10―2

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 オフェーリアが全てのワーウルフを倒したため、視界の隅に表示された【レーダー】上からは赤い光点が消え去った。

 洞窟の奥には、依然として緑の光点が8個と青の光点が1個表示されているのが確認できる。


『オフェーリア、【戦闘モード】を解除して奥に進んで。それから、戦闘は許可があるまで禁止で』

『畏まりました』


 移動中も静止していたかのような先ほどとは違い、スーッとそれなりの速度で洞窟内を移動する。

 オフェーリアが【戦闘モード】を解除したため、時間が加速された世界から通常の時の流れの世界に戻ったのだ。


 洞窟内を奥へ、15メートルから20メートルくらい進むと少し広い空間に出た。

 入り口からここまでの洞窟内の通路は、幅が1.5メートル程度だったが、ここは5メートル以上の幅がある。ちなみに洞窟の天井の高さは、概ね2メートルちょっとなので、僕と同じくらいのオフェーリアの身長でも圧迫感を感じた。

 自然発生した洞窟のようなので、崩落の危険性を考慮しておく必要がある。

 見たところ、動物が掘って作ったものではなく、風穴のような洞窟なので、過去何万年も存在していた可能性が高い。【戦闘モード】で暴れたりしなければ大丈夫だろうが、部分的な崩落の可能性はあるだろう。


 その洞窟の少し広くなった場所に9人の女性が全裸で倒れていた。

 洞窟の硬い地面の上に人がすっぽり入れるくらいのサイズのズタ袋のようなものが敷いてあり、女性たちは、その上に寝かされている。彼女たちの周囲には、引き裂かれた衣服が散乱していた。

 女性たちは、精液と思われる体液にまみれていた。

 ワーウルフに犯されたのだろう。どうやら、ワーウルフには、オークと同じような習性があるようだ。


 一人の女性がオフェーリアの気配に気付いて起きあがった。

 その一人を除いて、女性たちは傷だらけだ。

 深い傷ではなさそうだが、ワーウルフの爪によるものだろう。

 起きあがった女性は、見たところ刻印を刻んでいるようだ。他の女性たちのような傷が無いのも刻印を刻んでいるためだろう。


 倒れている女性たちの中には、まだ子供に見える少女が倒れている。

 股間が血で赤く染まっていた……。

 早く治療しないと死んでしまうかもしれない。


『オフェーリア、『女神の秘薬』を10本購入して』

『ハッ!』


 視界に【商取引】のウィンドウが開く。


―――――――――――――――――――――――――――――


 ・女神の秘薬【ポーション】・・・1000.00ゴールド [購入する]


―――――――――――――――――――――――――――――


 購入の操作が終わったのか、【商取引】のウィンドウが閉じた。


『オフェーリア、それを一般人の女性たちに飲ませてあげて。年齢が若そうな人を優先的にね』

『ハッ!』


『憑依解除』


 そう念じたら、一瞬で使い魔たちに支えられている自分の体に戻った。

 左右と背後に柔らかい感触を感じる。

 目を開けた。前方に先ほどまで入っていた洞窟が見える。

 僕は、【エアプロテクション】を解除した。


「中に移動するよ」

「ハッ!」

「御意!」

「了解ですわ」

「ええ」

「はい……」


【フライ】【ナイトサイト】


 飛行して洞窟の中へ移動する。


 僕は、洞窟の奥へと急いだ――。


 ◇ ◇ ◇


 女性たちが倒れていたところへ戻ると裸の女性がオフェーリアにすがりついていた。

 例の一人だけ刻印を刻んでいた女性だ。冒険者なのだろうか?

