8―4

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 牢屋のある『組合』の地下から1階に戻った僕たちは、ユウコの後について『組合』の奥へと移動する。

 以前、来たときのように何人もの職員とすれ違うことは無かった。

 あのときは、『組合』の業務開始直前だったので職員が多かったのだろう。今の時間帯は、多くの職員が外に出ているものと思われる。


 先日は入らなかった扉を開いて、廊下を進んだ先に上りの階段があった。

 この建物は、地下への階段と2階へ上るための階段が別の場所にあるようだ。地下は牢屋に通じているので同じところから上り下りをするのは問題があるのかもしれない。


「この階段を3階まで上るのじゃ」

「了解です」


 ユウコの後に続いて、僕は階段を上っていく。

 2階を通過して3階まで上る。


『組合』の建物は3階建てだったようで、3階より上の階へ上るための階段は無かった。

 外から見た感じでは、もっと階数がありそうな印象だったが、各階の天井が高いからそう感じたのだろうか。


 ユウコは、3階の廊下を進んで行った。

 僕たちもユウコに続く。

 ユウコは、廊下の途中にある扉の前で止まった。

 扉を開けて、僕たちを中へいざなった。


主殿あるじどの、この部屋の中でお待ち下され」

「はい」


 会議室と応接室の中間的な部屋だった。ソファーがあるわけではないので、応接室という印象ではないが、部屋の中には絵画や彫刻などが飾ってあり、会議室というほど事務的ではない。

 部屋の中央には、木製の大きなテーブルがあり、長椅子が床に固定されていた。

 フェリアの家やエルフの集落にあったテーブルを巨大化したようなテーブルだ。


【スケール】


 テーブルのサイズを測ってみたところ、おおよそ5メートル×2メートルくらいだった。


 部屋には窓が無く、天井に8箇所【ライト】の魔術に似た光源が設置されていた。

 部屋の中は、割と明るい印象だ。

 この場合、僕たちはゲストの立場なので奥側の席に座った方がいいだろう。

 僕はテーブルを迂回して奥の真ん中の席に座った。不審に思われないよう外套がいとうを装備から外した。

 僕の背後にフェリアとルート・ドライアードが立つ。ルート・ドライアードの隣にトモコが立った。


「トモコは、僕の隣に座って」

「よろしいのですか? わたくしなどが……」

「気にしないで、その二人は僕の護衛として立っているだけだから」

「分かりました」


 そう言って、トモコは僕の左側の席に座った。トモコは、白無垢姿だ。外套は、座る前に装備から外したようだ。


「トモコは、この部屋に入ったことある?」

「いえ、『組合』には冒険者たちが利用する窓口に来たことがあるくらいですわ」

「そうなんだ」

「『組合』には、何の用で来てたの?」

「『春夢亭しゅんむてい』の用事です。土地の税金を払ったり、性病が発生したときに説明に来たりしました」

「そういうのは、女将の仕事なんだ」

「はい」


 ――ガチャ


 入り口の扉が開かれた。

 ユウコと共に背の高い金髪碧眼の女性が部屋の中に入ってきた。


 ――誰だろう?


