アイドル有紀の日常

七度柚希

第1話 ロックバンドのライブを見学した後に打ち上げに参加する

(1)


 学校が終わった後午後はダンスのレッスンだ。

ダンスの練習用のジャージに着替えると、最初は準備運動のストレッチ。

それから今度のコンサート用のダンスのレッスンが始まった。

二時間ほどレッスンをしたあと、一休みしているとマネージャーがみんなを集めた。

「今度の新曲は、いつもと違う音楽プロデューサーに頼むことになってね、これから挨拶にいくから」と言われた。

レッスンの後はみんなで美味しいケーキ屋さんに行こうと約束してたけど、行かれなくなってがっかり。

マネージャーの運転するマイクロバスに乗って音楽プロデューサーの事務所まで行くことになった。

マイクロバスが入っている途中で、マネージャーが音楽プロデューサのトンキさんについて色々説明してくれた。

とっても有名でいろんなアーティストのプロデュースを手掛けていて、何があっても失礼なことがないように言葉遣いには気を付けるように注意された。

マイクロバスが大きなビルの地下の駐車場にはいると、エレベータに乗って事務所のドアの前まできた。

ひとまず息を大きく吸って気持ちを落ち着けるといよいよトンキさんと対面だ。

事務所に入るとまず大きな声で「よろしくお願いします」と全員で声をそろえて挨拶した。

すぐにトンキさんが奥から出てくると「ぼくがプロデューサーのトンキです」と笑顔を浮かべて全員と握手をした。

一通り自己紹介が済むと「さっそくだけど、今度の新曲のデモテープがあるから聞いてもらおうか」とトンキさんに言われた。

トンキさんが机の上の小さなステレオのボタンを押すとすぐに軽快な音楽が聞こえてきた。

今度の新曲らしい。

トンキさんは途中でステレオを止めると「君たちの声を聞きたいんだ、ちょっと来てくれるかな」と言って録音スタジオに案内した。

小さめの録音スタジオは普段はアニメの声優さんたちが使っているらしくて予定表にはアニメの題名が見えた。

「一人づつ歌ってもらえるかな、伴奏はないからアカペラでやってね」と言われて私はドキッとした。

私達は一応はプロの歌手だけど、アカペラで歌ったことなどない。

歌のレッスンの時でも、ピアノの伴奏かカラオケで歌ってる。

他の女の子達もアカペラの経験はあまり無いはず。

まず彩香ちゃんがブースに入って、ヘッドホンを頭に付けた。

他の女の子達はトンキさんと一緒にコントロールルームに入って彩香ちゃんが歌うのを見守った。

トンキさんの合図で彩香ちゃんが歌い始めるとモニタースピーカーから彩香ちゃんの声が聞こえてきた。

つい最近レコーディングしたばかりの新曲の虹色ラブソングだ。

彩香ちゃんはまだ小さい頃から歌のレッスンをしていてラブエンジェルズの中では歌が一番上手だ。

アカペラでも音程を間違えずにちゃんと歌えたので私はすっかり感心してしまった。

トンキさんに「次は有紀ちゃん歌ってもらえるかな」と言われて私は彩香ちゃんと入れ替われにブースに入った。

彩香ちゃんと同じ曲では芸がないと思って私はデビュー曲を歌う事にした。

伴奏がないので最初の音の高さが分からけど、何度も歌っている歌なので覚えている通りに普通に歌えばいいと思った。

一旦歌いだすと気持ちが楽になって普通に歌えたので私は気分がほっとした。

残りのメンバーも順番にブースに入って歌ったが、やはり伴奏がないと音程が狂って上手には歌えなかった。

全員が歌い終わるとトンキさんは仕事が忙しいらしくて「じゃあまた、こんど連絡するから」とだけ言って立ち去ってしまった。


(2)


