第三章 ―使い魔―

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 第三章 ―使い魔―


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 ――フェリアは、僕の使い魔になった。


 何故、彼女が僕の使い魔になったのか、理由が全く分からなかった。

 僕が生まれ育った現代社会では、好きこのんで誰かの奴隷になろうという人間なんて存在しないのが常識だ。

 彼女の場合は、生い立ちが特殊な上に百年以上も孤独だったので、突然現れた僕に入れ込んでしまったのかもしれない……。


 フェリアは、湯船の中で座っている僕の前に裸で立っている。


「フェリア、座って」


 彼女は、僕の側に来て両膝を湯船につく。


「お呼びでしょうか? ご主人様」

「あの……そのご主人様っていうのは?」

わたくしは、ユーイチ様のしもべなのですから、ご主人様と呼んで当然ですわ」


 ユウイチではなくユーイチに聞こえるが、この世界ではそのほうがいいかもしれない。

 これからは、「ユーイチ」と名乗ることにしよう。


『ファミリーネームは、商人でもなければ付けないそうだから、基本的には「ユーイチ」のみでいいかな』


 というようなことを考えていると、フェリアが言葉を続ける。


「よろしければ、これからは『ユーイチ様』とお呼びいたしましょうか?」

「いや、フェリアが呼びたいように呼んでくれればいいよ」

「では、『ご主人様』と呼ばせていただきますわ」


 フェリアは、僕にとって『命の恩人』だ。だから、彼女の望むことは何でもしてあげたいと思う。

 僕の使い魔になったことで問題が起きていないか聞いてみる。


「フェリアは僕の使い魔になったわけだけど、以前と比べて身体や心に変化はある?」

「いえ、特に違和感はございません」

「例えば、僕に隷属れいぞくしようという意識が強くなったりとかも?」

「はい、わたくしは元よりご主人様の奴隷ですから、隷属するのは当たり前ですわ」


『フェリアの場合、心の変化はあまり参考にならないかも……』


「じゃあ、今の気分はどう?」

「はい、凄く幸せな気分ですわ」

「使い魔になったのに?」

「それがわたくしの願いでしたから」

「なんで、僕なんかにそこまでしてくれるの?」

わたくしには、ご主人様しか居ません。ご主人様に捨てられたら命を絶つつもりでした」

「それは、今まで男性と出会いが無かったって意味?」

「いえ、違いますわ。ご主人様を初めて見たとき運命を感じました」


『う~ん、何の根拠もないよね? フェリアは、思い込みが激しいと思う……』


「それは、フェリアが特殊な生い立ちで、ずっと孤独だったからだと思うけど……」

「そうかもしれませんが、わたくしにとってはご主人様が全てなのです」

「わかった。でも、使い魔にならなくても、恋人になるとか、結婚するとか、他に方法がいくらでもあったんじゃ? 僕は、フェリアが好きだよ。初めて見たとき『何て綺麗なお姉さんなんだろう』ってドキドキしたし、僕の命の恩人でもあるから、フェリアのためなら何でもしてあげたいと思ってる。フェリアが僕と結婚したいと望んだら、喜んで結婚したよ」

「ありがとうございます。しかし、対等な関係はいつか崩れます」

「人間関係には、明確な上下関係が必要だというの?」


 確かに仲の良い夫婦や友人、家族であっても人間関係が壊れることがあると聞く。しかし、だからといって、ここまでするのは……。

 そして、フェリアは隠された過去を僕に明かしてくれた。


「先日、お話したときには触れなかったのですが、わたくしの両親は最後のほうは関係が冷え込んでいました」

「大恋愛をして、駆け落ちまでしたのに?」

「はい、父は刻印を得てから母と一緒に冒険者を始めたのですが、そのうち、父は街で女遊びをするようになったそうです」

「そうなんだ……」


 僕には、そういう感覚が分からなかった。

 よく芸能ニュースで不倫のニュースやドラマで不倫関係がどうという話があるけど、好きな人と結婚したのに、他の女の人に手を出したいと思うものなのだろうか?


