6―21

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 外へ出ると、少し陽が傾いてきたような感じだった。日陰だと薄暗く感じる。

 大通りへ戻り、『ユミコの酒場』へ向かう。


「ご主人様」


 フェリアが僕を呼んだ。

 僕が立ち止まると上から声がする。


「おや、またうたの……」


 見上げると、ローブを着た女性が頭上から降りてきた。

 前回と違って、頭上に近いので、ローブの中の脚が見える。太ももまでは見えるが、その奥は、暗くて見えない。


「ユウコさん、今日もお散歩ですか?」

「うむ。そういえば、小童こわっぱ共を助けてくれたそうじゃの?」

「『ムサシノ牧場』の見学へ行ったときに偶然、タカシ殿のパーティが戦っているところに遭遇しまして……」


 もう、『組合』内で知られているようだ。意外と情報の伝達が早い。あれから、2時間ちょっとしか経っていないのだが。


「ユーイチ殿がうちの小童に敬称を付ける必要などないぞぇ。そなたから見れば未熟もいいところであろう?」

「いえ、僕のほうがずっと年下ですし」

「ほぅ、坊やは見た目通りの歳なのかい?」

「ええ、まぁ……」


 設定と違うが、何となく嘘は吐けなかった。

 話題を変えるために先ほどの疑問を聞いてみる。


「あの、タカシさんのパーティを助けた話は、もう『組合』で知られているのですか?」

「坊やたちは、今や『組合』内で注目の的じゃからな。ちょっとした噂でも拡散されるのじゃ」


 おそらく、難度Aの依頼を達成したことで注目されるようになってしまったのだろう。


「それよりも1万ゴールドで娼婦を集めているというのは本当かぇ?」

「そうです。娼館の経営をしようかと思いまして」

「ほぅ、年齢は60まで募集しているという話じゃが、何を考えておるのじゃ?」

「それは、60歳では娼婦として役に立たないということですか?」

「まぁ、そうじゃな。余程の変わり者でないかぎり、そんな歳のおなごを買うことはないであろう」

「『女神の秘薬』を使えば、ある程度若返りますよね?」

「まぁ、そうじゃが」

「別に客を取れなくてもいいんです」

「何じゃと? それでは、商売として成り立たぬではないか」

「ええ、道楽のつもりなので、儲からなくてもいいのです」

「なるほどのぅ、そうやって不幸な女どもを助けるつもりなのかぇ?」

「まぁ、そういうことです」

「ふっふっふっ……刻印を刻んだ女でもお主の娼婦になれるのかい?」

「勿論、そういった制限はしていません。レイコたちも働くと言っていますし」

「ほぅ、スズキ家のレイコがのぅ……。オークに犯されて狂ってしまったと言われそうじゃな」


 レイコがビクッと身体を震わせた。


「はぅっ……ふっ……」

「拙者もそうやってさげすまれるでござるか……ハァハァハァ……」


 イリーナも妄想して呼吸を荒くしている。


『ホントにこの人たちオークに犯されておかしくなってるんじゃ……?』


「では、わしも協力してやろう」

「えっ? それはどういう?」

「何じゃ? 儂は60を超えておるから働かせんというのか?」

「いや、でもユウコさんは、『組合』の仕事がおありでしょう?」

「勿論、そちらもやるが、娼婦の仕事は夜だけで良いであろう? それとも二足のわらじをくのは禁止なのかぇ?」

「いえ、それは構いませんが……。しかし……」

「文句があるのなら、言うてみぃ?」

「文句はありませんが、『組合』に目を付けられないか心配ですね」

「逆に儂が『組合』を黙らせてやるぞ……。それとも、そなた『組合』に知られてはいけないようなことをやるつもりかぇ?」

「それは、例えば、性病が出たときに娼婦に『女神の秘薬』を飲ませないとかですか?」

「そうじゃ」

「いえ、それは大丈夫です」

「だろうのぅ、働かせる前から飲ませるくらいじゃからな」

「では、夕方6時に『ユミコの酒場』へ行ってください」

「うむ。募集を見てこれから向かうつもりじゃった」


 それにしてもユウコが何を考えているのか分からない。『組合』の刻印魔術師として確固たる地位を築いているのに娼婦をやりたいというのだ。

 僕たちのことを探っているのだろうか? 知られて困るようなことはないが、手あたり次第に刻印を施すのは、『組合』を敵に回す行為かもしれない。


 ユウコのことは、ミナに任せることにした。


「ミナ」

「ええ、分かったわ」


 そうして、ユウコを一行に加え、『ユミコの酒場』へ向かう。


 すぐに『ユミコの酒場』へ着いた。ユウコに会った場所が『ユミコの酒場』のすぐ近くだったのだ。

 ここで、フェリス、ルート・ニンフ、イリーナ、サユリ、ミナ、アズサ、サクラコ、ユリ、ショウコ、スミレ、アザミ、マドカ、アヤメ、イズミ、ユウコと別れる。


 僕、フェリア、ルート・ドライアード、レイコ、カオリ、ニンフ1、ニンフ2の7名で料亭『涼香すずか』へ向かう。

 ニンフ1とニンフ2は、姿を消しているはずだ。念のために【トゥルーサイト】を一時的に切ってみたら姿がき消えた。


 レイコに案内されて、10分ほど歩くと、目的の料亭『涼香』に到着した。

 レイコとカオリが白い光に包まれて着物姿となった。

 カオリのほうは、僕が渡した白無垢しろむくにフード付の外套がいとうを着た姿だが、レイコのほうは、あでやかな柄の振袖ふりそでのような着物姿だ。詳しくないのでよく分からないが、訪問着という種類の着物かもしれない。

 また、着物が装備品だとは思っていなかったので僕は驚いた。レイコの親戚が経営している料亭なので、料亭の中で着替えるつもりなのだろうと予想していたのだ。しかし、着物の装備を持っているなら、『オークの神殿』で助けた後に裸で居る必要はなかったのではないだろうか? 僕は、レイコが他のパーティメンバーに遠慮したのだろうと考えることにした。


