序 章
序章
しんと静まり返った広々とした礼拝堂の中心を、少女は花嫁衣装に身を包んでひとり歩んでいた。ステンドグラスを通して降り注ぐ陽光は華やかな色彩を帯び、花嫁の純白の衣装と長いベールに様々な色を映しては輝く。
ずらりと居並ぶ人々の中、文字通り彼女はひとり。婚儀に
少女のただひとりの血縁者であり、亡き両親に代わる後見人であり、こたびの縁組みを持って来た
「全く、せっかくいい花嫁衣装を着せてやったって
ゆっくりと歩み寄って来る花嫁をじろじろと見ながらのブライアンの言葉は、ひとりごととしては少々大きすぎた。
「伯爵閣下、神聖なる儀式の最中ですぞ。聖女アーシェルも聞いていらっしゃる、お静かに」
案の定その声を聞き止めたらしく、彼の
「つくづく高い買い物になった。地方伯の娘という条件をつけても、もう少しマシなのが他に見つかっただろうに。あのヘイスダムとかいう
いまさらのように
「おいアリシア! もっとさっさと歩け! 僕は早くこれを終わらせて、イリーアのところに行きたいんだ!」
近頃お気に入りの高級
だが次の瞬間、自分勝手なブライアンの願いは半分だけは
動作の遅い花嫁の真横をすり抜けて、黒い布で全身を覆った人影が恐ろしい速度で彼の前に立った。次の瞬間、人影は一陣の風のように左手の〈翼ある少女〉のステンドグラスを突き破り、あっという間にいずこかへと消え去っていった。
後に残されたのは居並ぶぽかんとした人々と、いつの間にか床に倒れ伏していた花婿ブライアンの姿。砕け散ったステンドグラスの破片の一部が彼の体にも降り注ぎ、
一見、彼はまるでふざけてその場に寝転がっているように見える。しかし高価な生地にも吸われずに流れ出した一筋の赤いものが、この日のために磨き抜かれた白い床の上にゆっくりと広がり始めていた。
一拍遅れてブライアンの母親が発した絶叫を皮切りに、婚儀の場は大混乱に包まれた。
「だから罰当たりなことをするなとあれほど!」とわめく聖職者、失神する貴婦人、飛び散ったステンドグラスで手や顔を切ったと騒ぐ者、巻き添えを恐れて逃げ出す者、去っていった影を追おうとする警備の兵士たち。
皆が皆大声を出して騒ぐ中、花婿がめくるはずだったベールを自分でめくって花嫁はゆっくりと周囲を見回した。
「あらまあ」
かけていた
倒れ伏した花婿のいる前方と扉のある後方へと参列者たちが分かれたために、花嫁だけが礼拝堂の中央部に取り残されている格好だ。
亡きブライアンがぼやいていた通り、長い亜麻色の髪を結い上げた少女は決して美人ではない。せいぜい
だが誰もが口々に叫びながら
「あれ、高いでしょうにねえ。何もあそこから逃げなくてもいいのに」
のんびりした調子でつぶやく声は、周囲の
「だから私は反対したんです!」
だが時を同じくして立ち上がったブライアンの母親は、取りすがる侍女たちを振り切らんばかりの勢いで少女に叫んだ。
「こ、このっ……疫病神! 死神ッ!!」
この瞬間、
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