 オフェーリアは、直立したまま女性を無視している。

 もしかすると、【エアプロテクション】を掛けたままだったので女性の声が聞こえないのかもしれないが、すがりつかれていても無視しているので、オフェーリアにとって、その他の人間はどうでもいい存在なのかもしれない。

 僕が近づくとオフェーリアは、僕のほうへ向き直った。


「ご主人様……」


 僕は、オフェーリアには答えず、その女性に【グレーターヒール】を掛けた。

 女性の身体が回復系魔術のエフェクトで光る。

 女性が僕を見て目を丸くした。

 僕は、フードを取って挨拶をする。


「初めまして、ユーイチと言います」

「――――っ!? わ、わたくしは、クセニアと申します……」


 女性は、立ち上がり、胸を両手で隠しながら、挨拶を返した。

 クセニアと名乗った女性は、外見年齢が20代半ばくらいで身長は160センチメートルくらい、髪型は、黒髪のロングヘアだった。胸のサイズは大きくも小さくもなく、先ほどチラっと見たところでは整った形の美乳だった。


 僕は、クセニアから目を逸らして他の女性たちを見る。

 床に寝ている女性たちは、皆、魂が抜けたような表情をしている。


 ――ショック状態というやつだろうか?


『ロッジ』


 僕は、『ロッジ』の扉を召喚した。


「フェリス、ルート・ニンフ、ユキコ、オフェーリアは、そこに寝ている女性たちを『ロッジ』の中に運び込んで。刻印を刻んでいない一般人だからやさしくね」

「分かりましたわ」

「いいわよ」

「畏まりました……」

「ハッ!」


 使い魔たちが精液まみれの女性たちを抱きかかえて『ロッジ』の中へと運んでいく。

 クセニア以外の8人の女性が3人の使い魔たちと1人のホムンクルスに2往復で『ロッジ』の中に運び込まれた。


「クセニアさんも中へ入ってください」

「……分かりました」


 クセニアは、覚悟を決めた表情でそう答えてから『ロッジ』の中へ入った。

 やはり、得体の知れない男に魔法建築物の中に入れと言われて、素直に従うのは相当な覚悟が必要なのだろう。

 もしかすると、閉じこめられてしまうかもしれないのだ。

 彼女が素直に従ったのは、ワーウルフから救った僕たちをある程度信頼してのことだと思う。村人らしき女性たちを中へ運び込んだことも影響しているかもしれない。彼女が村の護衛として雇われた冒険者だとすれば、村人の安全に対する責任があるのだろう。


 クセニアが『ロッジ』の中に入った後、『ロッジ』の扉を閉めて『アイテムストレージ』へ戻した。

 洞窟は、まだ先に続いているようだ。

 洞窟の奥は、左にカーブしながら、少し下り坂になっているのが分かる。

 奥を探索してみたい誘惑に駆られたが、自然発生の洞窟は崩落の危険があるし、普通に考えると奥は地下水脈のようなところに繋がっているか、何処かで人が通れないくらいの細い穴になってしまっている可能性が高いだろう。洞窟の奥には、蝙蝠が住んでいそうな雰囲気だが、ここまでの地面には糞のようなものは落ちていなかったので、こういった寒冷地には棲息していないのかもしれない。


【エアプロテクション】


 僕は、【エアプロテクション】を掛けて洞窟の入り口へ戻った――。


 ◇ ◇ ◇


 僕たちは、洞窟を出たあと、火災が発生していた村へ向かった。

 村には入らず、村を囲む壁際に降り立つ。


『ロッジ』


 壁の近くに『ロッジ』の扉を召喚した。

【エアプロテクション】を解除して『ロッジ』の中に入る。

 使い魔たちとオフェーリアが中に入ったことを確認してから、扉を閉じて『アイテムストレージ』へ戻した。


『オフィリス』


「お呼びですか? ご主人様」


 僕は、ホムンクルスのオフィリスも『アイテムストレージ』から召喚した。


『トレード』→『フェリア』


 フェリアに100万ゴールドを渡した。


「ご主人様、我々にこのようなお気遣いは不要です」

「お金が必要なこともあるから、持っていて。これは命令だよ」

「……畏まりました」


『トレード』


 僕は、使い魔5人とホムンクルス2人に100万ゴールドずつ配った。

 これで、所持金が900万ゴールド弱に減ってしまったが、ここに居るメンバーは、先ほどオフェーリアに『女神の秘薬』を買ってもらったときのようにお金が必要になることがあるため、補充しておくことにしたのだ。

