015 戦え!何を⁉︎人生を‼︎

真夜中のしおかぜ駅前広場は、それはもう異様な光景へと変貌を遂げていた。


リコーダー、アコーディオン、スネアドラム、それから見たこともないような楽器が、けたたましく鳴り響いている。ここが終着点なのだろうか、笑顔を崩さないままの着ぐるみ達は、各々が楽器を自由にかき鳴らし、広場を埋め尽くすように蠢いていた。それは、たまの土日に駅前広場で催されるビアフェスなんかよりもよっぽど賑わっていた。


先陣を切っていたレグルスの姿は見当たらず、指揮者を失った楽団のメロディはぐちゃぐちゃ。先ほどまでの遊園地のパレードみたいな陽気な音楽とは打って変わって、耳を塞ぎたくなるような不協和音が街中に響き渡っている。目の前に交番があるというのに、誰一人として警察官が止めに入らないのは、もちろんこの街で起きていられる人間が俺たちたったの5人だけだからだろう。悪魔のような音楽隊へと変貌を遂げた着ぐるみ集団を、おれ達は眺めて固唾を呑んだ。情けないことに、歩道橋の上から。敵に見つからないように。身を屈めて。


「……ていうかさ、あれ相手にすんの、どう考えても無理だろ。兵力差おかしいだろ」


闇雲に突撃して敵を蹴散らすことができるのは、映画や漫画の中だけの話だ。威勢良くコンビニを飛び出したはいいものの、おれ達の恐怖心は正義感を上回り、一歩も踏み出せないままもう随分と長い時間が経過していた。しゃがんだまま鉄格子の隙間からそのお祭り騒ぎを覗き見ては、またひとつ深いため息を吐く。みずたまが声を潜めていった。


「うーん。お話し合いとかで、なんとか穏便に済ませられないかな」

「残念ですが、それは不可能だと思われます。彼らはあくまで負の感情の塊。人の心など、とっくの昔に棄てているのです」


スピカの言う通りだと思った。それぞれの着ぐるみ達から異様なまでに感じる狂気。淀んだ空気。明らかな殺気。とても話し合いなんか出来る雰囲気ではない。その前にあいつら喋れるのかも分かんねえし。もし歩道橋の上におれ達人類最後の生き残りが息を潜めている事を知りでもしたら、あの着ぐるみ集団はまばたきをする間も無く、容赦なくおれ達を取り囲んで息の根を止めるだろう。


「ねえねえ木津くん、この傘で本当にステラの魂を浄化できるのかなぁ」

「……嘘だったらあいつのコードネーム、へっぽこ自由研究丸にしてやる」


悪態をついたその時だった。プツッという何かの電源がオンになったような音が響いた。途端、駅前広場のスピーカーから大爆音で聴いたことがあるトランペットのノスタルジックなメロディが流れ出したのだ。ビタースィート・サンバ。八鹿が酒瓶を片手に「かぁ〜金麦飲みたか!」と叫ぶ。なんなんだ、これは。メロディは次第に大きくなり、街中のスピーカーとリンクしぐわんぐわんと嫌な音を掻き立ててハウリングを引き起こす。おれ達は思わず耳を塞いでその場にしゃがみ込んだ。


これもあの着ぐるみ達の策略なのか?そう思い鉄格子から広場を見下ろしたが、あろうことか着ぐるみ達も苦しそうにその場にしゃがみ込んでいた。うさぎが長い耳を両手で押さえながら、一匹、また一匹とうずくまってゆく。スピーカーから音楽を流しているのはこいつらじゃないのか?だとしたら、他にも俺たちの知らない脅威がどこかに身を潜めているということか?


ノスタルジックなメロディは、次第にフェードアウトしていく。何かが始まる事を予測させる間の取り方。プロだ。こいつは只者じゃない。おれ達は息を殺して、何かが始まるのを待った。もう一度、プツッという何かのスイッチが入ったような音が響き、直後、スピーカーからやたらと陽気な声が響いた。


『あーテステス、やっほー、スターゲイザーのみんなぁ、長い長い夜、楽しんでるぅ?』

「こ、この声は!」

「ロクネンくん!」


ロクネンの声が着ぐるみ達の音楽を一蹴した。着ぐるみ達は訳がわからないという様子で辺りを見回しながら声の主を探している。ざわめく駅前広場の。凍りつく歩道橋の上。


『ていうかさぁ、君たちいつまでそこでそうしている積もりなのぉ? 僕もうあんまり暇で暇で眠っちゃいそうだよぉ。おっといけない、これはブラックジョーク!』


なるほど、監視カメラでずっとおれ達を見ていたのだろう。スピーカーから流れるその声を懐かしいと感じるぐらいにおれたちは時間を持て余していた。ロクネンに返す言葉もなく、おれ達は屈んだまま、それぞれの顔を見合わせた。


