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人間でなくなるというのは、比喩でも何でもなく、刻印を刻んだ瞬間に人としての肉体は異次元に転送され、代わりにマネキンのような一種のアバターが作られ、それが自分の体になるようなイメージだ。
刻印を刻まれた新しい体――刻印体――は、実体はあるが、半分は気体のような状態らしい。
例えば、手足が切り落とされるような攻撃を受けた場合には、一瞬で切られた部位が消えて即座に再生するようだ。
人間の身体のように急所が存在しない代わりに何処に攻撃を受けても等しくダメージを受ける。
この原理だと、小指の先に強力な攻撃を受けた場合でも死んでしまう可能性があるということだ。ただし、髪の毛は身体とは別扱いなので、攻撃を受けても大丈夫らしい。髪の毛に強力な攻撃を受けると部位切断のような現象が起きて、約24時間のあいだ切断された髪の毛は復活しないようだ。
また、普通の――普通の人間が作った――武器では、あまりダメージを受けないようだ。
武器や防具などの装備を作り出す魔術があって、そのスキルで作成した『魔法の武器』と呼ばれる武器で攻撃されるとダメージが大きい。
ちなみに完全に死んだときにはどうなるのか聞いてみたところ、アバターのような体――刻印体――が消えて、元の肉体の死体が残るらしい。死体は腐敗しているわけではないようだが、その死体からの蘇生は不可能とのこと。
目を開けると何だか体が軽く、頭も妙にスッキリしている。先ほどまで感じていた満腹感も嘘のように消えていた。
「気分はどう?」
「凄くいいよ」
「良かった、成功みたいね」
「え? もしかして失敗することがあるの?」
失敗したらどうなっていたのかと心配になり聞いてみた。
「あたしが刻印を人間に刻むのは初めてだから心配だったの。それにあなたはマレビトみたいだし」
「その刻印を他人に刻むスキルって誰にでも習得できるの?」
「いいえ、刻印を刻むためには、魔力系の魔術を極める必要があるし、刻印を刻めるのは女性だけよ」
「えっ? 何で?」
「さぁ? 教団では女神から
「教団?」
「『女神教』という女性だけで構成された宗教団体があるの」
「女神って名前はないの?」
「ないわ。教団の幹部なら知っているのかもしれないけど、あたしは聞いたことがない」
「でも、それじゃ他の神様や女神様と区別するのに困るんじゃ?」
「『女神教』以外の宗教団体は存在しないと思う」
「つまり、この世界は一神教なんだね?」
「そうね。女神以外に信仰されてる神が存在するという話は聞いたことがないわ」
どうやら、この世界にも宗教があるようだ。むしろ、文明レベルが低い世界だからこそ、強い信仰があるのかもしれない。
「そういえば、さっき魔力系の魔術とか言ってたけど、魔術には他にも系統があるの?」
「ええ、魔力系・精霊系・回復系と三系統の魔術があるわ。細かい話をすると、それ意外にも基本魔法と呼ばれるものがあるのだけどね」
フェリアの話を総括すると魔術には魔力系・精霊系・回復系の三系統と基本魔法の四種類がある。
魔術を使うためには、基本魔法以外は、それぞれ素質が必要で、対応する【魔術刻印】を身体に刻むことで魔法が使えるようになる。
【エルフの刻印】や【冒険者の刻印】は、人間から魔法が使えるアバターへ転生するための刻印であり、【魔術刻印】と区別するために【大刻印】と呼ばれることもあるそうだ。【大刻印】単体でもいくつかのスキルが使えるようになるものの、個別の魔法を使うためには対応した【魔術刻印】を刻まないといけない。
例えば、魔力系の魔術に素養がある人が【マジックアロー】の魔術を使うためには、お金を払って【マジックアロー】の【魔術刻印】を組合で刻んで貰うことで、【マジックアロー】のスペルが使えるようになる仕組みだ。
また、こういった魔術は、発動は即座に行われるが、使った後に使用不能期間――ゲーム的に言えばリキャストタイムやクールタイム――が発生する。魔力を多く使用する魔術ほどリキャストタイムは長いが、経験を積むことでリキャストタイムの短縮も可能らしい。
「じゃあ、体力と魔力を確認してみて」
フェリアは僕にそう言った。
「どうやるの?」
「自分の体力や魔力を知りたいって念じるの」
言われた通りに『自分の体力を確認したい』と念じてみると、視界に緑と青の横長のバーが縦に並んで表示される。
空間に透明なウィンドウが開くようなイメージでバーの大きさは結構大きい。
それぞれのバーの下には、メモリが打ってあり、0パーセントと100パーセント、真ん中の50パーセントのところのメモリは長い。10パーセント刻みと5パーセント刻みのメモリもあって、5パーセントより10パーセントのメモリのほうが長くなっている。
つまり、このゲージで自分の体力――ゲーム的な言い方をすればHP――や魔力――同MP――の割合を知ることができるということだろう。
