55話 異世界人たちの情報①
「カナツさん! 大変なんです!」
天守閣へとクロタカさんの変わりようと、息を荒げたまま大将の名前を呼んだ。俺の声にならない声に、驚いた様子で、高座に座っていたアイリさんが目を丸くする。
あれ……?
カナツさんいないのか?
「うんー? あれ、リョータ、どうしたの」
「えっと……」
伝えたいことはなにもカナツさんでなくてもいいか。むしろ、あの人に言っても何も解決しない気がするし。
器が大きすぎて、問題を問題と認識しない可能性が高かった。
そう考えれば、むしろアイリさんに伝えた方が良いか。
「アイリさん、とにかく大変なんですよ!!」
「うん。凄い慌ててるのは分かるよ。まさか、他の領がやってきたの?」
アイリさんが警戒するのも仕方がないか。
でも、周囲への警戒が薄いカラマリ領にも問題はあると思うんだよな。
クガンのような岩山の頂で暮らしている訳でもないし、ハクハのように石壁で囲われている訳でもない。
ただの、森の中。
木々が覆い隠しているので、場所を知らなければたどり着けないだろうが、しかし、この世界で暮らす殆どの人間は、それぞれの領がどこにあるのか知っている。
故にメリットはないに等しい。
いずれカラマリ領の警備してもらうように、カナツさんに相談しよう。
侵入者はもうコリゴリだ。
だが、今はそんな侵入者よりも性質が悪い男が相手だ。
身内だからこそ気味が悪い。
「クロタカさんが、俺にめっちゃ優しいんですよ!」
その言葉を皮切りに、俺は次々と、かつての狂人ならあり得ない行為の数々を口にする。興奮していたから、話すだけで息が上がってしまった。それくらい俺の心は震えていた。
少しでも恐怖を共有して貰おうと思ったのだけれど、アイリさんの反応は俺が思っていたものと全然違かった。
「……それだけ?」
「それだけって……。アイリさんだって、クロタカさんがそんなことするとは思わないでしょう?」
日ごろから、クロタカさんが俺にだけ扱いが悪い訳ではない。
全ての人間に平等に恐れられていた。
むしろ、恐れられすぎて、カラマリの主力たちとしか話しているところを見たことがない。いつだっただろうか。
カラマリにある商店街――と言っても出店のようなちゃちな屋台群だが――を歩いているのを見たことがある。
誰もが道からそれて、顔を背けてクロタカさんが通り過ぎるのを待っていた。
しまいには店の人も「お代は結構です」って言ってたし(その後、同じ店で買い物をした俺が、クロタカさんの分の代金はお支払いしておいた)。
そんな男が、まるで人が変わったかのように、話してくること自体が異常なのだ。
俺の必死の訴えに、
「まあ、そうだけどさー。うーん……」
あくまでも歯切れが悪いアイリさん。
「俺、怖くて寝れませんよ!」
「そう? じゃあ、私が「ぎゅーっ」てしてあげるから、それで許してあげてよ」
「いや、それは無理ですって!」
アイリさんの抱擁は魅力的だけど、そんな一時しのぎで振り払えるほど、恐怖の感情は浅くない。深々と負の感情に沈殿している。
「ざんねーん。で、クロタカ本人は何か言ってなかった?」
「いえ……、なにも。俺が得た力に怯えてるのかなって思ったんだけど、レベルが下がっても構わないって言われちゃいました」
「まあ、そうだろうね……。大体、どんな力を手にしても、リョータに怯えることはないと思うよ?」
「酷い!」
アイリさんの言葉に傷付く俺。
新しい力が、ようやく使えそうな力なんだから、少しだけ大きく言ってみてもいいじゃない。
……結局、殺されるだけの力と言われてしまったら、何も言えないんだけど。
「……もう、本当のこと言えばいいのに」
ぼそりと、俺に聞こえない声でアイリさんが呟いた。
「……何か言いました?」
「なんでもないよー。それに、悪いことじゃないからさ、少しだけ我慢してみればー」
両手をヒラヒラとして微笑む。天守閣の窓から覗く紅葉と、アイリさんの紅の髪が混ざるように風に揺れた。
アイリさんにそう言われたら、少しだけ我慢してもいいかと思えてきた。カナツさんに必要とされているだけあって、人を癒す力は大きいようだ。
俺の伝えたいことが終わったのを見計らい、アイリさんが聞いてきた。
「あ、そうだ。あと、サキヒデが言ってたんだけど、残りの異世界人の特徴を教えてくれないかな? 見た目や性格が分かれば少しは役に立つかも知れないからって」
そうか。
もう、この世界に来ているであろう俺を除く5人の異世界人は特定されているのか。俺達以外にもこの世界に来ているのかも知れないけど、すくなくとも、カラマリ領、ハクハ領、クガン領にはいないようだ。
異世界人は俺達だけと考えた方がいいかも知れないな。
他にもいるなら、その時はその時だ。
「えっと、土通さんと先輩、それと……池井さんに付いてはお話ししましたよね?」
この世界で、俺が最初に会ったのが土通さん。
フルネームは土通(どつう) 久世(くぜ)
口が悪く、どこか冷酷さを秘めている年上の女性。それでもその冷静さは、異世界においては心強いと思っていたのだけれど、俺が思っている以上に土通さんの心は強すぎた。
俺の目の前で、ハクハの騎士たちを殺して見せた。
人を殺すことについて、俺は責めてしまったのだが、「生きるためには仕方がない」と本人は割り切っていた。割り切れてしまっていた。端数も出ないほどに、すっぱりと感情を押さえつけていた。
〈
そして、次に会ったのは先輩こと真崎(まさき) 誠(まこと)。
どんな感情よりも、『正義』を大事にする男だ。すこし、拘り過ぎている部分もあるとは思うのだけれど、少しだけ俺は憧れていたりもする。
誰に何を言われても曲げない心。
社会の厳しさに折れそうになった心を何度も救ってくれた。
先輩の『正義』は異世界でも折れることは無かった。
〈統一杯〉で、誰も犠牲にしたくないと、領から離れて一人行動している姿は、やはり格好良かった。
……コスプレしていなければ、なお良かったんだけど。
先輩の力は『4つの属性(火・水・風・雷)』を操ることだ。
言うなれば『魔法』である。
異世界でも『魔法』がないこの世界では、脅威であり、〈紫骨の亡霊〉を無傷で撃退できるほどだった。
そして、俺が知る最後の一人は――池井(いけい) 千寿(せんじゅ)。
俺達6人の中で最も、戦なんて言葉からほど遠い存在。だからこそ、彼女はもうこの地にはいないのかも知れない。
『敵意』や『悪意』とは縁がない人生を送ってきた彼女に、ハクハ領は残酷過ぎた。
異世界に来て二か月経たず殺されてしまった。
死体を見ていないけれど、相手はハクハ。
仲間同士で殺し合いさせる領に「もしかしたら」なんて希望は抱かない方がいい。
ましてや、彼女の持っていたとされる力は『武器の生産』。『拳銃』やらギミックの聞いた武器は既に大量生産されているようで、ハクハの大将からは「用済み」と判を押されてしまっていた。
一人は人を殺し、一人は世界を救うために領を捨て、もう一人は殺された。
ここまでが、出会った
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