『あとねっ、へっぽこ自由研究丸だけは絶対いや! そんなに疑り深いならもーさっさと試してみちゃえばいいのに!』


ロクネンは安全圏で無茶振りをぶっ放つと、あろうことか「敵陣は歩道橋の上にあり!」と着ぐるみ集団におれ達の居場所を教えた。着ぐるみ達はくるりと歩道橋の上のおれ達を見上げる。視線が合う。殺気が一斉に歩道橋の上に注ぎ込まれる。みずたまが苦笑いをしながら「や、やっほー」と手を振った瞬間。着ぐるみ集団は、歩道橋を目掛けて飛ぶように駆け出した。


「冗談じゃねえぞ!」


おれ達は有無も言わさず一目散に階段を駆け下り逃げ出そうとした。が、もちろんあの殺気立った集団から逃げきれる訳もなく、歩道橋を降りた頃には、一瞬で敵陣に囲まれたのだった。おれ達はそれぞれが背中合わせになり、慣れない姿勢で武器を構える。八鹿だけが余裕そうに酒瓶を煽って楽しそうに言った。


「やるしかなかごたぁね」


じり、じりと見合う、スターゲイザーと何戦隊の着ぐるみ集団。勝算なんてまるで無い。この状況を一体おれ達はどう乗り切ればいいんだ。敵との距離を見誤るな。少しでもここから動けば間違いなく蜂の巣状態にされる。呼吸で胸を揺らす事にすら慎重になる。そんなおれ達の気も知らないで、ロクネンはスピーカーからのんきな声を垂れ流した。


『ねえねえ、これねぇ、所謂電波ジャックってやつだよぉ! いやあ、一回やってみたかったんだよねぇ、公共の電波を使って、オリジナルのラジオ流すの!』

「……ラ、ラジオ?」

『——目の前、来るよ! ぶっ放せ木津くん!』


陽気な声が一変。ロクネンが叫んだその刹那、集団からうさぎが一匹飛び出した。それはスローモーションだった。零コンマ一秒その間に、おれは自分の体に自分で指示を出すことなど出来なかった。自分の反応より早く指令を出したその声の通りに体が勝手に動いていた。心より身体が先行する。訳もわからないまま、気づいたときにはおれは引き金を引いていた。


それは一瞬だった。オモチャとは思えないぐらいのスピードで、BB弾は淡い光の尾を帯びて空っぽのうさぎの身体を貫いた。うさぎはおれの目の前でばたんと倒れた。発車の反動を受けた小銃を持つ手がびりびりと痺れる。流れる沈黙。やったのか?再起に怯え構えを解けないままでいると、うさぎの着ぐるみの胸の辺りから、青白い光の玉がぽうっと浮かび上がった。


「こ、これは?」

「……綺麗」


思わずみずたまが呟く。青白い光は螺旋を繰り返し、月明かりに溶けるようにして煙のように消えていった。


「あれが、浄化されゆく者の魂のカタチです」


スピカはゆっくりと目を瞑った。弔いのつもりなのだろうか、一発触発の筈の状況だったが、着ぐるみ集団の殺気がほんの少しの間だけ和らいだように感じた。おれが、やったのか?あの一撃でステラの魂を浄化したというのか?おれ達は背中合わせのまま息を呑んだ。せき止められていた時間を無理矢理押し流すように、あのノスタルジックなメロディが再びスピーカーから流れ出した。


『さぁ始まりました! オールナイトしおかぜ! 今宵パーソナリティを務めますのは、スーパーラジカル天才小学生、ロクネンくんだよぉ!』

「オールナイトって、洒落通り越してブラックジョークだよね……」

「ていうか全然オリジナルじゃねえし!」


着ぐるみ集団の雰囲気が、ギロリと殺気に切り替わった。仲間意識というものがこいつらに存在するのかは解らないが、倒れた仲間の姿を見て、むくむくと負の感情が湧き出ているのが解る。おれ達は気を取り直して、それぞれが武器を握り締めた。


『それではまずは、ステラvsスターゲイザーの実況生中継のコーナーからお届けしまぁす!』


ロクネンの言葉に合図を受けたように、着ぐるみ集団は一斉におれ達に襲い掛かった。


『木津くんとみずたまはそのままそこを動かないでねえ! 来た敵だけを迎え撃つつもりで! 八鹿、スピカ! 二人は先陣を切ってじゃんじゃん進んじゃお! この戦況、僕がぜーんぶコントロールしてあげる!』


声に反応し、八鹿がすかさず前に出た。にやり、まるで出番をずっと待ち構えていたかのように八鹿は笑った。浴びるように酒を飲んだのは酔いを深めるためか。驚くほどに冴えた酔拳。握りしめたグローブで、縫うように敵陣の間を掻い潜り、踊るようにくまの着ぐるみに拳を入れた。それはまるで、蓄えていた己のパワーを試すような力強さ。「もっこす!」と何やら訳の分からない単語を叫びながら、八鹿は完全にトランス状態に入っていた。


