採取した結晶石を燃料室に運んで船が出立して暫く。わたしが自室で、紅さんから借りたこの世界の常識本を読んでいると、コンコンとノックがしたかと思えば、こちらが返事をする前に扉が開いた。偉そうに入ってきたのはもちろん棘縉さんである。レンか紅さんなら、わたしの答えを待ってから入ってくるからすぐにわかる。

「ちょっとよろしくて?」

(よろしくないって言っても関係ないクセに)

 扉を後ろ手に閉め、ツカツカとこちらに向かって歩いてくる棘縉さんの手には魔法に使う杖。また腹いせに殴りにでも来たのかと身構えるわたしに、棘縉さんは意外なことを問うてきた。

「貴女、何か隠してませんこと?」

 ドキリとした。それはまず間違いなく先程の少年のことを黙っていた件を言っているのだろう。紅さんやレンが誤魔化されてくれたのに、まさか棘縉さんに見抜かれてしまうとは、このお嬢さまは意外と鋭いのだろうか。なんと返したものかとわたしが思案していると、その顔から何かを感じ取ったのか、棘縉さんは呆れ顔で言った。

「貴女バカですの? わたくしが気付くくらいですのよ? お二人にバレていないはずがありませんわ。紅さまも沐漣さまも、わかっていて、敢えて、聞かないでいて下さっているの。お分かり? だからわたくしが、お二人に代わって尋問致しますわ。さぁ、白状なさい! 一体何を隠して……」

 その時だ。ドーンという衝撃とともに、バリバリと雷のような音がしたのは。船が傾ぎ、部屋が大きく揺れる。椅子に座っていたわたしは机にしがみついて難を逃れたけど、読んでいた本は壁際へとんでゆき、棘縉さんはたたらを踏んで転倒を防いだ。

「敵襲ですの?」

 棘縉さんは踵を返して、わたしの部屋から出ていった。この船には持ち主である紅さんが魔法で結界をはっているらしいから、さっきの雷鳴のような音は何かが船にぶつかってこようとしたのを防いだ際に出たものだろうと思う。恐らく衝撃の大きさほど、船に損傷はない。だけど、これが単なる事故なのか、魔物か竜蹄の攻撃なのか、それによって事態は変わってくる。後者であれば少人数で応戦しないといけないのだ。わたしは素人とはいえ、モーリィを使役して魔物と戦うくらいのことはできる。もしこれが悪意のある攻撃だとして、相手が魔物であるならば、わたしも役に立つかもしれない。そう考えてわたしは、本を拾うのも後回しにして、棘縉さんの後を追って行った。

 甲板に出てみると、紅さんとレンが応戦しているところだった。敵は魔物。今は紅さんの結界が効いているためか、大した被害は出ていないけど、わたしの素人目で見ても、その様子はいつもの魔物の襲撃とは違っていた。いつもなら、魔物たちは無秩序に暴れまわっているんだけど、この魔物たちはどこか統制された動きを見せている。いつの間にかわたしの身体から出てきたモーリィが警戒心を顕にした鳴き声を発しているというのもあるけど、何より先程から攻撃が一点に集中しているのだ。まるでそうすれば結界に綻びが出るとわかっているかのように。

(誰かが操ってる?)

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