「緑が体力で、青が魔力だよね?」
「そうよ」
「表示が大きくて視界が妨げられるんだけど……」
「小さく隅に表示するように念じれば好きな位置に表示させられるわ」
彼女の言うとおりにバーの位置を左上辺りに小さく表示すると念じてみたら、スーッと小さくなりながら【体力/魔力ゲージ】のウィンドウが左上に移動した。
「おお、これで見やすくなったよ。ところで、他のステータスは見れないの?」
「他のステータスって?」
「例えば、筋力とか素早さとか器用さみたいな……」
「そういった能力を確認する機能はないわ」
「そっか……残念」
ゲームみたいに自分の能力が見られるわけではないようだ。
HPやMPも絶対値は確認できないようだ。
「他には、時間を確認することができるわよ。時間を知りたいと念じてみて」
『いま何時?』
そう心の中で念じてみたら、視界の中央に大きめのデジタル時計のような表示が見えるようになった。
24時間表示のようで、現在の時刻は【20:48】と表示されていた。
中央に表示するのは邪魔なので、『右下に小さく表示しろ』と念じてみたら、先ほどと同じように縮小されながら、右下に移動した。
【体力/魔力ゲージ】が消えていたので表示するよう念じたら、左上に小さく表示された。
どうやら、これらの表示は放っておくと消えるようだ。
後で気付いたのだが、戦闘状態の間は【体力/魔力ゲージ】は常に表示される。
「他にも何かスキルはあるの?」
「後は、刻印にはアイテム管理の機能があるわ」
「アイテム管理?」
「そう、これを受け取ってみて」
そうフェリアが言った瞬間、目の前にウインドが開いて、おそらく武器や防具といったアイテムのリストが表示され、『受け取りますか?』という表示が出た。
『受け取る』と念じるとウィンドウが消える。
「じゃあ、今渡したアイテムを確認してみて。同じように念じればできるから」
『アイテム確認』と念じたら、持ち物のリストが表示される。
―――――――――――――――――――――――――――――
・ミスリルの打刀【装備】
・ミスリルの胸当て【装備】
・ミスリルの鎖帷子【装備】
・革のズボン【装備】
・ミスリルの兜【装備】
・ミスリルの篭手【装備】
・革のブーツ【装備】
・革のマント【装備】
・体力回復薬【ポーション】
・魔力回復薬【ポーション】
―――――――――――――――――――――――――――――
『おお、いきなりミスリル製の武器・防具か』
「これ、凄く高そうだけどいいの?」
「ええ、お金のことは気にしないで」
やはり、百年以上生きてるのだから、貯金も凄いのだろうか。
『しかし、いきなり過度の施しを受けるのは気が引けるな……』
などと考えていたら、フェリアが話し掛けてくる。
「じゃあ、他の刻印も刻んじゃうわね。下も脱いでくれる?」
「……分かった」
恥ずかしかったけど、必要なことなのだろう。
僕は、寝たままの状態でジーパンを脱いだ。
フェリアが僕の身体に触れていく。
「他の刻印って?」
「個別の【魔術刻印】のことよ」
「でも、それって素質が無いと使えないんでしょ?」
「そうよ、だから一番簡単な魔術を刻んでみて、それが使えるかどうかで素質を見るの」
「素質があるかどうか調べる魔法はないの?」
「そんな魔術があったら便利だけど、たぶん無いと思うわ」
「たぶんってことは可能性はあるってこと?」
「そうね、魔術は新しく開発できるから可能性はゼロではないと思うけど、そういう系統の魔術は聞いたことがないから、おそらく魔術で素質を調べるのは無理でしょうね」
「そういえば、魔術と魔法の意味って違うの?」
「一般の人間たちは、魔術のことを総称して魔法と呼ぶわ」
「つまり、奇跡のような現象全般を指す言葉が魔法ということ?」
「それが正確な理解だと思うわ。あなたは頭が良さそうだから、もしかしたら魔力系の魔術が使えるかもしれない」
『う~ん、買い被られているけど、僕はそんなに頭は良くないんですよ……』
考えてみると僕には何の取り柄もない。
一応、進学校と呼ばれる高校には入れたが、その後はどの教科も赤点ギリギリの落ちこぼれ状態で、成績は下から数えたほうがずっと早かった。入学するまでは、秀雄に教えられて頑張って勉強をしたが、本来、僕は学校の勉強にはあまり興味がなく、ゲームや漫画、アニメといったものが好きなので入学してからは、勉強をしなくなったのだ。テスト前に秀雄の世話になって、何とか赤点回避をしている状態だった。
そんなふうに人生を振り返っている僕に、フェリアは刻印を刻んでいく……。
刻印を刻む場所は、胸だったり、腹だったり、腕だったり、太ももだったりするようだ。
何故、そんないろいろな場所に刻印を刻むのか聞いてみたら、例えば回復系の魔術は刻印の上に金属製の防具を装着していても発動するので、どんな場所に刻んでも良いが、金属製の防具の中では胸当てを着る可能性が高いために胸当てで隠れるところに刻むのがベストらしい。
