、あたしたちにも刻印を授けていただけますか?」

「えっと、ロリサちゃんでしたか? 彼女はまだ子供ですよね?」

「もう、12歳ですから、ご主人様にご奉仕することはできます」

「いや、その歳で刻印を刻むのは可哀想なのでは? 死ぬまで、今の姿から成長しなくなってしまうのですよ?」


 娘が成長しないほうがいいのだろうか?

 僕は、猫を子猫のまま成長させずに飼っていたいと考える飼い主を彷彿した。


「お願いします。娘もそう望んでいますわ」

「絶対に刻印すると約束しますから、数年待てませんか?」

「ご主人様にご迷惑はお掛けしませんので、何卒よろしくお願いします。ほら、ロリサも……」

「ご主人さま、ロリサに刻印をください」


 僕は、助けを求めるためにクセニアを見た。


「ユーイチ様、よろしいではありませんか。ロリサは、あの怪物に犯されたのですよ?」

「助かった命だからこそ、成長して幸せになってほしいと思うのですが?」

「ユーイチ様、忌まわしい記憶を消してあげてください」


 そう言われても、記憶を消去する方法なんて知らない。

 逆に刻印を刻むと今の記憶が鮮明に保存されるのではないだろうか?

 僕も刻印を刻む前の記憶を以前よりも明確に思い出せるようになったと感じている。


「刻印を刻むと忌まわしい記憶が鮮明に残るのでは?」

「ふふっ、可愛い人……。そういう意味では、ございませんわ」

「…………?」

「彼女たちの願いを叶えてやって下さい。そして、わたくしもユーイチ様の奴隷にしてください」

「えっ? クセニアさんは、教団の人ですよね? 流石にマズイんじゃ?」

わたくしは、死んだことになるでしょう。だから問題ございません」

「報告しなくてもいいのですか?」

「それは……」


 ――クセニアを使い魔にして、『アスタナの街』の教団とのパイプ役になって貰うというのは、どうだろう?


「実は、『ウラジオストクの街』の教団の幹部は、僕の使い魔なんですよね」

「えっ!? それは本当でございますか?」


 僕は、クセニアに対して気軽な口調で返事をする。いい加減、敬語を使うのは疲れたのだ。


「うん。商家と結託してたから、僕たちが教団員に刻印を刻む代わりに配下にしたんだよ」

「それでは、ウチの教団も?」

「一応、話を持ち掛けてみてくれる?」

「畏まりました」


 僕は、イアンナ母娘に視線を戻した。


「じゃあ、二人とも僕の使い魔になるということでいいのですか?」

「はい。よろしくお願いします。ロリサもいいわね?」

「うんっ!」


『本人たちが望んでいるのだからいいよな……』


「では、次の方……」

「はいっ!」


 元気よく返事して前に出たのは、10代前半の女の子だ。

 身長は、155センチメートルくらいで髪型は、黒髪のセミロングだった。

 華奢な体格や小ぶりな胸と生え揃っていない陰毛から、中学生くらいの年齢だろうと僕は予想した。


「ターニャです。クセニア伯母さんの姪です」

「ユーイチです。クセニアさんの姪御さんですか?」

「ええ、ご主人様。ターニャは、わたくしの妹の娘ですわ」

「お母さんは、小さいときに死んじゃいました……」


 今回の件で亡くなったわけではないらしい。

 もし、生きていたらワーウルフに囚われていたかもしれない。


「妹が生きてたら、ここに居たでしょうね……本当に残念ですわ」

「『ベゲニ村』の若い女性は、ここに居る人たちだけだったのですか?」


 小さな村とはいえ、少ないような気がする。


「そうですわ。流行病はやりやまいでかなり人が亡くなったことがありますの。ターニャの母親も……」

「そうでしたか……」


 やはり、環境の厳しいこの辺りの村の生活は大変なのだろう。

『女神の秘薬』さえあれば、大抵の怪我や病気は治療できるようだが、この世界の住人にはあまりにも高価なのだ。


「それに、街へ出稼ぎに行っている者も居ます。実は、わたくしもそうだったのですが……」

「出稼ぎというのは、どんな……?」

「若い女がする仕事と言えば、決まっておりますわ」

「酒場の給仕とかですか?」

「ええ、そうやって体を売って、お金を稼いでおりますのよ」


 そう言えば、『ナホトカの街』で出会ったリリアも店の客に体を売っているようだった。

 ウェイトレスが娼婦を兼ねているというのは、現代では考えられない。いや、日本のような先進国では考えられないというだけかもしれないが……。それに日本でも昔は、ノーパン喫茶なるものがあったようだし……。


 僕は、ターニャに視線を戻した。


「それで、ターニャさんも僕の使い魔になりたいの?」

「はいっ! お願いします!」


 ターニャが頭を下げた。


「分かりました……」


 僕は、罪悪感を抱きながら、そう答えた――。


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