9―25

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 僕は、『ハーレム』から『ロッジ』に戻った。

 装備は、いつもと同じ『装備2』の魔術師スタイルに換装している。

 たまには他の格好をしてもいいかなとは思うけど、ローブはゆったりしていて楽なのだ。

 前は、ちょっと重く感じた『魔布のローブ+100』も今ではこれくらいの重さがないと物足りなく感じていた。

 装備品は、汚れても装備し直せばいいだけなので、洗濯の必要がないということもある。


 僕の背後には、使い魔たちとレーナたちがついてきていた。裸で……。


「服を着て」

「ハッ!」

「御意!」

「分かりましたわ」

「分かった」

「はい……」

「「ええ」」


 白い光に包まれて、彼女たちは装備を纏った。


『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』


 僕は、テーブルに『サンドイッチセット』を3セット出した。


「レーナたちは、それでも食べながら、ここで待ってて」

「ご主人様は、どうされますの?」


 オリガがそう質問してきた。


「街の中心部まで移動するよ。『ゲート』や教団は、街の中心にあるんでしょ?」

「はい。中心と言っても位置的には街の南側ですわ」

「ここって、街の北側なの?」

「ええ、ナホトカへの街道があるのは街の北側ですわ」

「なるほど……」


『ロッジ』


 僕は、『ロッジ』の扉を召喚して、外へ出ようとした。


「お待ち下さい」


 扉に向かおうとしたら、フェリアに止められた。

 同時に僕の体が回復系魔術のエフェクトで光った。


 僕は、フェリアに道を譲り、彼女が扉を開けて外に出た後に続いて外へ出た――。


 ◇ ◇ ◇


 今日の日付は、6月23日(火)だと思われる。

 時刻は朝の6時半くらいだと思うが、外はまだ暗かった。

 ここが、森の中ということもあるだろう。


【ナイトサイト】


 真っ暗だった周囲が曇りの日の昼間くらいで見通せるようになった。

 地面に生い茂った雑草が濡れている。雨が降った後のようだ。この辺りでも雨は早朝に降るのかもしれない。

 使い魔たちが全員『ロッジ』から出て、扉が閉められたのを確認してから、僕は『ロッジ』を『アイテムストレージ』へ戻した。


【マップ】


 僕は、方角を知るために【マップ】を起動した。

【レーダー】では、方角が分からないためだ。

 ついでに、この付近のマッピングも行っておこう。


【インビジブル】【マニューバ】


 移動するために【インビジブル】と【マニューバ】を起動する。


「これから、街の南へ向かうから、【インビジブル】と【マニューバ】を起動して向こうへ飛行するよ。効率良くマッピングするために高度をある程度とってから広がってね」

わたくしは、護衛として側に控えます」

「分かった」


 僕は、フェリアにそう答えて森の中で上昇する。

 枝葉を避けながら森の上空に出た。

 そのまま、高度100メートルくらいまで上昇する。

 南の方を向くと左右の前方に海が見えた。

 どうやら、『ウラジオストクの街』は小さな半島のような地形にあるようだ。

 半島は、真南ではなく南西方向へ伸びている。


「【ワイド・レーダー】でそれぞれがギリギリ見えるくらいまで左右に広がってから、南西に向かって飛行するんだ。南側の外壁までね。外壁に着いたら集合して」

「分かりましたわ」

「御意!」

「分かった」

「はい……」


 2人ずつ左右に分かれて広がった使い魔たちを見送ってから、僕はフェリアと共に南西へ移動を開始した。

 眼下には森林地帯が広がっている。

 半島の中央は、山地というほどではないが低い山のような海抜高度が少し高い土地になっていて、森林地帯が広がっているようだ。

 それほど速度を上げずに30分ほど南西方向へ移動すると街並みが見えてきた。

 街の向こうには、数キロメートル先にあるとおぼしき城壁が小さく見える。

『ウラジオストクの街』の人口密集地は、南西部に集中しているようだ。

 僕は、そのまま南西の端にある城壁を目指した。


 城壁を越えた辺りで停止する。

 城壁の向こうには、島が見えた。


『もしかすると、この島にサハギンが住んでるのだろうか?』


 しかし、視界には、半魚人らしきモンスターは見当たらない。

 島には、森が広がっているだけだ。

 僕は、城壁のほうに戻って高度を落とした。

 城壁の上から街並みを見る。

 城壁の近くには、あばら屋のような見窄みすぼらしい家屋が並んでいた。

 道も土を踏み固めたような感じで曲がりくねっている。人が通らないところには雑草が生えていた。

 もしかすると、この辺りが貧民街なのだろうか?