「では、主様。参りましょう」

「ああ……」


 緊張して上の空で返事をする。

 生まれてこのかた、高級料亭に行く機会など無かったので、緊張してきたのだ。

 法事で地元の仕出し料理を行っている割烹店で懐石料理を食べたことなら何度かあるが……。

 たぶん、この店は元の世界だと政治家が利用するようなクラスの店だろう。一見いちげんさんお断りみたいな。


「ニンフたちは、店の前で待機していてくれ」

「「分かった」」


 ニンフたちがハモった。

 レイコが料亭の入り口へ向かう。

 へいの外側に竹を使った馬防ばぼうめぐらされている。

 門の中には、玄関まで大小不揃だいしょうふぞろいの飛び石が敷いてあった。


『こういうのって、何故か曲がりくねって置かれているんだよな……』


 おそらく、芸術的な問題なのだろう。


 レイコが玄関の引き戸をガラガラと開けた。


「さぁ、主様。中へどうぞ」

「ありがと」


 僕は、玄関の中へ入った。


「いらっしゃいませ。本日は、どうも御贔屓ごひいきにありがとうございます」


 着物の上に割烹着を着た女性が玄関で挨拶をしてきた。左目の下に泣きぼくろが見えるので、刻印を刻んでいない一般人のようだ。

 外見年齢30代半ばくらいの女性で髪型はショートカットだ。身長は160センチメートルくらいだろうか。着物の下に隠れた胸は小ぶりに見える。


「よろしくお願いします」


 僕は、何て返事をしたらいいのか分からなくて、よく分からない返答をする。


「今日は、頼んだぞ」


 レイコが中へ入ってきて女中にそう言った。

 満更まんざら、僕の返答も間違いではなかったようだ。

 一応、こちらがホストで、この店を使うわけだからだ。


「カオリは、どうする?」

「席を設けてもいいですが、向こうは、番頭と二人で来るようなので、こちらも二人のほうがいいかと」

「じゃあ、伯母さんのところへ行ってもらったらどうかな?」

「そうですね。それがよろしいかと」

「ご主人様、では、わたくしは伯母のところへ行って参りますわ」

「ああ、よろしく伝えておいて」

「畏まりました」


 そう言って、カオリは中へ入っていった。


「では、こちらへどうぞ」


 女中に案内されて、僕たちは移動する。

 店の中は、石畳になっていて、靴を脱ぐ必要が無いようだ。

 その辺りは、日本の店とは違った文化に感じる。

 おそらく、フェリアのような鎧を着た護衛などと一緒に入ることができるようになっているのではないだろうか。単に冒険者の客のためかもしれないが。

 通りを歩く人の中にも和服を着た人のほうが少数派ということからも分かる通り、この街もどちらかと言えば、西洋文化の影響が根強いように見える。

 とはいえ、元の世界では和服を着た人なんて探してもなかなか見つからないので、この街のほうがまだ和風なのかもしれないが。


 通された部屋は、座敷ではなく、6人掛けのテーブルがある部屋だった。

 床は廊下と同じ石畳だが、壁は木製で、とこの間があり、掛け軸がかかっていて、微妙に違和感がある。

 床の間のある側が上座だろう。

 入り口の引き戸を開けて、右側が床の間のある上座となっている。

 僕たちは、左側へ行った。

 奥の窓には、障子しょうじがあり、今は閉まっていた。

 興味があったので、障子を開けてみると、窓の外に枯山水かれさんすいの庭が見えた。

