8―3

8―3


 僕は、『夢魔の館』の地下にある食堂のようなテーブルの並んだ部屋から廊下に出た。

 昇降場まで【フライ】で飛行して天井に空いた長方形の穴から1階に移動する。

 僕の後に続いて、フェリア、ルート・ドライアード、ユウコ、トモコが1階の廊下に飛び出して来た。


 ――そういえば、トモコと一緒に逃げて来た4人の娼婦は、奥の部屋に匿っているのだろうか?


「トモコと一緒に逃げてきた4人は、奥の部屋に居るの?」

「ええ、そうですわ。旦那様」


 質問したらトモコがそう答えた。

 そういえば、トモコの喋り方が丁寧語に戻っている。

 使い魔になった当初は、違和感があったので指摘したが、本人がそうしたいなら好きなようにさせたほうがいいだろう。


 ――もしかして、刻印による作用なのかな?


「『組合』の使者としては、参考人として連れていきたいのじゃがのぅ……」

「じゃあ、連れていきましょうか?」

「しかし、危険じゃぞ」

「フェリアの『倉庫』に入っていてもらえばいいかと」

「なるほどのぅ、その手があったか」


 僕は、玄関の方へは行かず長い廊下を飛行して娼婦希望者のための控室に向かった。


「旦那さま」


 長い廊下を飛行していると、ニンフから【テレフォン】によるメッセージが入った。


【テレフォン】


 僕は、【テレフォン】の魔術を起動して通話する。


「何か見つけた?」

「はい、街を発見いたしました」


【マップ】を確認すると、日本海側に面した地域に街がある。大きな川が街の中に通っているようだ。

 ここが港町『ニイガタの街』だろう。【マップ】に『ニイガタの街』と記入した。


「この街の付近には、モンスターの拠点は無かった?」

「ええ、この付近にはないわ。でも、モンスター達は森の中に点在していたわ」

「ゾンビじゃないよね?」

「全てゴブリンかコボルトだったわ」


 ワンダリングモンスターだろうか? それとも何処かの拠点から出てきているのだろうか?


「ありがとう、調査を続けて」

「分かったわ」

「通信終わり」


【テレフォン】の魔術をオフにする。

 通話している間に廊下の突き当たりの扉の前に着いていた。


 ――コンコン


 扉をノックした。

 そして、扉を開いて中に入る。


 部屋の中は、10人以上の人で溢れていた。


「うわっ、凄い人だね」

「――――!?」


 部屋の中に居る女性たちは、僕を見て息をのんだ。

 僕は、外套がいとうのフードを上げて自己紹介をする。


「初めまして、ユーイチと言います」

「はっ、初めまして!」

「あなたが、ご主人様?」

「可愛い……」

「ホント……」

「……子供?」

「良かった……」


 部屋の中は、緊張した雰囲気からホッとしたような弛緩しかんした空気になった。


「えっと、昨夜来られた『春夢亭しゅんむてい』の4人は、こちらに来てもらえますか?」

「「――っ!?」」


 数人の女性に再び緊張が走った。

 緊張した表情の女性が4人、僕の前に来た。4人とも僕よりも少し年上に見える。二十歳前後ではないだろうか。

 思ったよりも若い。ジロウが呼んでいる娼婦は、何となく三十過ぎくらいの女の人かと想像していたのだ。


「これから、『組合』に行きます。道中は危険かもしれないので、魔法建築物の中に入っていて貰います。フェリア」

「ハッ!」


 入り口付近に『倉庫』の扉が召喚された。

 扉を開けて、4人の娼婦たちに入るよううながす。


「さぁ、ここに入ってください」

「「はい」」


 4人の娼婦たちは、『倉庫』に入った。

 扉を閉める。すると扉が消え去った。フェリアが扉を帰還させたのだ。


「お邪魔しました」


 そう言って僕は、外套のフード被って部屋から出た。

 廊下で待っていたユウコとトモコに合流して廊下を引き返す。


「あの娼婦の人たち、意外と若いね」


 トモコに感想を言ってみた。


「ジロウの趣味ですわ。若い娘を連れてくるように言われていますの。若い娘は人気がありますから、店としては迷惑でしたわ」


 昇降場のある突き当たりを左に曲がり、エントランス近くの娼婦の控室へ向かう。

 控室の扉を開けて中に入る。


主殿あるじどの!」

「「ご主人様」」


 控室には、イリーナ、ユリ、サヤカの3人が居た。


「お疲れ様」


 そういえば、サクラコはどうしたのだろう?


