9―15

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 僕は、『カチューシャ号』の上部デッキの左舷へ移動して海を見ていた。

 陸地が見えてくるとしたら、こちら側だろうと思ったからだ。


 船の左斜め前の方向に海鳥が飛んでいるのが見える。

 陸地が近い証拠だろう。


 暫くするとその方向に島影が見えてきた。

 小さいので陸地ではなく島だろう。

『ナホトカの街』の近くには島があるようだ。

 ユーラシア大陸の沿岸に島があっても不思議ではない。

 日本には、七千近くの島があるという。地図に載っている島の数は、三千~五千くらいのようだが……。

 そういった、地図にも載らない無人島のような島は世界中に数多く存在するのだろう。


【テレスコープ】


 視界を拡大して島を観察する。

 岩礁のような岩肌と奥には木々が生えているのが見える。

 幅は数キロメートルくらいありそうだ。


 ――無人島だろうか?


「ご主人様」


 フェリアが僕に警戒を促した。誰か来たようだ。

 僕は、【テレスコープ】を解除して振り向く。


「ユーイチ殿」


 デニスが話し掛けてきた。


「こんにちは、デニスさん」

「こんにちは、ユーイチ殿。少しお話をしてもよろしいですか?」

「ええ、勿論です」

「ユーイチ殿は、『ナホトカの街』に着いたらどうされるのですか?」


 デニスは、レーナとの模擬戦以来、やたらと丁寧な物腰で僕に接してくる。


「『ウラジオストクの街』へ行くつもりですよ」

「すぐに発たれるつもりですか?」

「ええ、そのつもりですが?」

「良かったら我々と一緒に移動しませんか? 『ウラジオストクの街』に到着するのは、3日後になるでしょうし……」

「商隊の移動速度は、どれくらいなのですか?」

「軽く走りますが、休憩が多いので歩くのとそれほど変わりませんよ」


 時速4キロメートルで1日10時間歩いたとしたら、40キロメートルだ。

 ということは、『ナホトカの街』から『ウラジオストクの街』までは120キロメートルくらいなのだろうか?

 飛行すれば、その日のうちに『ウラジオストクの街』に入れるが、商隊と一緒に行けば、普通の冒険者の活動を垣間見ることができるだろう。僕は、その提案に乗ることにした。


「じゃあ、ご一緒しましょう」

「ご主人様、本当に?」


 レーナが話に割り込んできた。


「ええ、商隊がどんな風に移動するのか興味があるので」

わたくしも嬉しいですわ」

「やったね」


 オリガとミラが賛同する。


「デニスさん、あの島はなんていう島なのですか?」

「名前は聞いたことないですね」

「無人島なのですか?」

「あの島には、コボルトの巣穴があるので誰も近寄りませんよ」


 ――何であんなところにコボルトの巣穴があるのだろう?


 最初に島を見つけた漁師は、上陸して殺されてしまったのだろうか?


『もしそうなら、罠としか言いようがないな……』


 富士山のふもとにあるトロールの洞窟といい、この世界には罠としか思えない場所がある。


「あの島の向こうにも更に大きな島があるのですが、そこにはゴブリンの巣穴があります」


 僕が黙っているとデニスが更に補足してくれた。


「そういえば、『ウラジオストクの街』へ向かう街道にもゴブリンが出没するらしいですね」

「ええ、今まで襲われずに移動できたことはありませんよ」

「何体くらいが襲ってくるのですか?」

「5~6体が多いですね。多くて10体というところです」

「なるほど……商隊以外の人は通らないのでしょうか?」

「滅多にないですね。その場合は、商隊に同行すると思います」


 船は毎日出ているようだった。

 つまり、荷物も毎日供給される必要があるということだ。

 船は、4隻あればローテーションできると思う。点検や修理などを考えなければだが……。

 しかし、商隊は『ウラジオストクの街』から数日かけて来ているわけで、往復の時間を考えるとこちら側だけでもかなりの数の商隊が必要なのではないだろうか?