 僕は、障子を閉めて、真ん中の席に着いた。

 外套を装備から外すのを忘れていたので、『装備』から除外して換装する。

 これで、魔術師のようなローブのみを着た姿となった。

 フェリアとルート・ドライアードは、僕の背後の壁際に立った。

 あまり近くに立たないのは、給仕の邪魔になるからだろう。

 レイコは、入り口側――僕の右側――の席に着いた。


「では、お待ち下さい」


 そういって、女中は引き戸を閉めて出て行った。


『現在時刻』


 時間を確認してみると、【17:34】だった。

 約束の6時までは、もうしばらくある。

 世間話でもして時間をつぶそう。


「今日は、どんな料理が出るんだろうね」

「一応、メインは肉料理にしてもらいました」

「指定できるんだ?」

「大まかにだが、肉料理や魚料理などの指定は可能です。どんな食材が手に入るかによってお品書きの内容は変わるようです」

「食材は、どこで手に入れているの? 市場とかあるのかな?」

「魚に関しては、南地区に魚市場うおいちばがある。肉は、『ムサシノ牧場』産の牛肉の他、猟師や冒険者が売りに来る鹿肉や猪肉ししにくだな。まれに熊肉も手に入るようだが」

「熊肉って珍しいね」

「ああ、私も食べたことはないな」

「僕もないな……」


 鶏肉とりにくについても聞いてみる。


「鶏肉も『ムサシノ牧場』で扱っているの?」

「いや、鶏肉はこの街の農家で飼われているにわとりだな」

雌鳥めんどりは、卵を産むよね」

「ああ、だから雄鳥おんどりか卵を産まなくなった雌鳥が潰される」


 牛もそうだが、肉にされるところはあまり想像したくない。

 元の世界に比べたら、生産量は圧倒的に少ないのだろうが、やはり残酷に感じてしまう。


『そう考えたら、魔法で出す料理はいいよな……』


 おそらく、あれはレシピから物質生成のような魔法で作り出されているものと思われる。

 何故なら、例えばステーキなら、全く同じものが出てくるのだ。同じレシピなら、肉の形状や繊維の位置まで寸分違わぬものが出てくる。本当の肉を使っていたら、そんなことが起きるわけがないだろう。


『もっと安く作れたら、殺される家畜も居なくなるのに……』


 例えば、【商取引】で買った肉を赤字で安く売って、畜産業者である『ムサシノ牧場』などを廃業に追い込むという方法もある。

 定期的にトロールを倒しにいけば、赤字の補填ほてんくらいは楽にできるだろう。

 しかし、そこまでこの世界に干渉して良いものか判断できない。そういった仕事で生活のかてを得ている人も居るのだから。

 僕がそんな横暴をすれば、理不尽な感情をこの世界の人たちに起こさせてしまうだろう。

 これは、鯨が可哀想だから捕鯨を止めろと言っている偽善者のようなものだ。僕のような日本人の立場から見れば、自分達――欧米人――が鯨油のために乱獲をして絶滅寸前に追いやっておいて、いまさら何を言っているのかと思うのと同じだ。


「ご主人様、6時になりました」


 そんなことを考えていたら、フェリアが時間を教えてくれた。


「そうか、まだヤマモト氏は、来られないみたいだな」

「遅いな……」

「向こうは、ゲストなんだし、少しくらいは遅刻しても仕方がないだろう……」


 僕たちは遅刻しているヤマモト氏をしばし待つことにした――。


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