「ご主人様」


 フェリアの方を見ると、向こうからフェリスたちが飛んでくるのが見えた。

 どうやら、使い魔たちがこちらに近づいてきたので教えてくれたようだ。


 僕は、【マップ】を拡大して確認する。

 城壁は、海岸近くに半島を囲むように設置されているようだ。

 街の東側には門があった。

 その先には、桟橋や船などが写っているので、おそらく港があるのだろう。

 街の西側には門がなく、城壁の内側には道幅の広い街道が通っている。

 街道沿いには、ところどころに集落があり、それらは『エドの街』の周囲にあるような村に相当する集落なのではないだろうか。


「ご主人サマ」

「主殿」

「旦那さま」

「ご主人様……」


 使い魔たちが集合したようだ。


「ご苦労様」


 何処かでレーナたちを『ロッジ』から出さないといけないが、この貧民街らしき場所では止めておいたほうがいいだろう。

 僕は、城壁の上から飛行して街の中心方向へ移動する。

 少し移動すると、街中に2メートルほどの高さの壁が巡らされているのが見えた。

 その壁の向こうには、石造りの建物が並んでいる。家の前の道路は、石畳で整備されていた。

 先ほど、向こうから上空を飛行していたときにはこの壁に気付かなかった。

 向こうからだと建物が邪魔で見えにくかったこともあるだろうし、城壁ばかり見ていてあまり下を見ていなかったこともある。


 僕は、壁を超えたところにある建物の間に降り立ち、【マニューバ】と【マップ】をオフにする。

 そして、【ナイトサイト】もオフにしてみた。すると視界が暗くなった。

 まだ、少し薄暗いが空を見上げると、空は藍色に白んできている。


『ロッジ』


 壁際に『ロッジ』の扉を召喚した。

 扉を開けて中に入り、レーナたちを呼ぶ。


「着いたから、外に出て」

「あっ、ご主人様」

「早かったですね」

「すぐに参りますわ」


 僕は、テーブルの上に残った『サンドイッチセット』の食器を戻した。

 レーナたちと一緒に外に出た後、扉を閉めてから『アイテムストレージ』へ戻す。


「ここは、何処ですの?」

「『ウラジオストクの街』の街はずれだよ。それで、この壁は貧民街との境目なの?」

「あっ、境界の壁!? そっか、もうこんな奥まで来てたんだね」


 ミラがそう言った。

 この壁は、『境界の壁』と呼ばれているようだ。


「ここから、『ゲート』までは遠いの?」

「『境界の壁』からだと歩いて2時間は、かかるわよ」


 レーナがそう答えた。


「じゃあ、『女神教』の教団には?」

「神殿は、20分くらいだと思いますよ。ただ、ここが境界のどの辺りか分からないので……」

「真ん中くらいだと思うよ」

「じゃあ、20分くらいでしょう」

「案内してくれる?」

「勿論です」


【フライ】


 僕は、【フライ】を起動してレーナの後についていった――。


 ◇ ◇ ◇


 大通りに出てから、歩いて移動するレーナの後についていくと20分ほどで『女神教』の神殿に到着した。

 神殿は、『エドの街』のものよりも大きく豪奢な印象だ。


『現在時刻』


 時刻を確認してみると、【07:39】だった。

 神殿の前には、誰も居ない。


「早すぎたかな?」

「そんなことはありませんわ」

「でも、誰もいないけど?」

「いつも、こんなものですわ」


 オリガの話が本当なら、『ウラジオストクの街』の『女神教』は、あまり繁盛していないようだ。


「レーナたちはどうする?」

「何がです?」

「いや、教団が苦手とか言ってたから……。ここで待ってる?」

「いえ、あたしは大丈夫です。オリガは……」

わたくしも大丈夫ですわ」

「いいの?」

「前にしつこく勧誘されたことがありますの……。でも、お断りいたしましたわ」

「そうなんだ……」

「教団は、回復系魔術が使える女を手当たり次第に勧誘するのよ」


 ミラがそう言った。


「その力は、女神様が与えてくださったものだから、女神様のために使うべきと言われましたわ」

「レーナは、大丈夫だったの?」

「ええ、精霊系の魔術師は、あまり勧誘されないわね。でも、魔力系の魔術師なんて教団からは敵視されてるわよ。ご主人様もその格好はまずいかも……」

「え? でも、【魔術刻印】を刻めるのは魔力系の魔術師だけだよね? 【大刻印】は、その上で女性じゃないと刻めないし……」

「そこは、教団も痛し痒しでしょうね。前に回復系の魔術師が【刻印付与】を使えないか調査していたらしいわよ」


 回復系の魔術師が魔力系の魔術スキルである【刻印付与】を使えるようになることがあるのだろうか?

【刻印付与】は、特殊な魔術だ。魔力は消費するものの、魔法というよりも【工房】のような【基本魔法】に近い印象だ。

 しかし、【基本魔法】と違って、かなり高レベルな魔力系の魔術師じゃないと発動させることができないのだ。


「じゃあ、レーナたちは後ろからついてきて」

「分かったわ」

「分かりましたわ」

「うん、ついていく」


 僕は、ゆっくりと飛行して『女神教』の神殿に近づいた。

 そして、大理石の階段を上り、大きな入り口から中へ入る。


 神殿の中は、外から見た通り非常に広く、奥に巨大な女神像が設置してあった。

 基本的には、『エドの街』の『女神教』の神殿と似た造りだ。

 女神像の前に10人くらいの集団が居るのが見える。


【テレスコープ】


 視界を拡大してみると、一人は法衣っぽい神官風のローブを着た女性で、その背後に控えるように8人の女性の重装戦士が並んでいる。

 護衛の冒険者かもしれないが、全員が同じデザインの金属鎧と盾を持っていた。鎧は、光沢からみてプラチナ製のようだ。

 ショートソードと思しき剣とマントを装備している。マントは、表が白で裏地は赤い。頭には何も被ってはいないが、額にサークレットのような装飾品を装備している。2人が黒髪で、6人が金髪のようだ。

