49話 裏切は『死』でしか償えない

 池井 千寿。

 俺の会社の同僚で、職場の天使。

 その彼女は、もう、この世界に存在しないと――ユウランは言った。


「池井さんを殺したって、本気で言っているのか?」


 落ち着け。

 ハクハの言うことを信用するな。この状況で俺を混乱させるために嘘を付いているのかも知れない。

 それに、異世界人は、最下位に与えられる〈統一杯〉優勝の切り札だ。普段は一人しか存在しないが、今回は全ての領・・・・に存在している。

 いくら、現在一位とは言え、その切り札を自ら捨てる真似はしない筈だ!


 俺を混乱させても、ハクハに何の得もない。そんな当たり前のことが理解できないほど、俺の思考は崩れていた。


「異世界人を殺すのは痛いですが、まあ、既に十分すぎるほどに、『武器』は充実してます。故に武器を生み出すよりも、裏切ったことの方が許せないよね」


 どれだけ力を持っていようが、裏切られては扱うことができない。

 敵に渡ることが分かっているならどうするのか。

 答えは簡単で、殺せばいい。

 だから、裏切者は処刑したのだと。


「むしろ、死んだ後も利用してあげたから、感謝して欲しいくらい。ですが、いくらなんでも、教えるのが速すぎですよ、ミワさん」


「ごめーん。大事なことはシンリを通して言ってくれない?」


 謝ってはいるが、申し訳ないとは欠片も思っていないのだろう。シンリを通して伝えなかったユウランが悪いと。

 その口ぶりにユウランは、小さく笑って肩を落とした。


「ハクハの幹部は変人ばかりですね。その分、トウカには期待していたんだけど、幹部として、センジュの話を教えたら、いきなり、シンリ様に斬りかかるんだもん。びっくりだよ」


 ……正々堂々、正面から戦う信念を貫くトウカちゃんに取って、池井さんを殺し、俺を騙していたことは、耐えられなかったのだろう。

 故にハクハに反旗を翻し――敗北した。それが、トウカちゃんの怪我の理由だった。


「それでも、なお、生きているのはシンリ様の「面白いから生かしておけ」という言葉のおかげ。生かしとくのは、いいとしても、幹部に置いたままだなんて……」


 シンリ様の考えは、僕には分かりませんと、好奇心に満ちた瞳で笑う。

 自分では考え付かないような世界を見せるシンリに、ユウランもまた心頭しているのだ。

 誰が誰に憧れようが、そんなのはどうでもいい。


「ふざけんな!」


 池井さんを殺したことよりも、シンリの言葉が大事なわけがないだろう! 

 俺はユウランを殴ろうとする。力のない拳が通用しないことは分かってる。でも、それでも俺の手で殴らないと気が済まない。


 だが――、


「駄目です……。どうやっても勝てません」


 立ち上がった俺の脚にトウカちゃんが抱き着いた。

 一度、本気で手合わせをしたから、俺の実力を知っている。レベルの低いトウカちゃんに圧勝されたのだ。幹部であるユウランに、武器もなしに勝てる訳がないのだと。


「トウカちゃん! 放してくれ!」


 俺じゃユウランに勝てないなんて分かってる。

 でも、それでも、俺は挑まなければ気が済まないんだ! 

 

 カラマリ領が(統一杯)で優勝すれば、俺の願いで生き返らせることは出来る。だが、『経験値』として、『死』を味わっているからこそ、池井さんを同じ目に合わせたくなかった。

 俺は、〈戦柱モノリス〉に与えられた力によって、最初は半信半疑だったとはいえ、生き返ることが分かっていた。


 でも、池井さんは違う。


 生き返る可能性もなく殺されたんだ。

 その恐怖は――戦国の世界で生きる住人には分からないだろう。平和な世界で生きてきた俺達にしか分からない。


「ハクハを倒すには――〈戦柱モノリス〉を使うしかないんです」


 池井さんの力で『武器』を手にしたハクハを倒せる領は存在しない。トウカちゃんはそう考えているようだった。

 全ての領が倒せなくても、たった一つだけ、滅ぼす方法はある。


 この世界のゲームマスター、〈戦柱モノリス〉だ。

 アサイド領が、黒霧に満ちた亡霊の国になったように、〈戦柱モノリス〉に逆らえばハクハも同じく変化するはずだと。


 確かにその方法ならば――強さは関係ない。

 そして、幸いなことに、現在、玉座には、シンリとカズカはいない。


『武器庫』にいると言っていたか……?