「商隊は、全部でどれくらい動いているのですか?」

「『ウラジオストクの街』の商隊は、8隊ありますね。『エドの街』のほうは、12隊らしいです」


『ウラジオストクの街』から『ナホトカの街』までよりも『エドの街』から『ニイガタの街』までのほうが距離があるからだろう。

 意外と少なく感じる。


「毎日、船で荷物を運んでいるのですよね?」

「いえ、船は日曜には出航しません」

「じゃあ、明日は休みなんですね」

「ええ、そうです。船乗りたちも明日は羽を伸ばすでしょう」


 船乗りにも休日は必要なのだろう。

 今日『ニイガタの街』を出航した船はどうなるのだろう?

 僕は、デニスに聞いてみる。


「今日、『ニイガタの街』を出航した船は、明日の午後に『ナホトカの街』に着くわけですが、休暇は無しですか?」

「いえ、明後日が休暇になります」


 つまり、月曜が休みとなり、火曜に出航するということだ。

 そして、日曜には出航する船がなく、『ニイガタの街』を月曜に出航した船が火曜の午後に『ナホトカの街』に到着するのだろう。


「じゃあ、レーナ。明日の朝、ユーイチ殿を案内してくれ」

「分かったわ」

「では、ユーイチ殿。自分はこれで……」

「ええ、明日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」


そう言って、デニスは階段を降りて行った――。


 ◇ ◇ ◇


 船は、午後3時前に『ナホトカの街』の港に到着した。


「碇を下ろせー!」

「アイサー! 碇を下ろせー!」

「ようし! 碇を下ろすぞ!!」


 ――ガラガラガラガラガラガラガラガラ……


『ナホトカの街』の港は、湾内にあるので防波堤のようなものが無いようだ。『ニイガタの街』の港は、大きな河川の河口付近に港があり、河川の堤防を延長して港の防波堤が築かれているようだった。


「じゃあ、ご主人様。あたし達は、宿に行きましょ」

「何か手伝わなくてもいいの?」

「あたし達は、護衛であって荷物持ちじゃないわ」

「でも、刻印を刻んだ人間のほうが、そういった作業には向いてるよね?」

「あら、面白いことを言うのね。彼らの仕事を取ってしまっては駄目よ」


 僕は異世界人だからか、考え方がズレているようだ。

 確かに護衛の冒険者たちが荷下ろしなどもしてしまえば、商隊の人足にんそくたちの仕事が無くなってしまう。

 効率よりも富がより配分されるようになっているのだろうか。もしかすると、荷下ろしは商家しょうかの人間の仕事ではないという考えなのかもしれないが……。


「でも、街へは荷下ろしを待ってから行くと言ってなかったっけ?」

「ええ。でも、お客様であるご主人様たちを待たせるわけにはいかないから、別にいいわ」

「荷物を下ろすのを待つくらいは、別にいいけど……?」

「デニスたちも、ご主人様が待っていると気を遣うわ」

「そういうことなら、分かった」


 僕は、レーナに腕を引かれて桟橋に降りた。

 そのまま、『ナホトカの街』のほうへ連れて行かれる。


『ナホトカの街』は、港町ではあるが山に囲まれた地形だった。

 何となく日本の風景と似ているように思う。

 日本から近いので気候なども似ているのだろう。


 港町らしい活気があるが、同じ港町である『ニイガタの街』に比べると治安が悪そうな印象だ。

 まず、道に馬糞やゴミなどが落ちていて汚い。街道には、馬糞が落ちていることもよくあったが、街中で見かけることは少なかったのでこの汚さには驚く。

 そこら中に露天が出ているのも『ニイガタの街』とは違うところだ。


 そして見るからにガラの悪い男達がそこかしこに居る。

 これは、僕の偏見かもしれない。

 髭面で厳つい顔をした外国人は、全て悪人に見えてしまうのだろう。

 もし、刻印を刻んでいなかったら、ビビっていたと思う。


 ガラの悪い男達は、僕たちをチラチラと見ていた。

 レーナは、そんな男達の視線をものともせず、【フライ】で少し浮いた僕を風船のように引っ張っていく。


「レーナ、何処に行くの?」

「宿よ」

「えっ? こんな早くから?」


 ――そもそも、宿屋が午後3時に開いてるのだろうか?


「大丈夫よ。酒場があるから」


 酒場に行くのも早いだろうとツッコミを入れたかったが、『ナホトカの街』のことはよく知らないのでレーナに任せることにした――。


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