 ユウコは、テーブルを迂回して僕の右隣に来た。

 僕は、立ち上がった。トモコも立ち上がる。


「初めまして、わたくしはベルティーナ・エヴァーニと申します。『エドの街』の組合長ですわ」


 僕は、『エドの街』の組合長が外国人女性と知って驚いた。


「初めまして、ユーイチと言います」

「ふふっ……。私、貴方に会いたかったのですわ」

「どうしてですか?」

「ユウコから、いろいろと話を聞いていましたの」

「へぇ……」


 僕は、ユウコを見た。

 いつも超然としているユウコが珍しく頬を赤らめて、バツの悪そうな顔をしていた。


「噂通り、可愛いわね。それに凄く強そう……」

「それで、どういったご用件でしょうか?」

「ふふっ、可愛いと言われるのはお嫌ですか?」

「いえ……」


 嫌というわけではないが、複雑な気持ちにはなる。


「殺人事件の件は、ユウコからあらましを聞きました。他にも証人が居るみたいですわね」

「フェリア」

「ハッ!」


 フェリアが通路に『倉庫』の扉を召喚した。

 扉を開けて、中から4人の娼婦を呼び出した。


 4人の娼婦たちは、周囲を見ながら緊張しているようだ。

 娼婦の一人が質問してくる。


「ここ、どこですか?」

「『組合』の中です」


 ベルティーナが4人の娼婦に問いかける。


「あなた方は、昨夜、ヤマモト家のジロウ氏が死んだ現場に居ましたね?」

「夜に女将さんと一緒にヤマモト家の別宅に行きました」

「でも、旦那様が亡くなったところは見ていません」

「黒ずくめの男たちが襲ってきて、女将さんに助けてもらいました」

「女将さんが居なかったら、あたしたち死んでたと思います」


 娼婦たちが口々に証言した。


「あなた方が女将と別行動をした時間はありますか?」

「「ありません」」


 ベルティーナがユウコのほうを見た。


「なるほど、ヤマモト家のほうが怪しいわね」

「どうするのじゃ?」

「難しいところね」

「ベルティ、貴様……」

「恐い顔をしないで。別にヤマモト家なんて恐くないわ。あなたのご主人様のほうがずっと恐ろしい……」


 ――コンコン


 会議室の扉がノックされた。


「どうぞ」


 ――ガチャ


「失礼します」


 職員だろうか、革鎧を着た男が入ってきた。


「どうでしたか?」

「それが、看板はありましたが、街道に死体はありませんでした。ただ、戦闘の痕跡は残っていました」

「捕らえた男は?」

「何も喋りません」

「ありがとう、引き続き調査を継続してください」

「分かりました」


 男が部屋から出て行った。


「あれだけ死んだのに後始末をするだけの余力があるとは、ヤマモト家は存外と大きな私兵を有しておるようじゃのぅ」

「ユウコ、もしヤマモト家と戦争になったら、あなた一人で倒せるかしら?」

「以前のわしなら無理じゃっただろうが、今の儂なら余裕じゃ」

「そう、安心したわ」


 ――『組合』は、ヤマモト家と戦争をするつもりなのだろうか?


「ヤマモト家を潰すつもりですか?」

「場合によってはね……」

「『組合』に潰された商家しょうかは他にもあるのでしょうか?」

「他の街ではあるわよ」

「それは、どういったケースなのですか?」

「大抵は、裏で悪事を働いていて、それが露見した場合ね」

「商家のほうが戦力が高かった場合は、どうするのですか?」


 ベルティーナは、悔しそうな顔をした。


「どうにもならないわ……」

「つまり、見て見ぬ振りをするということですか?」

「ええ……その通りよ……」

「組合長は、そういう商家を知っておられるみたいですね」

「私は『ローマの街』の出身なの。そこには『組合』も手を出せない『組織』があったわ」

「商家ではなく『組織』なのですか?」

「ええ、人身売買を主な生業なりわいとしていて、悪徳商家と手を組んでやりたい放題だった……」

「なるほど、『ローマの街』に行くことがあったら気をつけます」

「そうね。奴等はダークエルフと手を組んでいるから……」


 この世界には、ダークエルフも存在するようだ。エルフが居るのだから当然と言えば当然かもしれない。

 ゲームやフィクションでは、ダークエルフは悪人だったり、そうでなかったりするが、この世界ではどうやら前者のようだ。


「ダークエルフは、見てみたいですね。ドワーフも居るのですか?」

「ええ、滅多に見ないけど、『ローマの街』にも冒険者をしているドワーフが居たわ」

「へぇー、いつか行ってみたいな……」

「『ローマの街』には『組合』の本部があるのよ。つまり、世界で一番大きな街というわけ」

「『ローマの街』もエルフの初代組合長が作ったのですか?」

「そうよ。初代組合長が一番最後に作ったのが『ローマの街』なの。そして、亡くなるまで街のために尽力されたと聞いているわ」

「亡くなっておられるのですね」

「あら、知らなかった? 弟子達に裏切られて砂漠で相打ちになったという話は有名よ」


 エルフの初代組合長がそんな壮絶な最期を遂げていたとは知らなかった。


「無知ですいません」

「いえ、この街は初代組合長が最初に作った街だから、その後の活躍があまり知られていないのは当然かもしれないわね」

「それに主殿は、マレビトじゃからのぅ」


 ユウコがベルティーナに僕の秘密を喋ってしまった。


「それホント?」

「ええ、まぁ……」

「何処から来たの?」

此処こことは、全く違う世界です。モンスターは居ませんでしたが、魔法もありませんでした。しかし、人はずっと多いです。僕の生まれた国でも1億人を超えていましたから」

「いっ、いちおく!? そんなに人が?」

「『ローマの街』では、マレビトの噂は聞きませんでしたか?」

「そうねぇ……おかしな格好をした死体が見つかったという話は一度だけ聞いたことがあるわ」

「なるほど……。僕の場合は、たまたま近くにフェリアが居たので助かっただけで、そうじゃなければ死んでいましたからね……」


 僕のような幸運に恵まれない限り、こちらの世界に来たときに死んでしまうのだろう。

 割と柔らかい草と土の上に投げ出されても死にかけたのだ。固い地面に叩きつけられていたらフェリアが駆け付けてくれても助からなかっただろう。

 流れが遅くそれなりに深い川などに落ちた場合は、自力で助かる可能性はある。しかし、川や海に落ちても衝撃で気絶すれば溺死するだろう。


「じゃあ、こっちに来てくれる?」


 会話が途切れたところで、組合長のベルティーナは、僕たちについてくるように言った。


「分かりました。この人たちは、もういいですか?」


 4人の娼婦を連れて行くのか聞いてみた。


「ええ、話は聞けたからもういいわ」


『ロッジ』


 僕は、『ロッジ』の扉を召喚した。

 扉を開けて、4人の娼婦を中へいざなう。


「中で待ってて。入って左の突き当たりにある扉は厠だから」

「「はいっ」」


 4人は、嬉しそうに中に入っていった。もしかしたら、もよおしていたのかもしれない。


 僕たちは、ベルティーナの後に続いて会議室のような部屋から出た――。


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