精霊系の魔術は、刻印の上に金属製の防具を装着していると発動しないが、革の防具なら発動するらしく、革製防具を着用する場所に刻印をするのが良いようだ。
魔力系の魔術は、革製の防具でも発動しないらしく、直接肌が露出している場所や布の防具を付けているところに刻むべきとのこと。魔力系の魔術師がローブを着ているのは、身体の何処に刻んでいても魔術を発動させられるためらしい。
つまり、回復系の魔術師は重装備でも問題ないということだ。重い防具を装備できるだけの筋力は必要なようだが。
ふと疑問に思ったことをフェリアに質問してみる。
「そういえば、何で『回復系』なの?」
「それは、回復系の魔術は、体力を回復する魔術が多いから……」
――質問の仕方を間違ったようだ……。
「そうじゃなくて、元の世界のおとぎ話では、そういう魔法は僧侶が使うから神聖系……ええと、神様の神に聖なる聖という字で表現することが多いんだけど……説明が難しいな」
「確かに回復系の魔術は、女神と関係があるという説があるわ。教団の信者が刻印を刻むと回復系魔術が使えることが多いとか」
「じゃあ、『ヒーラー』という言葉は分かる?」
「冒険者が使う言葉で回復役のことでしょ」
『この世界の言葉もよく分からないな……それとも、遠い地域では英語やラテン語っぽい言語になっているのだろうか……』
「『タンク』は?」
「仲間の盾になる役割の戦士と聞いているわ」
「それって、誰から聞いたの?」
「あたしの両親よ」
『確か戦車のことを「タンク」と呼ぶようになったのは、暗号名のような隠語が発祥のはず。そんな由来を持つ戦車が存在するはずがないこの世界で「タンク」という言葉が通用しているのは謎だな……』
「今、『戦士』って言ったけど、そういう職業みたいなものがあるの?『戦士』とか『盗賊』みたいな」
「いいえ、職業ではないわ。魔法を使う者を魔術師と呼ぶように武器で戦う者を戦士と呼ぶの。盗賊は
「元の世界のおとぎ話だと、冒険者パーティの中で偵察をしたり、罠を見つけたり解除したりする役割の者を盗賊と呼ぶんだけどな……」
「あたしの知る限りでは、そういった役割の冒険者は居ないと思うわ。魔力系の魔術師なら姿を隠して空を飛んで偵察したりできると思うけど、熟練の魔術師じゃないとそういった魔法は使えないの」
そんな会話をしているうちに【魔術刻印】は、刻み終わったようだ。
「とりあえずここまでにして、刻んだ魔法が使えるかどうか試してみてくれる? 使い方は同じ、『魔法を使う』とでも念じれば表示されるわ」
『魔法を使う』
そう念じてみたら、ウィンドウが表示された。
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・マジックアロー
・フレイムアロー
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2つの魔術が表示された。
対応した刻印がどれかや、どうやって発動するかが教わってもいないのに分かった。
「えーと、【マジックアロー】と【フレイムアロー】が使えるみたい」
「凄いわ。魔力系と精霊系の魔術を同時に使えるなんて」
「そうなの?」
「普通の人間は、どの系統の魔術も使えないことが多いそうよ」
フェリアの話によれば、エルフは全員が精霊系の魔術が使えるらしく、それはエルフの素質と【エルフの刻印】の特性によるものだということだ。僕に刻まれたのも【エルフの刻印】なので、精霊系が使える可能性は高かったらしい。
対して【冒険者の刻印】を刻まれた者が魔術を使える場合には、回復系の魔術である確率が高いようだが、そもそも魔術を使える冒険者は十人のうち一人くらいの割合だそうだ。
冒険者が使える魔術の系統としては、【冒険者の刻印】を持つものが殆どということもあり回復系が圧倒的に多いみたいだ。その次に精霊系で魔力系が使える人は本当に少ないとのこと。
エルフに比べると人間は、魔術が使える可能性が低いということだろう。元々、人間に刻印を授けたのもエルフという話だったはずだ。
魔術は、魔力系と回復系が相反するようで、同時に使える人は居ないそうだ。
教団では、回復系を光魔法、魔力系を闇魔法と呼んでいるらしい。
『「女神=光」、「悪魔=闇」的な印象操作なんだろうか? ちょっと
精霊系は中立的な立場で、どちらの魔術とも同時に使えることがあるようだ。
両方使える人は、魔術の素質が高いと言われているみたいで、彼女のような美人に『素質がある』と言われたらこそばゆいような誇らしいような気分になるが、これまでの人生であまり高く評価されたことがなかったので凄く嬉しかった――。
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