「最初は、母も大目に見ていましたが、冒険者として強くなるに従い、商売女だけではなく、同じ冒険者の女性とも関係を持つようになりました。父は家に帰らないことが多くなり、たまに帰ってくると母と口論をしていました」

「でも、フェリアが大人になった頃には冒険者を引退していたって話だよね?」

「はい、母はもっと早くに引退していましたが、父も冒険者として稼ぐ必要がなくなると、冒険者としての活動はしなくなりました。しかし、父は冒険者を引退しても街に入り浸っていました。父には、街での暮らしのほうが合っていたようです」


『たしかに、こんな何の娯楽も存在しない森の中で隠居生活を送るのは苦痛かも……』


 僕は、お盆の帰省で祖父母の家に滞在したときに退屈だったことを思い出した。


「それで、どうなったの?」

「どうにもなりませんでした、わたくしにとっては優しい父でしたが、母にとってはそうではなかったようです」

「フェリアが刻印を授かったあと、親子三人で狩りをしたりしてたんだよね?」

「はい、わたくしの前では仲の良い両親を演じようとしていたようです」

「僕も気をつけないと……」

「ご主人様は、ご自由に生きられればよろしいと思いますわ」

「でも、僕が誰かと浮気したり、結婚したりしてもいいの?」

わたくしは、貴方様の奴隷です。ご主人様が何をなされようと一生ついていくだけですわ」

「僕とフェリアの関係は、死ぬまで変わらないってことだね?」

「はい、その通りでございます」


 フェリアは、絶対に変わることのない関係として僕の使い魔になることを選んだようだ。


「話を聞く限り、フェリアのお父さんが悪かったように感じるけど、フェリアもそう思ってる?」

「いえ、母にも問題はあったと思います。父が家を空けるようになってから、母も父ほどではありませんが、家を空けるようになりました」

「フェリアのお母さんは、何処に行ってたんだろう?」

「不審に思ったので、一度後をつけたことがあります」

「何処に行ってたの?」

「街で知らない男と会っていました。冒険者時代の知り合いだと思います」

「つまり、フェリアのお母さんも浮気をしていたってこと?」

「そうだと思います」


 何処の世界でもこういう男女間のドロドロした話はあるみたいだ。


「それを見て、フェリアはどうしたの?」

「どうもしません、そのまま家に帰りました。それからは強くなるためモンスターを狩ることに専念しました。戦ってる間は、余計なことを考えなくても済みますから」

「フェリアも街に行ったことがあるんだね」

「あのときは、【インビジブル】を使って姿を消していたので、正式に街に入ったことはございません」

「そういえば、フェリアの両親は街まで何で通ってたの?」

「父は馬を持っていました。母は一人のときは魔法で移動していました」

「なるほど、ちなみにその魔法は、【レビテート】と【ウインドブーツ】?」

「その通りです」


 やはり、【フライ】は移動には適していないようだ。

 移動速度は、【ウインドブーツ】のほうが二倍くらい速いので当然かもしれない。


 目を閉じ、フェリアの家に帰って来てからのことを思い出す。そして、召喚魔法の件ですっかり忘れそうになっていた疑問を口にする。


「そう言えば、【刻印付与】では自分自身に刻印を刻むことはできないんだよね? フェリアが開発した魔術はどうやって自分に刻印したの?」

「叔母に刻んでもらいました」

「おばさんが居るの?」

「はい、母の妹にあたる方で名をサーシャと言います。そのことは母から聞いていたのですが、会ったことはありませんでした。両親の消息を訪ねてエルフの集落に行ったときに名乗り出てくださったのです」

