第34話 皇女の帰還
「テッド様!」
バールトン家の紋章が刻まれた馬車に、門前に集まっていた騎士たちが集まってきた。
「お前達、落ち着け」
エレノアより先に降りて、テッドが騎士たちの前に立つ。帝国軍の副指揮官であるテッドの言葉に、騎士たちはすぐに静かになった。
「だいたいの状況は聞いた。何か変化はあったか?」
「はっ。つい先程、〈蒼き死神〉が〈鉄の城〉に入りました」
テッドに続いて馬車を降りようとドアに手をかけたエレノアの耳に、信じられない報告が聞こえてきた。エレノアの動きが一瞬止まる。
(ジルフォード様が、〈鉄の城〉に……?)
きっと、エレノアを追いかけてきたのだ。ジルフォードを危険に巻き込むまいと収拾屋を出たのに、優しい彼はエレノアのために〈鉄の城〉まで来てしまった。いくらジルフォードが強いとはいえ、【新月の徒】が占拠しているこの状況ではどうなるか分からない。
「どういうことですかっ!」
「えっ……あの、もしや皇女のエレノア様ですか」
「そんなこと今はどうでもいいわ! ジルフォード様がどうして城に?」
慌てて馬車から駆け降り、エレノアは騎士に詰め寄った。話を聞くよりも見た方が早い、と彼の記憶を覗く。
ジルフォードが〈鉄の城〉に来て、騎士たちに皇女を城に入れないように告げ、【新月の徒】に門を開けさせた場面を最後に、エレノアは目を開ける。
「ジルフォード様は、私を城に近づけたくないようですね」
「……はい。皇女様を城に絶対入れるな、と。テッド様、〈蒼き死神〉の言うことを信用してもよろしいのでしょうか」
「彼が呼びかけて門が開いたのです。〈蒼き死神〉は【新月の徒】の仲間では?」
騎士にとって、〈蒼き死神〉は伝説の騎士。それも、戦場で死神に出会って生きて帰った者はいない、という恐ろしい伝説。伝説の人物に会えた興奮も、時間が経てば落ち着いてくる。冷静になった騎士達は、〈蒼き死神〉を信じるべきか考えあぐねているようだ。
「それはない。彼は【新月の徒】の捕縛を手伝いはしても、絶対に仲間ではない」
「しかし!」
テッドが否定するも、実際に【新月の徒】へ呼びかけたジルフォードを見ていた騎士たちは尚も言い募る。
「〈蒼き死神〉――ジルフォード様は決して、【新月の徒】の仲間ではありません。彼を侮辱する者は誰であろうと許しませんわ」
エレノアは、皇女らしく毅然と言い放った。その姿に、誰もが目を奪われた。明るくなった空を背景に、ピンクパールの髪が輝く。
エレノアは騎士たちの視線を感じながら、門へと歩みを進める。宝石と称されるエレノアの美しさに圧倒され、騎士たちは知らず道を開けていた。
「エレノア様、やはり危険です。ジルのことは僕に任せてください」
後ろからエレノアの腕を掴んだのは、テッドだった。エレノアの作戦に難色を示していた彼は、〈鉄の城〉に到着した今になってもエレノアを止めようとする。
「離して」
「できません。あなたは今、怪我をしている」
少しずつ塞がってきていた足の傷は、長時間の移動と疲労のせいかズキズキと主張してきている。しかし、エレノアは怪我をしていることなど感じさせないよう振る舞っていた。テッドが口にしなければ、この場にいる騎士たちはエレノアが怪我をしていることなど全く気付かなかっただろう。
「離しなさい。あなたが家のためにと私を連れ出したように、私も愛する人のために戦わなくてはならないのです」
エレノアが好きになったせいで、会いたいと思ったせいで、ジルフォードに辛い過去を思い出させてしまった。
エレノアは〈蒼き死神〉に恋することで、自分の心を保っていた。記憶の中で流していた、彼の涙の理由も分からずに。
ジルフォードのことを何も知らずに、ただ好きだと言っていた。そんな子どもじみた想いをジルフォードは受け入れてくれた。側に置いてくれた。優しい腕で抱きしめてくれた。エレノアのことを守るとまで言ってくれた。そして、彼にとっては辛い場所である〈鉄の城〉まで来てくれた。
ジルフォードは、何もかもを一人で解決するつもりだ。
エレノアと出会わなければ、きっとジルフォードは〈鉄の城〉に来ることもなかったのに。
だからこそ、危険だからとエレノアが止まる訳にはいかない。ジルフォードのために。
この先は、エレノアが戦うべき場所なのだ。
エレノアの覚悟を感じたのか、テッドの手が緩んだ。そして、テッドはエレノアの隣に並ぶ。
「一人では行かせないよ」
強固な鉄の門の前で、二人は立ち止まる。どこかから、門前の様子を見ていたのだろう。鉄の門はゆっくりと開かれた。門の内には、騎士たちを牽制するように、【新月の徒】が弓を構えている。
そして、その奥に見えたのは、蜜色の髪を持つ、美しい青年。
彼は屈強な騎士に守られ、【新月の徒】をも従えていた。
「お帰り、エレノア」
うっとりと目を細めながらも、その笑みはどこか危険な香りがした。親しげにエレノアの名を呼ぶ彼のことは、他人の記憶の中でしか見たことがない。それでも、エレノアにとって忘れられない人物だ。
「ただいま帰りました……ブライアンお兄様」
初めての兄妹の対面は、本心を押し殺した寒々しい笑顔でかわされた。
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