慶應ボーイ・ミーツ・慶應ガール

つくお

第1話

 それは富田林寛(慶應義塾大学・経済学部四年)が通算四度目となる失恋を経験した直後のことだった。寛は坂下みな実(桜美林大学・環境情報学部四年・休学中)に献身的に尽くした挙句、「あんたなんか大嫌い!」と言われてふられたのだった。


 波乱に満ちた恋愛が終止符を打つと、彼の心はすっかり磨り減ってもはや何も感じられなくなっていた。いや、そうではなかった。彼には感傷が残されていた。寛は一人で地元小田原の海岸に行くと、感傷的な気分に浸った。習慣とすべき行為ではなかった。


 二月の海は寒かった。寛は、砂浜に落ちていたくたびれたビニール袋を何気なく拾いあげた。ビニール袋ではなかった。季節外れのクラゲだった。まだ生きており、おまけに強い毒があった。彼は手を刺されて強烈な痛みに悶絶した。


 そこへ、制服姿の四人の男子高校生(小田原高校二年)がやってきた。寛が卒業した高校の後輩だった。彼らは鬱屈を溜めこんだ、やさぐれた目つきでこちらを見ていた。寛はあわてて目をそらした。


 遅かった。彼は四人に取り囲まれ、ピンボールの玉のようにどつき回された。財布を出せと迫られると、寛は人の道を説く代わりに言う通りにした。ところが、財布から学生証が出てきて彼が慶應大学の学生だと分かると、四人の顔は不快さに歪んだ。彼らがどうあがいたところで手の届かない学歴だったのだ。寛は尻を蹴られ、横っ面に肘打ちを決められた。腰骨に膝蹴りを食らい、腹を殴られた。


「おれは、きみらの高校の先輩だぞ」砂浜に突っ伏した寛は、あえぐように言った。


 すると、尚更ひどい目に合わされた。


 レンズがひび割れ、フレームが曲がったメガネを何とか引っかけて、寛は駅へ戻る道をよろよろと歩いた。ふいに脇道から自転車が飛び出してきた。避けきれなかった。寛は倒れざまに路肩にあった干物屋の看板に頭をぶつけて額を切り、足を側溝に突っ込んで足首を折った。自転車は振り返ることもなく去って行った。

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