 聖騎士――パラディン――という単語が僕の頭に思い浮かぶ。

 何となくゲームに出てくる聖騎士のようだった。


 僕は、広いエントランスホールを飛行して、神官風の女性のところへ向かった。

 接近してきたので、【テレスコープ】をオフにする。

 女性の前に着いた。


「どのような御用件でしょうか?」


 神官風の女性が話し掛けてきた。

 女性は、ストレートヘアの金髪で、髪の長さは肩下くらいまでのセミロングだった。

 身長は、見た感じ僕と同じくらいなので170センチメートルくらいだろう。ローブに包まれた胸の膨らみもかなり大きい。


 この女性に対する第一印象は、美人だけど性格がキツそうだった。

 僕を見る目が嫌悪に満ちている。

 如何にも魔力系の魔術師という風貌のせいかもしれない。それに【フライ】で飛行しているので、魔力系の魔術師と断定されているだろう。


 また、女性の肌をよく見ると刻印を刻んだ人間特有の肌をしている。

 この女性は刻印を刻んでいるということだ。

 話に聞いていた通り、『ウラジオストクの街』の教団員は、刻印率が高いのだろう。


「教主は居られますか?」

「お約束ですか?」

「いえ、昨日この街に着いたばかりなので……」

「申し訳ございませんが、お約束のない方はお取り次ぎできません」

「そうですか……。では、面会の予約を取りたいのですが?」

「どのようなご用件なのでしょう?」


 女性は、眉をひそめかなり不審そうだ。

 口調は丁寧だが、こちらを見下したような眼をしている。慇懃無礼というやつだろう。


「寄付についてです」

「当教団にご寄付いただけるのですか?」


 急に態度が軟化したのが分かる。


「お話を聞かせていただいて、寄付しても良いと判断したら、寄付させていただきます」

「お聞きになりたいのは、どのようなお話でしょうか?」


 神官風の女性は、また不審そうな態度に戻って言った。


「それは、直接、ご教主さんと交渉したいのですが……?」

「申し訳ございませんが、ご用件をお聞きしないとお取り次ぎできかねます」

「分かりました。僕は、『エドの街』から来たのですが、『エドの街』の教団では、炊きだしなどを行っていました。しかし、この街には、貧民街があって、教団はそういった弱者救済をしていませんよね?」

「わっ、我々を冒涜するおつもりですか!?」

「いえ、ですから、僕が寄付をしますので、そういった弱者救済に役立てていただきたいと思いまして……」

「…………」


 見ると神官風の女性は、顔を真っ赤にして怒っていた。


「あ、あの……?」

「この背教者め!」


 そう言って、女性は身を翻して護衛の冒険者と思しき聖騎士風の女性たちの背後に移動した。


「この魔女たちを片付けて頂戴!」

「「女神様のために!」」


 銀色に光る剣を抜いて、8人の聖騎士風の女性たちが襲い掛かってきた。

 身の危険を感じて意識がカチリと切り替わる。【戦闘モード】が自動的に発動したのだ。

 その瞬間、聖騎士風の女性たちが一瞬停止したかのように見える。

 そのまま、ゆっくりと近づいてきた。


「ご主人様!」

「主殿!」


 フェリアとルート・ドライアードが前に出た。

 しかし、数が多いので倒さないと回り込まれるだろう。


「やれ!」

「ハッ!」

「御意!」


 フェリアは、ロングソードを抜いて4人の聖騎士風の女性を連続で突いた。【戦闘モード】を起動した僕にも回避できるかどうか分からないくらいの速度だ。

 そして、ルート・ドライアードは、残りの4人に対してハルバードを振り回して攻撃する。

 8人の女性たちは、白い光に包まれた後、蘇生猶予状態となって神殿の床に転がった。


「そんなっ!?」


 女神像の側で見ていた神官風の女性が驚きの声を上げる。

 その女性に向かってルート・ドライアードが一足飛びに接近してハルバードを振りかぶった。


「待て!」


 僕は、ルート・ドライアードを制止した。

 ハルバードは、神官風の女性に当たる直前で止まる。

 女性は、驚いて後ろに倒れ込んだ。

 僕は、話を聞くためにルート・ドライアードの側に移動する。


「ヒッ!?」


 ――ジョロジョロジョロジョロ……


 音のするほうに目をやると尻もちをついた女性の股間が濡れていた。

 倒れたときに裾が捲れ上がったのか、大きく足を開いた状態で濡れた白い下着が見えてしまっている。

 周囲にアンモニア臭が立ち込めた。


『刻印を刻んだ人でも漏らすことがあるんだ……』


「蘇生してあげて」


 僕は、後ろを振り返って蘇生猶予状態の女性たちを蘇生するように命じた――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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