48話 殺された異世界人

 ハクハの玉座に戻った俺を出迎えたのは、シンリでもユウランでもなかった。

天から垂れる黒い布に、手足を拘束されたトウカちゃんだった。


 裸に近いような格好で、十字に縛られていた。少女の肌には、赤く膨れた生々しい傷が体の隅々まで這いずり回っていた。


 意識がないのか、首はガクリと垂れていた。


「なに、なに? ハクハってこういう趣味があるの?」


 いきなりの光景に戸惑ったように呟くカナツさん。


「そんなわけねぇーだろうが。ま、いい気味なのは変わらないけどよぉ!」


 カズカはこの程度のこと、驚くほどでもないと、拘束されているトウカちゃんに剣を振るおうとした。

 動けないだけでなく、傷だらけの少女に容赦なく斬撃を浴びせようとする。


 俺は咄嗟にカズカの腕に抱き着いた。


「てめぇ……なにしやがんだよ」


「お前こそ、なにするつもりだよ! まさか、あの状況のトウカちゃんを斬りつけるなんて、どういう考えしてるんだよ!?」


「あん? それのなにが悪いんだよ。こないだの恨みを返せてないから、返せるときに返して置かねぇと」


 こいつ……下種だ。

 トウカちゃんが大事にしてる〈ハクハの信念〉なんて欠片もない。


 だが、それ以前に、問題は何故、トウカちゃんが拘束されて傷だらけなのかということだ。俺との決闘の末に(決闘っていうか結託だけど)、『経験値』を手にしたはずだ。

 言うなれば、昨日のゲームの優勝者だ。

 褒められることはあっても、傷つけられる理由にはならないはずだぞ?


 腕に抱き着いたまま、何が起こったのかを考え始めるが、


「うっぜぇーな!」


 カズカが俺を振り払った。

 振り払ったと言うよりは、俺ごと腕を持ち上げて壁に向かって叩きつけたと言う方が正しいだろう。

……どんな力技だよ。


「がっ……」


 背中が固い石壁にぶつかる。

 痛みが俺の神経を支配したのか、自然と抱き着く手を放してしまった。


「ちょっと、あの子が誰で、リョータとどんな関係なのか分からないけど、でも、リョータを傷つけるって言うなら――私が相手になるよ?」


 俺以上に、現状を理解していないカナツさん。

 しかし、それでも俺を守ろうとしてくれていた。


「面白れぇ……。動けない相手を傷つけるのもいいが、やっぱり戦いの方が楽しいよなぁ」


 カラマリ領で止められた戦いを、この場で行おうとする。

 だが、二人の戦いはハクハ領でも止められた。


「『経験値』を迎えに行っただけなのに、なんでそんなに人数が増えてる訳? シンリに余計な手間を掛けさせるつもり?」


 カズカに話しかけたのは、ハクハの女王様――ミワさんだった。

 シンリに迷惑が掛かる行為を取ったカズカを、責めるように腕を組んでいた。


「別に、そんなつもりはねぇよ。ただ、こいつらがいい案を出すから、ちょっとだけ利用させてもらっただけだ」


「それが馬鹿ってことに気付かない? だったら、その提案だけ聞いて、シンリに伝えてから次にすればいいじゃない。しかも、よりによって大将。あんた、殺されてもおかしくないよ?」