 いざというときにお金がないと困るだろう。モンスターを狩っても彼女たちの所持金は増えないので、僕が補充しておく必要がある。『トレード』は、近くに居ないと使えないので、レイコのように離れていることが多い使い魔には、定期的に補充しているのだが、一緒に行動することが多い使い魔たちにはあまり渡していなかった。お金が必要なときには、僕が使っていたからだ。


 室内を見ると8人の刻印を刻んでいない女性たちは、テーブルの上に2人ずつ寝かされていた。

 クセニアは、『ロッジ』の扉から入って右にあるテーブルの席に座っていた。


【商取引】→『アイテム購入』


『毛布』


―――――――――――――――――――――――――――――


 ・毛布【アイテム】・・・・・・・4.98ゴールド [購入する]

 ・毛布【マジックアイテム】・・・49.8ゴールド [購入する]


―――――――――――――――――――――――――――――


 僕は、【商取引】のスキルでマジックアイテムの毛布を9枚購入した。

 この毛布は、マジックアイテムなので、『アイテムストレージ』から出し入れが可能だ。


 毛布を一つ召喚してクセニアに渡す。


「クセニアさん、これをどうぞ」

「あっ、ありがとうございます」


 クセニアが毛布を受け取った。


「フェリス、ルート・ニンフ、ユキコ、オフェーリア。毛布を寝ている女の人たちに掛けてあげて」


 そう言って、3人の使い魔たちと1人のホムンクルスに2枚ずつ毛布を配った。


「いいですわよ」

「分かった」

「はい……」

「畏まりました」


 僕は、ショック状態の女性たちが回復するのを待った――。


 ◇ ◇ ◇


『エスプレッソコーヒー』『エスプレッソコーヒー』


 僕は、【料理】スキルを使い2つの『エスプレッソコーヒー』をクセニアが座るテーブルの上に出した。

 香ばしいコーヒーの香りが辺りに漂う。


「――――!?」

「クセニアさん、ちょっといいですか?」

「は、はいっ」


 クセニアの席の反対側の席に座る。

 彼女は、僕が渡した毛布を羽織っていた。

 毛布の隙間からは、胸の谷間が見えている。


「少し話を聞かせてもらってもいいですか? あ、良かったら飲んでください」

「はい。ありがとうございます」


 クセニアがコーヒーカップを持ち上げる。

 すると、毛布がはだけて胸が見えた。

 僕は、視線を逸らした。


「ふふっ、あなたは可愛い人ですね……」

「いえ。それよりも、クセニアさんは刻印を刻まれていますが、冒険者ということでしょうか?」

「いいえ、わたくしは、教団から派遣された教団員です」


 クセニアは、冒険者ではなく『女神教』の教団員だったようだ。


「村に派遣される教団員って、刻印を刻んでいるのですか?」

「ここは、寒さの厳しい土地ですから、刻印を刻んだ教団員が派遣されることが多いですわ」


 確かに理に適っては居るが、よくそれだけの人に刻印を刻めたものだ。

 上空から確認した限り、村は、かなりありそうだった。

 全ての村に刻印を刻んだ教団員を派遣していないとしても数十人は居るはずだ。


「よく、それだけの数の教団員に刻印を刻めましたね?」

「商家の方々の寄付のおかげですわ」

「商家の人には、『女神教』に寄付をすると何かメリットがあるのでしょうか?」

「それは……」


 クセニアは、言葉に詰まった。

 痛いところを突いてしまったのだろうか?


