第39話 騎士の心

 

 入口に二人、窓辺に一人、近くに二人……合計五人の騎士が食堂には残されていた。エレノアは、ブライアンが迎えに来るまで大人しく待っているつもりはなかった。これ以上、ブライアンの計画通りにはさせない。

 しかし、まったく隙のない騎士たちに、エレノアは内心歯噛みする。強行突破しようにも、武力でエレノアが騎士たちに勝てるはずもない。

 そうなるとやはり記憶を覗いて弱味を握るしかないが、一人の記憶に集中している間残りの四人がじっと待っていてくれるはずもない。怪我人とエレノア一人に対して、五人も騎士を置いて行くなど、用意周到なブライアンが心の底から憎らしい。

 こうなったら、ダメ元でいくしかない。

 エレノアは立ち上がり、騎士たちを見回し、口を開く。


「あなたたちは、本当にこのままでいいと思っているの?」


 強行突破でも、弱味を握るでもなく、エレノアは騎士たちの説得を試みることにした。

(あんな冷たい皇子に仕えていて、嬉しいはずがないもの)

 騎士たちも人間だ。情に訴える価値はある。エレノアは最終的にそう判断した。

「ブライアンお兄様が何をしようとしているのか、あなたたちは知っているのよね?」

 騎士たちは微動だにせず、定位置に立っている。しかし、声が聞こえていないはずがない。エレノアは慎重に言葉を選びながら、彼らに話しかける。

「父である皇帝を【新月の徒】に殺させて、今度は【新月の徒】を皇帝暗殺の罪で捕えて殺し、自分が皇帝になろうとしている……おかしいと思わない? ブライアンお兄様はこんな面倒なことをしなくても、次期皇帝になれるのよ」

 そう。わざわざ【新月の徒】を使い皇帝を暗殺せずとも、ブライアンは次期皇帝だ。それに、皇帝になりたいだけなら、逃げた妹を捕らえて殺すことも、かつて帝国軍に在籍した〈蒼き死神〉を呼び出すことも必要ない。

 だから、これはただのブライアンの自己満足の茶番であり、我儘だ。誰でもそんなことに巻き込まれたくはないだろう。

「お兄様に忠誠を誓っているのだろうけど、それであなたたちは本当に幸せなの? 何のために騎士になったの? この国を守りたい、大切な人を守りたいと思っていたのではないの? 少なくとも、私の知る騎士はそういう人よ」

 ジルフォードは、誰かのために強くなった人だ。いつも、自分ではない誰かを守ろうとしている。

 そんな優しい人だから、出会ったばかりのエレノアのためにこんなところまで来てしまったのだけれど。

(ジルフォード様に会いたい)

 来て欲しくなかった。それでも、来てくれて嬉しい。ジルフォードの中でエレノアという存在が大きくなっているのだと感じられたから……。

「無抵抗な人間をいたぶって、仲間を裏切って、騎士としての誇りを捨ててまで第一王子ブライアンに従う価値はありますか?」

 エレノアは背筋を伸ばし、毅然と問いかける。

美しく、威厳のあるその姿には、確かに皇女としての貫録があった。

 一人一人の騎士を見つめ、エレノアは黙って待った。張りつめたこの空気に変化が訪れるのを。


「……逆らえば、家族を殺される」

 かすれる声でそう零したのは、濃紺色の髪をした若い騎士だった。窓辺に立つ彼は、ただ床をじっと睨みつけている。

「お前、ブライアン殿下を裏切るのか」

 入口付近に立っていた騎士が、剣を抜いた。それに続いて、他の騎士も咄嗟に剣を抜く。しかし、剣を持つ彼らもまた、脅えた目をしていた。彼らは、命令違反の代償を知り過ぎているのだ。

「剣をおさめなさい。あなたたちの剣は、人々を守るためにあることを忘れないで!」

 エレノアの叫びに、誰かが剣を落とした。カラン、と響く金属音は、その後も続いた。

 放心状態で剣を手放した彼らは、自らの手をじっと見つめている。

「この手で、仲間を斬った」

「もう、今さら戻れない……」

 騎士たちが漏らす、重い呟き。彼らはそうして自分に言い訳をして、これからもブライアンの命に従うつもりだったのだろう。

「甘ったれないで! 自分の罪から逃げるためにまたさらに罪を重ねるの? そんなの大馬鹿者だわ」

 ジルフォードは、自分の罪から逃げなかった。裏切られても、それを言い訳に復讐に生きたりしなかった。大切なものを守るために、誰かの笑顔のために、生きていた。

「お兄様に命じられたからって、何でもするの? あなたたちには自分の意志はないの?」

 命じられれば何でもする、というのはただ他人任せにしているだけだ。命じられたことの意味も考えず、感情のない道具となり下がる。それは自分の責任になることを恐れているからだ。ただ、逃げているだけだ。

「私も、今までずっと自分から逃げ続けてた。でも、もう逃げないって決めたの。私は今、皇女としてここにいる。だから、あなたたちに命じるわ」

 エレノアはそう言い置いて、大きく息を吸う。


「もっと自由に生きなさい!」


 びしぃっと言い放つと、騎士たちが息を呑むのが分かった。

 そして、誰からともなく笑い出す。

「自由に生きろって、なんだそれ」

「はは。そんなこと、騎士になって考えたこともなかったな」

 互いに顔を合わせ、騎士たちは笑顔を浮かべている。

「じゃあ、皇女様の言う通り、俺は自由に生きる」

 エレノアが後ろにかばっていた騎士が、声を上げた。振り返ると、彼は膝をついていた。

「皇女様、俺はあなたについていきたい。これは、俺の意志だ」

 剣を捧げられ、エレノアは戸惑う。これは、浮気にはならないだろうか、などと馬鹿げたことを考えてしまう。

 答えられずにいると、他の騎士たちもやって来て、何故かエレノアの前に跪いた。

「エレノア様、私たちにやり直すチャンスをください」

 全員の目に、たしかな意志の光が宿っていた。

「それなら、まずはこの人たちの治療が先です!」

 エレノアはそう言って、跪く騎士五人に笑顔を向けた。

 

 

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