「サクラコさんは、どうしたの?」

「店に出てるでござるよ」

「そうなんだ」

「拙者たちも先ほどまで出ていたでござる」

「そんなにお客さんが居るの?」

「盛況でござる」

「早く娼婦を増やしたほうがいいよね?」

「そうでござるな」


 奥の部屋には、娼婦希望者らしい女の人が10人くらい居た。

 あの人達を早く店に出せるようにしたほうがいいだろう。


「じゃあ、僕たちは『組合』に行ってくるね」

「主殿、気をつけてくだされ」

「行ってらっしゃいませ」

「ご主人様、行ってらっしゃいませ」


 エントランスに通じる扉の前に立つ。

 僕の体が回復系魔術のエフェクトで光った。

 外に出るので、フェリアが【グレーターダメージスキン】と【グレート・リアクティブヒール】を掛け直してくれたのだ。

 少し下がってフェリアに先を譲る。


 フェリアが扉を開けて外に出た。

【フライ】をオフにしてから、その後に続く。

 エントランスには、次のローテーションのサユリ、ショウコ、ケイコ、ミチコ、ミスズ、マユミが居る。

 20人くらいの客が各扉の前にある椅子に数人ずつにばらけて座っていた。待っている間は暇なので、客同士で世間話でもしているようだ。


 娼婦の仕事をしている使い魔たちは、僕を目で追っていたが、仕事中だからか声を掛けては来なかった。


 僕もそのまま入り口まで歩いて行き、『夢魔の館』の外へ出た――。


 ◇ ◇ ◇


『現在時刻』


 時刻を確認してみると、【16:18】だった。


 この時間でも既に黄昏時といっても良いくらいに薄暗くなっている。

 この世界は、元の世界に比べて日が短いのだ。


「ご主人様」


 フェリアが僕に警告をしてきた。


 ――こんな住宅街で敵だろうか?


 視界の隅に表示しっぱなしだった【ワイド・レーダー】を見ると複数の青い光点がこの近くに表示されている。

【ワイド・レーダー】をオフにして、【レーダー】に切り替える。


「気付かないふりをして『組合』に向かおう」

「ハッ!」


 僕が小声で囁くとフェリアが小さく返事をした。

 襲われてもこのメンバーなら簡単に撃退できると思う。

 問題は、通行人だ。

 以前に比べると交通量が多いように感じる。


 ――もしかすると、西門から街の外へ出られるようになったのだろうか?


「ユウコさん、人通りが多くなっていますが、もしかして西門が開通したのですか?」

「うむ。主殿がゾンビ討伐をしたことを『組合』に報告して、2週間ほど前に西門が開かれたのじゃ」

「調査は?」

「念のため、冒険者たちに依頼して西側を探索させたが、ゾンビは見あたらなかったそうじゃ。わしも空中から探索して問題ないと『組合』に報告したしのぅ」

「これからは、『エドの街』の西側にも村ができるのですね?」

「その通りじゃ。行商人たちが村に情報を流すじゃろうて」


 ふいに通行人が途切れた。

 レーダーには、15の青い光点が4箇所に分散していた。左前方の路地に4人、その反対側に4人、左後方の路地に4人、その反対側に3人だ。

 前方の左右の路地から4人ずつ8人の者たちが立ちふさがった。

 続いて、背後の左右の路地から4人と3人の者たちが出てきて、僕たちの退路を断った。


 僕たちを囲んだ者たちの多くは、黒っぽい革鎧を着て、頭には忍者のような頭巾を被っている。トモコの話に出てきた男と同じ格好だ。

 他にも前方に2人と後方にも2人、黒っぽい全身鎧を着て両手持ちの剣を構えた戦士がいる。前衛だろう。


「ヤマモト家の暗殺部隊?」

「……やれ」


 前方に居たリーダーらしき男が僕の言葉を無視して攻撃命令を出した。

 僕も【戦闘モード】と戦闘用のバフを起動する。


【戦闘モード】【マジカル・ブースト】【グレート・シールド】【グレート・マジックシールド】【グレート・ダメージシールド】【マニューバ】


 左右の黒っぽい革鎧を着た男が2人、【ファイアボール】の魔術を撃ってきた。

 こちらに向かって飛んでくるバスケットボール大の火の玉を見て、僕は空中へ上昇して回避した。

 僕が飛んだのを見て、他のメンバーも空中に飛んだ。


 ――ドォーンッ!

 ――ドォーンッ!


「主殿!」


 ルート・ドライアードが僕に警告をして突き飛ばす。

 背後を見ると2人の術者が【ライトニング】を放とうとしているところだった。


 ――パリッ、ガガガーン!

 ――パリッ、ガガガーン!


