18. 不安と希望・前篇


その日国彦は結局深夜になっても帰ることができず、本部宿泊施設に泊りそこから直接登校する事になった。



翌朝礼が1人寮を出て学校についた頃には、早速校内各掲示板に辞令の書が張られていた。

掲示板に集まる生徒たち群衆の中で、礼はその端的な書面を何度も何度も読み返した。




『 以下に記す4名の生徒に

特殊攻撃機動部隊 訓練候補生、

及び 通信研究員候補生の命を任ず。


特殊攻撃機動部隊 訓練候補生

戦闘科 2年 五嶋 国彦


捜査指揮・通信研究員候補生

通信科 3年 海原 仁史

  同  3年 日野 啓次郎

  同  1年 結城 奏



上記の生徒は再度辞令が下るまで、本部規則にのっとり訓練に参加すること。


以上。』



ざわつく生徒たちの中、ただ呆然とした礼の頭は物事を理解する能力が薄れ、それでも書面の言葉を理解しようと必死だった。


特殊攻撃機動部隊

‘特攻’と、あえてそう略称されるその部隊は、新種の害獣や特に汚染の強い地域において前線に出て戦う、戦闘隊の中でも特に過酷な機動部隊だ。


別部隊とはいえ実兄であるロミオが戦闘隊に属している礼も、戦闘隊内の組織や構造にそこまで明るくはなかったがその位の事は知っていた。

そんなKBP本部でも言わば花形である特殊部隊に、学生の内からお呼びがかかるなど滅多にあることではない。

名誉の抜擢だ。

喜ぶべき事なのだろうが、それでも何度書面を読んでもこれが国彦自身や自分にとって祝っていい事なのか悲しむべき事なのか測りかねて礼は途方に暮れた。


礼が呆然と書面を眺めている所に不意に後ろから誰かにぎゅっと引っ張られ、驚いて振り向くといつもの笑みで緩んだ松坂の顔が礼の目に飛び込んできた。


「おっはよーれーちゃん」

「牛くん」

その国彦と礼しか使わない愛称で呼ばれた松坂はいつものように礼にあしらわれながらも、にへにへと笑みながら掲示板に張られた書面を指差して言った。

「すっごいね。国ちゃん。大出世コース乗っちゃったね」

「……やっぱ、すごい事なんだよな。特攻て」

「すごいなんてもんじゃないよ!常に前線で働くヒーローだもん。卒業したら遠い存在になっちゃうのかなあ。今のうちにサインを貰っとこう」

そう言うと、松坂は嬉しげに買ったばかりのKBP機関雑誌を礼の目前に翳した。

「丁度今週の機関誌が特攻特集してたから売店で買っちゃった。隊服が普通のとちょっと違っててさ、これこれ、カッコ良くない!?」

そう言いながら松坂が開いて見せたページには、体躯屈強な隊員の写真の前に『過酷!最前線で戦う“特攻”に迫る』と煽り文句が大きく躍っていた。




礼はいてもたってもいられず、KBPが発行している機関誌を自らも売店で購入した。

昼休憩も夢中で読み、一日が終わり寮部屋に戻っても何度も特集記事を眺めた。


一度現場派遣されると隊員はその間二三か月程丸々家に帰れない事もあり、

危険な任務も多く、事実日本のKBP内では負傷・殉死者数が最も多い。

そんな記事を目の当たりにしながら、だんだんと礼の心からは朝方の松坂のような高揚感はなくなり、不安の方が増していった。


午前中は授業に出た国彦も昼からはまた訓練に向かった為学校では会えずじまいだったが、礼が寮部屋に戻った頃に丁度‘今夜は寮部屋に帰る’とメールが送られてきた。

とにかく国彦と話したいという思いだけで、

いつもの就寝時間を越えても礼は随分頑張って国彦の帰りを待ったが、

結局国彦が寮部屋にたどり着いたのは日付が変わった後で

それでも急いで帰ってきた国彦が寮部屋の扉を開けた頃には礼は穏やかな寝息をたててねむっていた。


微かに息の切れた国彦は、訓練後の汗だくの体のまま何はともかくベッドの礼のもとにひざまづいて、その額にキスした。

もうこんな時間になると、礼はちょっとやそっとでは起きないことを知っていたからだが、

国彦の思惑とは裏腹に礼はうっすらと目を開けると、眩しかったか目を覆い小さくぐずるように唸った。

その反応で身を離そうとした国彦のシャツの襟を掴み、礼は国彦が離れそうになるのを止めるように国彦の腕を両掌でぎゅうと自分の頬に引き寄せた。

「ん、」


(あー、、可愛い。すげー可愛い)

