9―24

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 門の近くは宿場町になっているようで、夕方なのに混み合っていた。

 道行く人の数は、『エドの街』よりも多いように見える。

『ウラジオストクの街』の市街地まで、ここからかなり距離があるようなので、門の近くで宿泊する商隊メンバーが多いというのも『エドの街』に比べて人が多い一因かもしれない。

 町並みも『エドの街』とは、だいぶ違う。『ナホトカの街』に近い感じだ。

 僕にとっては、日本であるはずの『エドの街』や『ニイガタの街』も馴染みがなかったので、異国情緒云々という感じでもなかった。この世界自体があまりにも異質で観光気分では居られないのだ。


 それにもう一つ、『エドの街』や『ニイガタの街』と違う点があった。

 街道の脇に物乞いが何人も居るのだ。

 そういえば、『ウラジオストクの街』には貧民街があるという話を聞いていた。

 あまり首を突っ込む話ではないが、『女神教』の人とその件について話をしてみたい。

 明日、レーナたちに案内してもらおう。


 それから僕たちは、商隊と共に宿場町を抜けて日暮れの街道を進んだ――。


 ◇ ◇ ◇


 街道の両側には、田畑が広がっていた。

 水が張られていない田んぼのような土地に植えてあるのは、おそらく小麦だろう。

 みんな日本語を話すのにこの辺りでは、主食がパンなのだ。

 元の世界とは歴史が違うはずなので、その土地によって元の世界の料理が食されているのはおかしいのだが、今のところ、どこまでそうなっているのかはよく分からない。僕が他国の郷土料理についてよく知らないということもあった。

 ローマ辺りでピザやパスタが主食になっていれば、元の世界の影響を受けていると考えてもいいだろう。


 すっかり日が暮れた街道を1時間ちょっと歩くと倉庫街へ到着した。

 街の外と違って、小走りで移動しなかったということもある。

 門の中では、走って移動してはいけないのかもしれない。商隊のすれ違うポイントが決められている外の街道と違い、街の中では人通りが多いので交通事故が起きる可能性があるためだ。