 どんな理由であれ、早急に答えを出す必要はなかっただろうと言う。

 ましてや、戦うだけしか能の無いカズカ。

 自分の頭の悪さも分からないほどの馬鹿なのかと、怒涛の言葉を連ねた。


「シンリの言うことは絶対。私達はそれに従っていればいいのよ。だって、ハクハはシンリそのものなんだから」


 ハクハにあるものすべてがシンリだと、壁までも愛しく撫でる。


「分かったよ、シンリに話聞いてくりゃいいんだろ? あいつは今、どこにいるんだ?」


「『武器庫』よ」


「面倒くせぇけど行くか……。ったく、」


 カズカさんはそう言って『武器庫』に向かった。

 ふむ。

 ミワさんとカズカ。

 二人共ハクハの幹部ではあるけれど、そこには優劣が存在しているようだった。

まあ、優劣って言うか、ただ単に、カズカがシンリを恐れているってだけなんだろうけど。絶対的な忠誠を誓っている分、ミワさんの方が信頼されているのか。


「いや……、今はトウカちゃんを助けないと……」


 いつまでも拘束されたままは可哀そうだ。


「……カナツさん、トウカちゃんを助けて貰ってもいいですか?」


「あの子を助ければいいの!? よーし、私に任せて!」


 俺の言葉に疑問を抱くことなく、黒い布を切り裂いて、トウカちゃんを救出してくれた。

 カナツさんにとってトウカちゃんは敵だ。にも関わらずに迷わず救出する。

 仲間の頼みだからという理由だけで。


「トウカちゃん!」


 てっきり、ミワさんが妨害に来ると思ったのだけれど、なにも仕掛けてこなかった。ただ、俺達の行動を、見逃さないよう、視線を反らさず見つめていた。


「あ、……、リョータさん」


 トウカちゃんの元に駆け寄ると、小さな声で俺の名前を呼んだ。

 どうやら、意識が戻ったようだ。


「ご、ごめんなさい……、私、私は……」


「俺が死んだあと、一体、何が起こったんだ?」


 ダメージが大きいのか、小さな声で俺に囁いた。

 だが――それは俺の質問に対する答えではない。

 自分の願いだった。


「〈戦柱モノリス〉は、玉座の裏にあります……。それを、こ、攻撃して――ハクハを滅ぼしてください」


 トウカちゃんの願い。

 それは、ハクハを滅ぼして欲しいと言うことだった。


「え……?」


 傷だらけの顔に涙が浮かんでいた。


「もう、ここには信念なんてものはありません……。私の思い描く理想のハクハは、どこにもありません」


 トウカちゃんが、なんで、そう考えるに至ったのかは分からないけれど、でも、その思いは本物であることは伝わってきた。

 震える手で俺の手首を掴んだ。


戦柱モノリス〉は、玉座の裏に隠されているようだった。

 シンリが常に玉座にいることも、意味もなく天から垂らされていた黒い布も――全ては〈戦柱モノリス〉を隠すためだったのか。


 なんであれ、トウカちゃんの願いを叶えて上げたい。

 俺とカナツさんは〈戦柱モノリス〉へ攻撃を試みるが、


「酷いなー。そんなこと言わなくてもいいじゃない。折角、新しい幹部になったのに、最初にすることが、ハクハの滅亡だなんて、流石の僕もびっくりだよ」


 玉座の裏に隠れていたのか、ユウランが可愛らしい動作で顔をのぞかせた。

 あれ? トウカちゃんは、新しい幹部になったのか?

 ハクハの最低レベルから、幹部にへと飛び級での昇進に驚くが、ならば、なんでこんな目に合っているのだろうか。 

 謎が深まるばかりだ。


「それに、かつてのハクハって君は言うけど、そんな過去よりも、シンリ様の方がずっと素敵だと思わない?」


「お、思いません……。あんな下劣な男……」


 どれだけ傷を負わされようとも、私の心は変わりませんと、ゆっくりと立ちあがる。

 誰の力も借りずに、一人で立つトウカちゃんの姿は、ここにいる誰よりも気高く誇り高かった。


「はぁ……。あれだけ痛めつけたのに、まだ、シンリ様を汚すのか。もっと、痛みが必要かな……?」


 決して折れないトウカちゃんが腹立たしいのか、自分の信じる相手を侮辱され、ミワさんが鞭を手に取った。

 トウカちゃんの傷は、全てミワさんが付けたようだ。

 ミミズ腫れになっている時点で刃物ではないか。


「なあ、トウカちゃんは幹部になったんだろ? だったら、多少の発言は許してやってもいいだろうが?」


 自分が信じる相手を、汚く言われれば、誰だって嫌な気分になるのは分かる。でも、全く同じ感情を抱くなんてありえないんだ。

 それだけでここまで傷つけるのは酷いだろう。

 俺の言葉に、ユウランが笑う。


多少・・ですか? 自分たちが暮らす地がなくなろうとしているのに……?」


「それは……」


 確かにそうかも知れないけど。

 でも、なにもここまでする必要はないと、何の答えにもならない発言をする俺に対して、ミワさんが言う。


「大体、大袈裟なんだよね。異世界人を殺した位でハクハを滅ぼそうだなんて」


 異世界人の命とハクハ。

 比べるまでもなくハクハの方が大事だと。

 いや、ちょっと待てって。

 その言い方だと、異世界人が既に殺されたってことにならないか?

 どういうことだ?


「ミワさん! それはまだ、早いですよ」


 ユウランが、まだ言うべきではないと忠告するが、既に俺の耳には聞こえているのだ。どうやったて、取り戻すことは出来ない。


「あら? そうなの? シンリに口止めされていなかったらか、ついね」


「お前ら、何言ってるんだよ?」


 ハクハは本当に異世界人を殺したのか?

 他の領の人間だろうか? まさか、既に戦で?

 先輩か?

 土通さんか?

 それとも――この世界で俺がまだ出会っていない仲間たちだろうか?


「なにって、そのままの意味ですよ? 我らハクハに与えられた異世界人――イケイ センジュは、シンリ様の手によって処刑されています」


 ユウランが仕方なしに答えた。

 シンリが殺した異世界人は池井 千寿。


 ハクハ領に属しているはずの名前だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る