「フェリアはハーフエルフだから、エルフにも忌み嫌われていたんじゃなかったっけ?」

「はい、エルフの集落を訪ねたときもあまり歓迎されませんでしたが、ゾンビの襲撃によってエルフも大きな損害を受けていましたから……」

「思ったよりも酷い扱いを受けなかったと?」

「叔母が取りなしてくれたこともあると思いますが、ゾンビの襲撃でわたくしの両親が活躍したことも大きいようでした」

「どんな活躍をしたか聞いてる?」

「はい、叔母が話してくれました……」


 そう言って、フェリアは叔母さんから聞いた話を語った――


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 ゾンビというモンスターは、人間や刻印を持つ者を襲うが、その条件は、一番近くの者を優先的に狙うというものだ。誰かを追いかけていても、近くに別の者が居ればターゲットを変更して、そっちを追いかけるということだろう。

『エドの街』を拠点にしている冒険者達は、その習性を利用してゾンビの大群を誘導・分断する作戦を行った。おそらく、ゲームで言うところの「カイティング」や「マラソン」と呼ばれるものだろう。日頃は不干渉のエルフ達も冒険者達と協力して、この作戦に参加したようだ。特に飛行魔法が使える魔力系魔術師が必要とされたため、ゾンビの誘導はエルフが主導して行ったらしい。フェリアの母親も優秀な魔力系魔術師だったため、エルフ側で参加したそうだ。一方、フェリアの父親は、冒険者側で参加して誘導されているゾンビの一部を釣り出す役をパーティで行っていたらしい。フェリアの父親も引退していたとは言え、凄腕の戦士だったのだ。


 その作戦は、犠牲者を出しながら、人員をローテーションしつつ半年以上も続けられた。しかし、推定数百万というゾンビの数はなかなか殲滅せんめつできず、要となる人物も何人か亡くなってしまう。特に冒険者側の被害が深刻で戦線の維持が難しい状況になってしまった。フェリアの父親もこの頃に亡くなったそうだ。


 そんなときにフェリアの母親が一つの作戦を提案した。その内容は、自分がゾンビの群れを引き連れて富士のふもとに棲息するトロールにぶつけるというものだった。ゾンビは、探知すればゴブリンなどの他のモンスターにも襲いかかる習性があるようだ。トロールは、ゾンビよりも遥かに強いので、上手く行けばゾンビの多くを殲滅できる可能性があった。エルフの中から他にも志願する者が出たが、フェリアの母親は足手纏あしでまといだと断ったそうだ。


 ――そして、その作戦は決行され、フェリアの母親は帰ってこなかった……。


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「今でも叔母さんとは付き合いがあるの?」

「はい、年に何度か訪ねるようにしております。そうしろとうるさいので」


 フェリアにも親切な肉親が居ることが分かって僕は少しホッとした。

 しかし、フェリアは両親が亡くなった後、100年以上も一人でゾンビを狩っていたのだ……。


「フェリアッ!」

「あんっ」


 僕の前に膝立ちで座るフェリアの胸に僕は飛び込んだ。

 高校生の僕には想像もつかない人生を歩んできたフェリアがいたたまれなくなって抱きしめる。


「ふふっ、可愛い……わたくしのご主人様……」


 フェリアは、僕の頭を片方の腕で抱いて、もう片方の手で僕の頭を撫でた。

 僕の顔がフェリアの柔らかい胸に埋まった。苦しくはないが、今頃恥ずかしくなってきた……。


「あの……恥ずかしいんだけど……」

「恥ずかしがる必要はございません。ここに居るのは、わたくしたち二人きりなのですから……」


 これまでの話を聞いて、彼女の考えが少し理解できたように思った。

 彼女は、僕との関係が壊れることを極度に恐れた。僕が魔力系魔術を使えることが分かったので、いずれ僕が『召喚魔法』を使えるようになったら、僕の使い魔になることを望んだのだ。僕に『召喚魔法』を複数刻んだのも失敗したときに備えてのことだったようだ。召喚魔法の【サモン】は、テイムに失敗すると約二十四時間のクールタイムが発生するらしい。MPを大量に消費するため、MPの回復を待つのにも時間がかかるが、MPは『魔力回復薬』と睡眠を併用すれば四時間程度で回復させられる。


 僕たちは、湯船の中で身を寄せ合った――。


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