 移動中の明かりは、レーナの【ウィル・オー・ウィスプ】とオリガが【ライト】をパーティメンバーの頭上に設置することで街道を照らしていた。


 馬車が停止して馬車からの荷下ろしが始まると、デニスが僕の前にやってきた。


「ユーイチ殿、ありがとうございました」

「いえ、こちらこそご一緒させていただいて……」

「そんな、ユーイチ殿はその気になれば飛行して、その日のうちに移動できたでしょう。ゴブリンとの戦闘にも手を貸していただきましたし……」

「僕も冒険者が商隊をどうやって護衛するのか興味があったので、お気になさらず……」

「あの……。『ゲート』の件はどういたしましょう?」

「そうですね……。明日、『ゲート』を見に行きますので、夕方頃には回答できると思います」

「分かりました。では、オレの家に来てください。場所は、レーナたちが知っていますので」

「了解です」


 会話が終わると、デニスは倉庫のほうへ戻っていった。


「ご主人様、これからどうします?」


 レーナが聞いてきた。


「レーナたちは、いつまで居られるの?」

「あたしたちは、明後日の朝、ここに集合します」

「何時に?」

「6時です」

「じゃあ、あまり時間を無駄にできないね」

「ええ」


『ロッジ』


 僕は、『ロッジ』の扉を近くに召喚した。


「レーナたちは、この中に入って」

「分かったわ」

「分かりましたわ」

「了解」


 レーナたちが『ロッジ』の中に入ったのを確認してから、扉を閉めて『アイテムストレージ』へ戻した。

 そして、デニスのパーティメンバーや御者たちに別れを告げて、人気ひとけの無さそうなところへ移動した――。


 ◇ ◇ ◇


 5分ほど街道を進むと左手に森のような木が生い茂ったところを見つけたので、茂みの中へ入って行く。

 そして、街道から見えないところまで移動する。


『ロッジ』


 森の中で『ロッジ』の扉を召喚した。

 扉を開けて中に入る。

 使い魔たちが全員入ったのを確認してから扉を閉めて、『アイテムストレージ』へ戻した。


「ご主人様」

「ああ、座ってて」


 レーナたちがテーブルから立ち上がったので、それを制した。


『密談部屋3』


 トロール討伐に行って貰おうと『密談部屋3』の扉を召喚する。


「じゃあ、みんなでトロール討伐に行ってきて」

「畏まりました」

「御意」

「分かりましたわ」

「分かった」

「はい……」


 フェリア、ルート・ドライアード、フェリス、ルート・ニンフ、ユキコが『密談部屋3』の扉へ入って行った。

 扉はそのままにしておく。


 僕は、レーナたちが座っているテーブルの反対側に座った。


『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』『サンドイッチセット』


【料理】スキルでテーブルに『サンドイッチセット』を出した。


「よかったら食べて」

「ありがとうございます」

「ありがとうございますわ」

「ありがとね」


 僕は、サンドイッチを食べながらコーヒーを啜った――。


―――――――――――――――――――――――――――――


 目を閉じて、『朝の6時まで睡眠を取る』と念じた瞬間に目が覚めた。


「んっ……」


 僕は、薄暗い部屋の中で目を開けた。

 お腹の辺りに柔らかい塊が乗っていて少し重い。

 下を向くとフェリアの頭が見える。

 フェリアが僕のお腹に抱きつくように乗っているようだ。

 それだけではなく、手足にも柔らかい感触と重みを感じる。

 他の使い魔たちやレーナたちがしがみついているようだ。


 昨日は、あの後、5分ほどでトロール討伐に向かった使い魔たちが帰ってきた。

 そして、みんなでお風呂に入った後、たまには寝間を利用しようと寝間で睡眠を取ったのだ。

 考えてみると、この部屋で寝るのは初めてじゃないだろうか。

 刻印を刻むと睡眠が不要になることもあるが、何処ででも寝られるため、睡眠を取るために造ったはずのこの部屋を全く利用していなかったのだ。


「ああん……ご主人さまぁ……」

「はぁはぁはぁ……」

「んんっ……」


 僕は、ゆっくりと体を起こそうとした。


「はっ!? ごっ、ご主人様っ」

「そろそろ、起きよう」

「ハッ! 畏まりました!」


 フェリアが慌てて僕の上から起き上がった。

 乱れた浴衣の胸元が大きく開き、足は太ももも付け根の辺りまで見えてしまっているため、僕はドギマギする。


【戦闘モード】


【戦闘モード】を一瞬起動して、動揺を鎮めた。


「はぁっ……」

「あんっ」


 体を起こすと腕にしがみついていたレーナとオリガが声を上げた。

 足のほうには、ミラ、フェリス、ルート・ドライアード、ルート・ニンフ、ユキコが居る。

 足にしがみついたり乗ったりしているので、足が動かせなかった。


【フライ】


「あっ……」

「ご主人サマ……」

「あるじどのぉ……」

「いいわよぉ……」

「…………」


 僕は、【フライ】で体を浮かせて、後ろのほうへ体を引き抜いて空中に浮かんだ。

 そのまま、寝間の入り口まで移動する。

 引き戸を開けて、更に廊下の反対側にある大浴場の引き戸を開けて中に入る。


『装備8換装』


 寝間着から裸になり、湯船の中に入る。


「ふーっ……」


 湯船で腰を下ろして息を吐く。


『寝る前にも入ったばかりだけど、風呂は何時入ってもいいものだなぁ……』


 ――ザバッ、ザバザバザバザバ……


 目を閉じて湯船でくつろいでいると、背後から複数の足音が聞こえてきた。

 周囲を囲まれた気配がする。


「座って」


 ――ザバーッ!


 目を閉じたまま指示を出すと使い魔たちとレーナたちが湯船に腰を下ろしたようだ。


「ご主人様、今日はどうなさいますの?」


 オリガが遠慮がちにそう聞いてきた。

 僕は、目を開けてオリガを見ながら話す。


「目的は2つあるよ。一つは、『ゲート』を実際に見て同じものを作れるか確認することと、もう一つは、『女神教』の教団に行って話を聞くことだね」

「『女神教』にですか……?」

「うん。何かあるの?」


 オリガが微妙な顔をしたので聞いてみた。


わたくしは、ちょっと苦手ですわ」

「あー、あたしも」

「あたしもだね」


 オリガに続いて、ミラとレーナがそう答えた。

 確か『女神教』は、女性だけが入信できる女性のための宗教団体じゃなかっただろうか?


「どうして?」

「何と申したらいいでしょうか……ウラジオストクの教団は、拝金主義者の集まりなのです」

「そうそう、あいつら金を集めるためなら何でもやるからな」

「例えば?」

「寄付させるために信者に性的な接待をさせたりね」

「うわぁ……」


『ウラジオストクの街』の『女神教』教団は、まるで悪徳宗教団体のようなことをしているようだ。


「どうしてそんなにお金を集めてるんだろ?」

「教団幹部に刻印を刻むためさ」

「なるほど……」


 それなら納得ができる。

『エドの街』の教団でも刻印に関しては問題になっていたからだ。


「そういえば、『ウラジオストクの街』に娼館はあるの?」

「女を買うところなら、いろいろあるわよ。酒場でも宿屋でも路上に立ってる娼婦も居るわ。それに教団も娼館のような店を経営してるわね」

「ご主人様は、この街にも娼館を建てるおつもりなのですか?」

「いや、流石にそこまでは考えてないよ。ちょっと気になっただけ……」


 それにしても、『ウラジオストクの街』には夜鷹のような遊女も居るようだ。


「『エドの街』では、路上の娼婦なんかは『組合』で取り締まられていたみたいなんだけど?」

「この街でも建前ではそうですわ。でも、実際にはお目こぼしされていますの」

「そうなんだ……」


 土地が違うと風習も違うようだ。

 しかし、性病が蔓延まんえんしたりしないのだろうか?


「性病とか大丈夫なの?」

「それは……」


 オリガが顔を曇らせた。


「何かあるの?」

「いえ……。性病をわずらった女は、おそらく貧民街に捨てられますわ……」

「――――っ!?」


 酷い話だったが、国家や高度な医療技術が存在しない世界では、高額な薬でしか治療ができない病気の患者は見捨てるしかないということなのだろう。

 国に護られておらず力も持たない民というのは何の保障も得られない大変な人生を送るのかもしれない。

 先進国で温々と育った高校生の僕には想像もつかない世界だった。


 ――ザバッ


「ねぇ、ご主人さまぁ……。そんな辛気くさい話よりも、あたしたちの相手をしてくださいよぉ」


 ミラが抱きついてきた。


「わっ、ちょっと……」


 僕は、ミラに裸でくっつかれドキッとする。


【戦闘モード】


 一瞬、【戦闘モード】を起動して冷静さを取り戻す。


「じゃあ、そろそろ出よう……」

「えーっ! そんなぁ……」

「今日は、やることが多いから、早めに出ないとね」


 僕は、そう言って大浴場を後にした――。


―――――――――――――――――――――――――――――

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