 そこがどこにあるのかは分からないが、チャンスであることには変わりがない。ましてや、今の俺達にはカラマリ領の大将――カナツさんがいる。


 俺が玉座の裏に隠されているという、ハクハ領の〈戦柱モノリス〉に触れる時間は稼いで貰えるだろう。


「そんなこと、させる訳ないよ!」


「そうね……。シンリにも「俺達以外の人間を〈戦柱モノリス〉に近づけるなって言われてるし」


 二人の幹部が玉座の前に並んだ。

 ミワさんは鞭を。

 ユウランは拳銃をそれぞれ手にしていた。


「ううー、私、あの子の『拳銃』は苦手なんだよねー」


 殺意のない弾丸。

 タイミングと射線が分かれば防げはするが、それは『殺意』によって影響されるらしい。故にシンリやカズカといった『殺意』の塊が拳銃を使えば、回避率も上がるらしいが(勿論、そんなことが出来るのは、限られた人間だけだ)、ユウランには『殺意』がない。


「なら、ぶんしんを使ってください」


「……いいの?」


「ええ。戦闘は出来なくても盾くらいには出来る筈です」


 分身の俺は簡単な命令ならば、実行することができる。

 鍬を上げて振り下ろす。決められた場所に水を運ぶ。位ならば可能だ。だが、例えば、作業の最中に雨が降って来たから中断する。と言った、状況に応じての判断はできない。


 だから、分身をハクハまで連れてくる間に、何度、彼らは命を落としそうになったのか。

 目の前に崖があろうが、川があろうが、『歩け』と言う命令に従い続ける。


 自身の意思がなく、判断が出来なくても――盾ならば問題はない。

 意思がなく、痛覚もない人形ならば弾丸を受けるには持って来いだ。唯一問題があるとしたら、俺自身が撃たれる姿を見るのが、複雑というだけだ。


 これは、俺が我慢すれば良いだけのこと。


 池井さんの仇を取るためならば、この程度は我慢にすら値しない。


 俺は分身に命じる。

 カナツさんの前に、並び人間の壁を作った。


「完成ー! 名付けて『リョータの盾!』」


 カナツさんが壁の後ろで叫ぶ。

 出来れば名前とか付けて欲しくないんだけどな。でも、これだけの分身がいれば銃弾はカナツさんには届かない。


「ハクハのことを、非情と言う割に、そっちの方が酷い気はするけど?」


 自身の拳銃が防がれると言うのに、ユウランは余裕を含めて笑う。

 他になにか『武器』があるのか?

 俺はユウランの動きを注視するが――、


「人の壁なんて、私には通じないんだけど?」


 ユウランの余裕は、隣にミワさんがいるから生まれていたのだ。

 そのことに気付いた時は、手遅れだった。

 10人いた分身の内、8人が黒い鞭に絡めとられていた。


「なっ……」


 ミワさんが握っていた鞭が――8本に分岐していた。

 それぞれが意思を持つかのように、バラバラに分身を捕らえて、壁から剥ぎ取られたのだ。


「センジュの『武器』を作る力は――こんなのも作れるんだよ?」


 作っていたのは拳銃だけじゃない。

 その他にも多数、生み出していたのだと言う。そうなると、カズカの刃が連なった『武器』も池井さんが力を使って生み出したものか。


「カナツさん!!」


「うわ、ちょっと!」


 壁が消えて剥き出しになったカナツさんに発砲する――と、俺は思っていた。

 が、ユウランが狙ったのは俺。

 何の戦力にもならない俺を、ユウランは真っ先に狙ったのだった。

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