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「あ、すかいだ」

「お、奈々子。店番か、偉いな」

 かどわき青果店の一人娘がどっかりと構えていた。

「ぱぱはいまおといれなの」

「へぇ」

「きょうはなににする?」

 三才児なのに一丁前だな。

「あー、レモンとグレープフルーツ、オレンジ。それからキウイとアボカド」

「はーい」

 元気よく返事をした奈々子の後ろから「すみません」と門脇君が顔を出した。

「ちょっと席を外していて」

「いやいや、大丈夫」

「ぱぱ! えーとね、れもんとぐれーぷふるーつとおれんじと、それから、えーっと」

 順序よく言えていたのに、途中からあやふやになる奈々子。しゃがみ込んで耳打ち。

「キウイとアボカド」

「きういとあぼかど!」

「よく言えました」

「えへへへへ!」

「本当にすみません」

「いやいや」

 門脇君にお金を渡して包んでもらっている間、いつの間に裏に行っていたのか奈々子が走って戻ってきた。

「すかい、ぬれてるよ」

 そう言って差し出したのはクマの描かれたピンクのハンカチ。

「え?」

「かぜひいちゃうよ」

 奈々子は短い腕を一杯に伸ばして拭いてくれようとする。適当に水を払ったけど、髪はまだ濡れている。

「ありがとう」

 しゃがみ込むとポンポン、と髪を拭いてくれた。それから額も。

「かぜひいてない?」

「奈々子が拭いてくれたから大丈夫」

「よかったぁ」

 「これでよしっ!」と奈々子が言うと同時に門脇君がバックを持って来てくれる。

「すみません、いつも奈々子のお相手していただいて」

「いやいや、こちらこそありがたいし」

「嫁に似たのか世話焼きで」

「いいじゃない、お嫁に行くとき苦労しないよ」

「嫁にやる気なんてないですけどね」

 ははは、と笑い声を響かせると奈々子が今度は大きな傘を持って来た。

「ね、ぱぱ、すかいにこれかしてもいいでしょ?」

「え」

「もちろんいいよ」

「いやいや、そんな」

「すかい、これどーぞ」

「そんな、申し訳ないし」

「いえ、使ってやってください。それに結構雨が降っているでしょう? 急いで転んだら大変だから」

「でも」

「うちの事は気にしないでください。またいらっしゃった時にでもお持ちいただければ」

 嬉しい申し出だが、本当に良いのだろうか。

「ね。すかいつかって」

 奈々子が一生懸命に大きな傘を持って上目づかいで見てくる。そんなの断れるわけがないし、嬉しいし。

「ありがとう」


 受け取った傘は普通のビニール傘だったが、とても心が温かくなった。ここに店を出して良かった。

 そう思いながら水たまりを跨いで思い出す。

「あ、酒忘れた」

 後で電話を入れることにしよう。

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