 しばらくしていつものようにダンスのレッスンが終わった後に私はマネージャーに呼び止められた。

急な話だけど今夜ライブを見に行って欲しいとの事。

今来日中のアメリカのロックバンドのブラックタイガー武道館公演で今日が最終日だ。

ブラックタイガーと言えば世界的にも大人気のロックバンドで日本公演も切符は売り切れだ。

音楽プロデューサーのトンキさんがブラックタイガーのメンバーと親しくしていて特別招待席の切符があるらしい。

急に一枚切符が余ったので私に声がかかったんだとマネージャーに言われたけどなんで私が選ばれたのか理由はよく判らない。

彩香ちゃんがブラックタイガーの大ファンだったので行きたがっていたが音楽プロデューサのトンキさんが指名したのは私一人だ。

マネージャーに聞いても理由は判らないみたいだけど、ともかく私がライブの見学に行くことになった。

どんな服を着て行っていいのか判らないけど、一応はお洒落な格好の方がいいと思って女の子らしいブラウスとミニスカートを選んだ。

マネージャーの車で武道館に行くとトンキさんが私を関係者用の入り口近くで待っていた。

トンキさんは私に気が付くと「いやあよく来てくれたね」と声を掛けてくれた。

さっそく関係者用の特別席に案内された。

特別席は二階のステージ近くで、会場全体がよく見渡せる。

開演まではまだ時間があったけど、会場は満員で若い男の子や女の子が大勢集まっている。

しばらくして会場が暗くなると、場内アナウンスが始まった。

アナウンスの声が終わって舞台の照明が明るくなるとすぐにブラックタイガーの演奏が始まった。

舞台には巨大なスピーカーが沢山並べられていて、ギターの音はまるで爆竹を鳴らしているみたいに耳に響いてくる。

私はブラックタイガーの曲は全然聞いたことがないけど、有名な曲らしい。

最初のイントロのメロディーが流れただけで会場が一気に熱気に包まれた。

次から次へとブラックタイガーの曲が続くと、会場の熱気も熱くなるばかり。

だけど私は普段はロックなんて聞かないし、別に好きなわけでもない。

他のアイドルの曲だったら、競争相手だからなるべく聞くようにしてるけどブラックタイガーの曲なんか聞いたって仕方ない。

どれも有名な曲らしいけど、私にはみんな同じに聞こえる。

早く終わらないかなと思って、私はしらけた気分でライブを聞いていた。

随分と時間がたって、最後の曲が終わってアンコールも済むとトンキさんが「ブラックタイガーは日本のミュージシャンとコラボする企画があってね。僕はブラックタイガーのメンバーとは親しくてね。僕は有紀ちゃんのラブエンジェルズを推薦しておいたよ」と私に話しかけてきた。

「イブニングガールズとコラボという話もあったけど、あの子達は踊りは上手だけど歌は今一つだからね」とトンキさんが言うのを聞いて、私はもっと早く言ってくれたらよかったのにと思った。

私には関係ないと思ってブラックタイガーの曲なんか全然聞いていなかったのを後悔したけどもう遅い。

私はトンキさんにどう返事をしていいのか判らずに困ってしまった。

ライブが終わった後、私が帰ろうとするとトンキさんに「このあと打ち上げパーティーがあるから有紀ちゃんも一緒にきてくれないか。ブラックタイガーのメンバーにも紹介するから。コラボの話もあるしね」と言われた。

急な話なので私は困ってしまったけどせっかくのチャンスだから断る訳にもいかない。

トンキさんに案内されて私は近くの打ち上げ会場に行くことにした。


(3)


 近くのホテルの宴会場に案内されたが、打ち上げに参加しているのは親しい人たちだけで集まった人数はあまり多くない。

女の子も私の他は人気モデルのダルタニアン洋子さんと後はモデルさんらしい人が数人いるだけ。

会場の正面には小さな舞台があって、何に使うのだろうかと気になった。

トンキさんが私をブラックタイガーのメンバーに紹介してくれたが、メンバーの話す英語は学校で習う英語とは全然違っていて何を言っているのか全然わからない。

私はしかたないのでひたすらニコニコして笑顔でごまかした。

部屋の隅にあるテーブルの上に料理と飲み物が用意されているので私達はテーブルの前に集まった。

ブラックタイガーのリーダーのポールが乾杯の音頭を取ってパーティーが始まった。

私も飲み物を適当に選んで、用意されたサンドイッチを食べ始めた。

急に琴の音が会場一杯に響くと、舞台に和服を着た女性が登場した。

和服といっても帯が随分と大げさで、和服の裾も後ろにながく伸びている。

髪形も長いかんざしが一杯ついていて普通の日本舞踊の格好ではない。

女が琴の音に合せて踊り始めたが、日本舞踊ではないらしい。

創作舞踊といっては変だし、どうみても適当に手や足を動かしているようにしか見えない。

変な踊りをしばらく続けた後女は舞台にしゃがみ込んで和服の裾を拡げた。

和服が膝の上までめくりあげられると女の下着が丸見えになった。

これじゃあまるでストリップショーだ。

いくら外人が相手でもこんなショーを見せるなんてあきれ果てて物も言えない。

私はとてもこんな所にはいられないと思って部屋を出た。

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