国彦はたまらずそのまま礼の身体をぎゅっと力任せに抱き寄せた。そうすると耳元で礼が掠れた声で言った。


「く、に・・ぉかえり」


甘えるようにねぎらう礼の声に

国彦は愛情が制御できずに溢れそうになった。

疲れた身体と心が一気に弛緩して、自分を支える力さえ抜けそうになりながらもどうにかこらえ国彦は答えた。


「ただいまれえ」


その興奮のまま我慢できず礼の唇に自分のそれを合わせて深く入り込むと、

最初こそ応えるように呼吸を合わせていた礼も、すぐに電池が切れたようにパタリと反応がなくなり、身体からぐったり力がぬけたのが興奮した国彦にも伝わった。

1人眠りにもどった礼から身を離し国彦は深いため息をついた。


(こんなんばっかか俺。いよいよ変態化してる)


タイミングが合わない事に苛立ちながらも、それでも礼の寝顔に愛おしさしか感じない。

その頬を撫でながら額にキスをしようとした


その時

携帯のバイブレーションの振動音が派手に響いた。

あまりに静かな部屋で鳴った着信に、国彦自身肝を冷やしながら、それでもぐっと携帯を押さえて急いで部屋から飛び出す。


見れば携帯の画面には”ロミオさん(中西 陽一)”と表示されている。

現在イギリスに長期出張中である礼の兄だ。


すっかり人気の無い寮部屋の廊下で、国彦は迷う暇なくその電話を受けた。



「・・・何時だと思ってんですか」

『え?16時だけど?』


ツッコミ待ちの明るい声にげんなりしながら、国彦は扉を背にずるずるとその場にしゃがみこんだ。


「そっちは、そりゃそうでしょうけどね。なんですか」

『特攻訓練の様子聞いてるぞ。可愛がってもらってるみたいだな。哲、ちゃらんぽらんに見えて容赦ねえだろ』

「哲て・・・椎野隊長ですか。やっぱりな。つうか、ロミオさんが推薦してくれたんでしょ」

『あー多少な。進言はした。とは言え他の誰でもない特攻部隊長の哲がお前の事かなり気にいってるし、本部は本部で木下の件あった後からお前の株爆上がりでな、学生のなかではもう飛び抜けて期待されてんのお前。腹立たしいくらい』


一年程前国彦は、KBPと敵対しているテロ組織 通称"シェイド"が、学園内に間者として潜り込ませていた木下という教師を捕縛する際に、KBP本部からすれば、"多いに尽力した"経緯がある。

本当に偶然と言えば偶然のようななりゆきだったが、シェイドの侵入を水際で防ぐ為の重要な一助を成したと本部では見なされていたのだ。

国彦にしてみればそれらの行動は当然自らの手柄でもなんでもなく己の名誉と思ってもいなかった。

慣れない訓練の疲労もあってため息混じりの返答になった。


「はあ」

『なんだよ。俺も協力してやったってのに。もっと嬉しそうにしろよ』

「や、そりゃめちゃくちゃありがたいですよ」

『部署決める会議出たけどな。将来、礼を飢えさせないように、保証も報酬も手厚いとこにした。組織で一番キツイとこだけど、まぁお前大丈夫だろ』

「・・・最後適当だな」

『うん』

「いや、うん。じゃないでしょ」

『礼大丈夫そうか?元気してるか』


そういえば・・・

国彦の胸に急に強めの背徳感がこみあげた。

微かな言いよどみの雰囲気を消すように、それでも平然と大きく息を吐きながら国彦は答えた

「元気ですよ」


『まさかと思うけど、礼になんもしてないだろうな。なんか悪さしてたらほんっと拳骨じゃすまさんからな、お兄さんは。ありとあらゆる権力使って、特攻以上に厳しい現場に…』

「て、怖いな…」

『てのはまあ、半分以上本音の冗談だとしても、生半可な気持ちなら今のうちに離れろ。お前のためじゃないぞ、礼のために言ってる。ただ無闇に若さと無知さで俺の大事な弟傷つけるのは許さん』



(れえと…違う道を…)


(そんなん、できると思うなら、とっくの昔にしてる)




「肝に命じます」


国彦は真面目な、それでも疲労を隠しきれぬかすれ声で伝えた。


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