「皆さん、女神様に対する信仰に厚い方々だからですわ……」

「『ウラジオストクの街』の教団では、娼館を経営したり、商家の有力者に教団員を娼婦としてあてがっていました」

「そっ、それは……」

「『アスタナの街』の教団も同じみたいですね……」

「仕方がないのです。村を護るためには、わたくしたちが必要なのです……」

「でも、あの村は壊滅してましたよ?」

「……まさか、あのような怪物が襲ってくるとは思いませんでした」


 クセニアは、悲痛な表情をしている。


「初めてのことなのですか?」

「はい。わたくしは、あの村……『ベゲニ村』の出身なのですが、100年近い村の歴史で初めてのことです。付近の村でもそのような話は聞いたことがございません」


 ワーウルフに襲われた村は、『ベゲニ村』と言うようだ。

 クセニアの生まれ故郷でもあるらしい。


「その村の出身者が『女神教』から派遣されるのですか?」

「必ずしもそうではありませんが、派遣先を希望することができるため、そうなることが多いのです」


 僕は、『ベゲニ村』で何があったのかを聞いてみる。


「それで、何があったのですか?」

「昨夜のことです。村の中で複数の悲鳴が聞こえました」

「それでどうしたのですか?」

わたくしが外に出てみると、月明かりの中で恐ろしい怪物が村の人たちを襲っていました」

「あのモンスターについて何か知っていますか?」

「いえ、見たことも聞いたこともないモンスターです」


 僕は、後ろを振り向いた。


「ねぇ、フェリア。あのモンスターって、ワーウルフだと思うんだけど、何か知ってる?」

「はい。ご主人様が仰る通り、そのモンスターは、ワーウルフでしょう」

「フェリアは、何で知ったの?」

「昔読んだモンスター図鑑に載っていました。『闇夜に閉ざされた国』に棲息する危険なモンスターです」

「でも、あの村って『闇夜に閉ざされた国』の領域には無いよね?」

「『闇夜に閉ざされた国』に棲息するモンスターは光を嫌う傾向にあります。しかし、陽光の中で活動できないわけではございません」


 確かに雪女も『闇夜に閉ざされた国』に棲息していたが、雪女たちは太陽光を意に介してはいないようだ。もしかすると苦手なのかもしれないが……。


「僕の故郷では、ワーウルフは人間が変身することになってるんだけど、この世界のワーウルフは違うの?」

「はい。ワーウルフが変身するという話は聞いたことがございません」


 現実問題としては、人間が狼男に変身するように体が短時間で変形することはあり得ないだろう。

 しかし、刻印を刻んだ体ならあり得なくもないと思う。


「ありがと」

「……いえ」


 僕は、クセニアのほうに向き直った。


「それで、クセニアさんは、ワーウルフを見てどうしたのですか?」

「怖くて体が動きませんでしたわ……すると、怪物の一体がわたくしを見ました。ああ……あのを思い出しただけで体が震えます……」


 クセニアは、身体を震わせた。


「逃げなかったのですか?」

「はい……。情けないことに足がすくんでしまって……」

「【戦闘モード】は?」

「起動いたしませんでした。わたくしは、戦ったことなどございませんし、最初から勝てるわけがないと諦めてしまいました」

「それで、ワーウルフに捕らえられたのですか?」

「はい。ワーウルフに囲まれたときには、恐ろしくて失禁してしまいました……。あっ……申し訳ございません。今のは忘れてくださいませ……」


 クセニアは、赤くなってそう言った。


「それからどうしたのですか?」

わたくしを捕らえたモンスターは、大きな袋を取り出しました。それをわたくしに被せて、担ぎ上げたのです」

「モンスターが『アイテムストレージ』から袋を取り出したのですか?」

「アイテムストレージとは何でしょう?」

「刻印の機能でアイテム管理をすることができますよね? その倉庫のような機能を僕が勝手にそう呼んでいるだけです」

「はい。モンスターは、何も無いところから袋を取り出していました」


 モンスターもアイテムを使うことができるようだ。

 妖精たちや雪女たちを見ても刻印を刻んだ人間と変わらないので、『アイテムストレージ』の機能があってもおかしくはない。

 しかし、あの大きなズタ袋がワーウルフの持ち物だったというのは驚きの新事実だ。


「クセニアさんは、そのまま洞窟に運ばれたのですか?」

「はい。わたくしを担ぎ上げたモンスターは、走り出しました」

「暫くすると洞窟内で下ろされ、そして……」


 クセニアは、泣きそうな顔で言葉に詰まった――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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