第32話 閉ざされた城門
鍛え抜かれた精鋭たちが力なく項垂れている姿は、そうそう見ることができないだろう。
カザーリオ帝国軍の騎士たちは武器を奪われ、〈鉄の城〉から追い出され、さらには指揮官を失い、途方に暮れていた。
「今すぐ、この門をぶっ壊して皇帝陛下をお救いしよう!」
誰かが声を上げた。しかし。
「この門は鉄製で、内側からは厳重に鍵がかけられている。毒沼を超えるには橋を越えなくてはいけない。それに、城壁をよじ登ることも不可能だ」
冷静に城壁を見上げ、一人の騎士が言った。
その視線の先にある城壁には、鋭い鉄の棘がびっしりだ。そして、もしその棘を抜けて上に行けたとしても、城壁は外側に反り返っており、足を滑らせて内側に落ちればそこには深い溝がある。その溝は猛毒入りの水で満たされ、通称毒沼と呼ばれている。この沼に浸かれば命はない。さらに、城壁は三重の構えになっているため、この一つ目を何とか抜けたとしても、次の壁を超えることは不可能だろう。何故なら、次の壁はかなり高く、刃物が仕込まれているために足をかける場所も縄をかけることもできないのだ。
この城壁を越えるためには、正式に内側から開けてもらうか、空を飛ぶしか方法はない。
だからこそ、この〈鉄の城〉は難攻不落の城と言われてきた。
「だが、【新月の徒】はまんまと侵入してきた」
「この城に正攻法以外で入城できないのは常識だ。ならば、答えは一つしかない」
「……内部に賊を引き入れた奴がいるって訳か」
「この中に、内通者がいる」
騎士たちはじっと〈鉄の城〉の閉じられた強固な門を睨む。城内にいる人間は戦えない者たちばかりで、皆が人質となっている。帝国軍の騎士たちは皇帝の命を盾にとられ、渋々言う通りに城を出ることしかできなかった。
「ホルワイズ様はどこにいるのだ……」
帝国軍指揮官、ホルワイズの不在が騎士たちの焦燥をさらに煽る。
「皇帝陛下と一緒に捕らえられたというのは本当なのか?」
「あの人のことだ。きっとうまくやっているだろう……問題は俺たちだ」
「下手に動けば人質の命はない、か」
「一体、【新月の徒】は何を考えている……」
「皇女を出せと要求しているらしいが、皇女様をどうするつもりだ」
城門前にいる騎士達のほとんどが宝石探しに参加していたため、皇女の存在は知っていた。しかし、今まで隠されていた皇女にどんな価値があるのか、隠されていた理由は何なのか、騎士達に分かるはずもない。正しい情報も現状も分からないままに、騎士達はどうにか【新月の徒】に反撃できないかと頭を働かせる。
「だが、よかったよな……皇女様は俺たちが探しても見つからなかったんだ。きっとどこかで安全に生きているはずだ。この騒動のことも、知らない方がいい」
誰かが呟いたその言葉は、ただの希望だった。
どこを探しても見つからないのなら、どこかで誰かに攫われているのかもしれないし、死んでいる可能性だってある。しかし、どこかで笑っていて欲しいと心から願う。そうすれば、ここで賊に屈しても皇女だけは守ることができたのだと思えるから。
「いつから帝国軍の騎士はこんな情けなくなったんだ?」
突然響いた声に、誰もが顔を上げた。
昇り始めた朝日を背に、その人は立っていた。
目を見張るような鮮やかな蒼い髪、強い意志を宿した群青色の瞳。精悍な顔立ちをしたその人は、鍛えられた帝国軍の騎士さえ圧倒させる空気を持っていた。
その姿を見て、誰かがかすれた声を上げた。
「……嘘、だろ」
「お前、知ってるのか」
「十年前、帝国軍から消えた……最強の騎士、〈蒼き死神〉だ」
一瞬の沈黙の後、騎士達は〈蒼き死神〉に群がった。
この状況を変えてくれる人間だと誰もが直感した。いっきにむさくるしい男たちに囲まれたからか、群青色の双眸に苛立ちの色がはっきり見えた。その瞬間、皆いっきに後ろに下がる。
「〈鉄の城〉に皇女様は来たか?」
「いえ」
「なら、テッドは?」
「……いえ」
その答えを聞いて、〈蒼き死神〉は呆れたような、しかしほっとしたような溜息を吐いた。
「なら、この状況はどういうことだ?」
彼は、〈鉄の城〉が【新月の徒】に占拠されたということを知ってここに来た訳ではないらしい。説明を求められ、騎士の一人が口を開いた。
「実は……真夜中に【新月の徒】が城に侵入し、皇帝陛下を人質にとり『皇女様を出せ』と。我々騎士は皆城の外に出され、城には今【新月の徒】が立て籠もっています」
「そうか……今、第一皇子はどうしている?」
深刻な表情で聞いていた〈蒼き死神〉は、低い声で問う。
「分かりません。しかし、【新月の徒】から第一皇子殿下については何も。この騒動で第一皇子殿下を見かけた者もおりません」
「それは、おかしいだろう」
言われてみれば、確かにおかしい。皇帝陛下と同じく、第一皇子ブライアンは重要人物だ。それなのに、〈鉄の城〉で見かけた者がいない。
「第一皇子付きの騎士たちは?」
「……ここには、いません」
〈鉄の城〉の騎士たちのほとんどが城から追い出されたというのに、第一皇子付きの騎士だけがここにいない。しかも、誰もその動向を知らないのだ。そのことに、〈蒼き死神〉に指摘されるまで気が付かなかった。
「そうか。ブライアン殿下には何かがある。気をつけろよ」
〈蒼き死神〉の忠告に、騎士たちは全員気を引き締めた。
「これから、おそらく皇女が来る。だが、絶対に城には入れるな。いいか、絶対にだ」
その言葉に、皆がざわめく。
「俺を信じろとは言わない。だが、皇女が【新月の徒】に引き渡されたらこの国は終わると思え」
そう言って、〈蒼き死神〉は決して開かないはずの鉄の扉の前に立った。
「【新月の徒】のリーダーに伝えろ。〈蒼き死神〉が来たとな!」
彼が叫んだ数分後、鉄の扉は開かれた。
〈蒼き死神〉は当然のように門の内側へと消えて行った。
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