第22話


 貴重な追加点これで五対一。鳴滝は自らマウンドを降りてライトの守備に入り、後続のピッチャーが抑えると久留美は最終回のマウンドに上がった。 


 慶凛大の先頭バッターは八番からの下位打線。コースをついた投球でアウトをひとつとったが九番バッターに出塁を許した。


 四点差で相手ベンチの野次もスタンドの元気もなくなってきた。続く一番バッターも三振に抑えてツーアウト。


 いままでが嘘のようにバッターに覇気がないわかりやすいチームだ。


 久留実は最後のアウトをとりにいくことだけを考えて初球を投じた。


 その時内野から走ったーという声が聞こえた。一塁ランナーが盗塁したのだ。予想もしてない事態に思いっきりすっぽ抜けてボールは真咲のミットのはるか上を通過してバックネットに転がった。その間にランナーは三塁に到達する。


「ここからだ、みかこにつなげようまだ勝負は終わってない」


 慶凛大のベンチに呼びかけた三塁ランナーの声は球場中にこだまして慶凛大の選手が一人またひとりと手をたたき活気を取り戻していくのが分かった。


 先ほどまで静寂としていた慶凛大のベンチが盛り上がる。野次は選手の声援に変わりバッターを後押しする。二番バッターは、バッターボックスに入る前に一度吠えた低めのきわどいボールをフルスイングして詰まりながらもライトの前にぽとりと運んだ。


 これで五対二。


 三番バッターに粘られて甘く入った球をレフトの頭上を越える長打を打たれた。

ツーアウトランナー二、三塁。


「みかこ、かっ飛ばして来いよ」


 四番の鳴滝はベンチから大きな声援とともに飛び出してきた。


 ホームランがでれば同点、バッターは四番の鳴滝。


 すでに久留美のストレートは攻略されている。マウンドには真咲も含め内野の先輩とあんこが集まっていた。


「ここでタイムリー打たれたら調子に乗るわよ」


 りかこは左腕を回した。リリーフすると無言のアピールだ。


「敬遠して次のバッターで勝負するのがリスクは少ないわ」


 真咲は最善策を提案する。たしかに久留美より狙ってゴロを打たせることができるりかこなら抑える確率も上がり間違いもないだろう。


「いえ、投げぬきます勝負させてください」


「さすが、くるみちゃん」


 あんこが嬉しそうにグラブを叩くとりかこは不機嫌になる。


「ヤレヨクルミ、オンナハドキョウヨ」


 ソヒィーは陽気に答えた。


「ソヒィーまた変な言葉覚えて」


 りかこは呆れた口調でつっこむとソヒィーは笑いみんなが笑顔になる。


「ソヒィーがいうならしょうがない、ここは勝負、まかせるよ」


 真咲はもう覚悟を決めたみたいだ。


「まったく一年の分際で生意気に、打たれたら即私に交代だからね」


 りかこはそういってファーストに戻る。


「困ったらセカンドに打たせてこ~」


 あんこはスキップしながらセカンドに戻る。


「クルミ、サンシントッチャエ」


 ソヒィーがショートに戻るといつの間に眞子はサードに戻っていた。


 この場面ランナーに盗塁をされることはまずないだろう。クイックモーションはストレートの威力が落ちるからあまり好まない。


 鳴滝はこういった場面でも構わず初球から振ってくるバッターだ。真咲はミットをアウトコースいっぱいに構えた。



 深呼吸してグラブを顔の横にセットする軽く三塁ランナーを睨んで足を振り上げた。


 振り上げた足のつま先がセカンドベースを指すと自然にヒップファーストで体重移動が始まり上体が低くなる。地面に足がついたとき捻じった上半身の力を解放し腕がむちのようにしなる。


 投じたコースは真咲の構えたコースとは逆のインコースにいった。失投だ。鳴滝は渾身の力で打ちに行く。


 ガシャン‼


 ボールはバックネットに突き刺さる。


 鳴滝は失投だと思っただろうが久留美の感覚的には今日一番の指にかかったボールだった。


『コースは明らかに失投だったはず、なんなの今の球は』


 鳴滝の表情は険しかったあのコースは鳴滝にとっては得意なコースで打ち損じなどありえない。


 球場の雰囲気や味方の声援、相手のプレッシャーすら今の久留美の耳には入らない。


 ただ一人の強打者に自分の最高の球で勝負したいそれだけに集中している。



 二球目は高めに浮いたが鳴滝はこれもファールにして追い込んだ。


 コースはこの試合を通して一番甘いが球威は上がっている。


『遊び玉なしの三球勝負』


 頭の中で浮かんだのは三振で仕留めることだけだった。


 真咲の構えたミットがいつもより大きく見える。


 周囲の音が完全に消えた。


 最後の投球モーションに入る。


 グラブごしから今から投げる球の道筋のような線が見えた気がした。久留美はその道筋をたどるように腕を振った。


「ストライクアウト!!」


 気持ちの良い風が頬を撫でた。





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