 青白い稲妻が走って、空気を振るわせる音がした。それほど大きな音ではなかった。

【ライトニング】は、【ファイアボール】とは違い、見てからでは回避が間に合わないほどに速い。

【マニューバ】では回避不能だろう。

 ルート・ドライアードが【ライトニング】に貫かれた。


 ルート・ドライアードの【体力/魔力ゲージ】を確認する。HPは、全く減っていなかった。

 おそらく、【グレーターダメージスキン】で相殺されたのだろう。そもそも、低レベルな冒険者が放った【ライトニング】程度ならば、【グレート・マジックシールド】を突破できないかもしれない。


 ――ブーン、バリバリバリバリバリバリ……


 眼下で青白い閃光が発生し、凄まじい轟音が辺りに鳴り響いた。空中にオゾン臭が漂ってくる。

 フェリアが【ライトニング・ストーム】を放ったのだ。

 いつの間にか彼女は、『装備1』に換装していた。全身鎧では、【ライトニング・ストーム】を発動できないためだ。


 後方の4人は、半透明な仮死状態となって倒れていた。

【冒険者の刻印】は、オーバーキルの場合でもちゃんと仮死状態になるようだ。

 おそらく、【エルフの刻印】もオーバーキルの場合でも蘇生するのだろう。


「な……、何だ今のは……」


 リーダーらしき男が【ライトニング・ストーム】を見て驚いている。


 ルート・ドライアードが前方の賊たちに接近して、ハルバードを振り回した。

 スピードが全く違う。黒ずくめの暗殺部隊の者たちは、ルート・ドライアードの速度に対応できずに薙ぎ倒されていく。

 瞬く間に8人の者たちを仮死状態にしてしまった。


「ユウコさん、こいつらどうします?」

「ふむ、一人だけ『組合』に連れていくとしようかぇ」


 そう言って、ユウコはリーダーらしき男に蘇生魔術を掛けた。

 黒い革鎧を着た男が白い光に包まれて目を覚ます。


【スリープ】


 僕は、目覚めた男を眠らせた。


「ルート・ドライアード、その男を抱えて」

「御意のままに」


 ハルバードを装備から外したルート・ドライアードが男をそっと抱き上げた。


 そして、僕たちは再び『組合』へ向かった――。


 ◇ ◇ ◇


『組合』の近くまで来ると、道路の真ん中に大きな板のようなものが立っていた。

 その向こうに人が集まっている。

 近づいて板のようなものを見ると反対側に文字が書かれた看板だった。


『この先、危険――

     命が惜しい者は近づくな――』


 高さ1.5メートルくらいの看板には、そう書かれていた。

 こうやって看板で警告することで、この通りを通行止めにしていたのだろう。

 看板は、精巧な作りでよくできていた。【工房】で作ったアイテムかもしれない。


「この人たち、向こうから来たぞ」

「この先は、本当に危険なのかい?」


 革鎧を着た軽装戦士風の男が聞いてきた。


「黒ずくめの男達に襲われました。一人捕まえたので、これから『組合』に連れていくところです。もう少し近寄らないほうがいいかもしれません」

「そうか、じゃあ『組合』で調べ終わるまで待ったほうがいいな。ありがとうよ」

「いえ」


 そう答えて、僕は再び『組合』に向かった――。


 ◇ ◇ ◇


『組合』には程なく到着した――。


 ルート・ドライアードに運ばせた男には定期的に【スリープ】を重ね掛けした。

 効果時間は、とっくに過ぎていると思うので、【スリープ】は重ね掛けができるということだろう。


『組合』には、ユウコに先導されて職員用の入り口から入った。

 まず、最初に向かったのは地下牢だ。

 職員用の入り口近くにある下りのみの階段を降りると、左右に金属製の扉が並んだ広い廊下に出た。

『オークの砦』などで見たような格子のある牢屋ではない。

 金属製の扉には、顔の高さくらいに覗き窓が付いていて、床の近くには食事を入れるための細長い扉があった。

 ユウコは、近くの牢屋の扉を開けた。


「その男をこの牢屋に入れるのじゃ」

「ルート・ドライアード」

「御意!」


 ルート・ドライアードが男を抱えたまま横向きに扉に入った。

 牢屋内の床にそっと男を寝かせた。

 ルート・ドライアードが部屋を出る。

 ユウコは、牢屋の扉を閉めて、細長い棒のようなもので扉に施錠した。

 おそらく、マジックアイテムの鍵だろう。


「この扉、簡単に壊せるんじゃないですか?」

「主殿ならともかく、普通の者には無理じゃよ」

「他に牢屋に入っている囚人は居るのですか?」

「いや、今はおらぬよ」

「この街は治安が良いのですね」

「どうじゃろうのぅ……? 他の街のことは知らぬが、牢屋が使われることは滅多にないのぅ。犯罪者は、捕まるよりも死ぬことのほうが多いということもあるじゃろうな」


 ――犯人が抵抗して戦闘となり、討ち取られるということだろうか……?


 僕たちは、牢屋のある『組合』の地下から1階に戻った――。


―――――――――――――――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る