スピカもそれに続き、白いレースを翻しながら前に出た。両手を合わせて何やら呪文を唱えると、青白い光が細長い指の隙間から零れ、それはいつしか両手いっぱいの光の玉となった。タイミングを見計らい、スピカはその魔法を敵集団に一気にぶっ放した。着ぐるみ達は雪崩れるようにドミノ倒し上に地に伏せる。


二人が躍るように敵を次から次へとなぎ倒してゆく度、ぽう、ぽうと赤や、緑や、橙なんかの色をした光が発行して月明かりに溶けてゆく。それは、夏の夜の、花火の消えていく直前みたいに美しく儚い輝きだった。


「木津くん危ない!」


おれはみずたまの声に反応して引き金を引く。少しでも隙を作らないように、おれ達は二人でより合うようにして、勝手が分からないまま、それでも目の前に襲いかかる着ぐるみ達に一撃を与え続けた。引き金を引き続ける指が、じんじんと痺れる。みずたまはもぐらたたきが如く「えい!えい!」と声を上げながら、うさぎやくまの着ぐるみ達を傘で叩いたり突いたりしている。


明らかに不利だったはずの戦況は、ロクネンの口頭フォローにより明らかに有利になっていた。


『ふふふ、すごいでしょ。ねえ、この善良なハッカー、ロクネンくんが君たちだけに戦わせるわけないよ! 言ったでしょ? 僕はこの街の目なんだ。全方位、どの角度からだってこの街を見渡せる。つまり僕は最高のバックアップを務めることができるのさ! ふふふ、楽しいなぁ、ねえ、今僕の声、しおかぜ街中に響いてる? あぁ、いっそずっと夜が続いちゃえばいいのに! 』

「あいつとち狂ってんな」


まるでゲームのコマンド入力のように、ロクネンはおれ達に指示を出していく。それもに。まるで相手の動きをかのように。おれ達はロクネンの操り人形のように、ただ淡々とその指示に従い、敵を蹴散らす。嘘みたいだ。明らかに立場が逆転した。ボードゲームの駒を全てあいつが握っているみたいな感覚だ。


『さあ、シケた音楽隊のメロディは、この僕が塗りつぶしてあげよう! それでは戦うスターゲイザーの皆様へのリクエストナンバー“戦え!何を!?人生を!!”です、どーぞ!』


ロクネンの声が消えると、すかさず大音量でごつごつとした男達の「戦え!」「何を!?」「人生を!!」という野太い掛け声が流れ出した。着ぐるみ達も、おれ達も、耳を塞いでその場にしゃがみ込む。ばりばりと駅舎の窓が反響して揺れる。何なんだ、このマニアックな曲は。


「誰? 誰なの!? 筋肉少女帯をリクエストした猛者は!」

「私です」

「スピカ、あんた渋すぎんだろ!」


しかし、着ぐるみ達が怯んだ今がチャンスだった。それぞれが武器を握り直し、前を見据え、おれ達はここぞとばかりに特攻した。延々と繰り返される「戦え!」「何を!?」「人生を!」という言葉掛けに合わせて、八鹿は右フック、左フック、アッパーを繰り出す。みずたまもノリに乗ってきたのか、リズムに合わせてポカ・ポカ・ポカと傘で敵を叩いている。凄いことになってきた。認めたくはないがこの訳の変わらない野太い言葉掛けが、戦闘のリズムを形作っている。おれも遅れをとるまいと、腰を低く据え、引き金を引いた。


約5分間にも渡る掛け声がフェードアウトする頃には、気付けば辺りは負の感情の魂が抜けた着ぐるみで埋め尽くされていた。先程まで元気良くパレードを繰り広げていた着ぐるみ達が、もぬけの殻のようにピクリとも動かなくなっていた。


これ、本当におれたちがやったのか?途中からは無我夢中で、恐怖心をも忘れて敵集団と対峙していた。息は絶え絶え。汗がぐっしょりとコンビニの制服の背中を濡らしていた。4人はそれぞれアスファルトに四つん這いになり、呼吸を整えようと必死だった。「もう敵の姿は見えないよぉ、お疲れ様でしたぁ」と陽気に鳴るスピーカーだったが、あまりの疲労感に誰も言葉を発することが出来なかった。


呼吸も整ってきた頃だった。一旦コンビニに戻るかとみんなに声をかけようとした時、スピカが何かの気配を感じたようにはっとして立ち上がった。


「みなさん! 強い魂の共鳴を感じます! 私について来て下さい!」


おれ達の返事を待つ間もなく、白いレースを揺らして、スピカは駆け出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る