38話 迎え人は女王様
そうか、二人は、俺のいちゃついていたわけじゃなかったのか。サキヒデさんの意外な趣味じゃなくて安心したような、どこか残念なような。
物足りない表情をする俺に、
「自分の置かれている状況を考えることを、リョータにはお勧めしますよ」
サキヒデさんは冷静に言う。
そりゃそうだ。ハクハがここにいると言うことは、即ち、俺が関わっていると言うことなのだから。
ハクハは今、俺を狙っている。
確かに自覚が無かったのは反省するけどさ。
でもなー、
「その格好で言われても」
四つん這いなんて、俺、ここ数年やったことないぜ?
「ですから、好きでやってるんじゃ――」
下らない争いをする俺達にイラついたのか、二度目の鞭が、俺とサキヒデさんを襲った。手首の動きだけで、離れた俺まで届くとは。
この女性の鞭裁き――Sだ!!
「……もー、面倒くさいわね」
気だるげに呟く女性。サキヒデさんの上に座っていた女性は、この世界で見るのは初めてのタイプの女性だった。
カナツさんは元気系。
アイリさんは癒し系。
土通さんはクール系。
ユウランは可愛い系――って、ユウランは男だけども、可愛いのは事実だしな。
で、そんな感じの系統で分けると、この女性は妖艶系とでも言うべきか。
もしくは愛人系?
世のおじさまにすかれる容姿である。
腰まで届く麗しの黒髪。身体のラインがはっきりと分かるドレス。露出は少ないのに、なぜか魅惑的である。
ともかくアダルティな雰囲気だ。
しかし、そんな容姿に反して口調は無気力だった。
「シンリの命令とは言え、こんな森の中に来たくなかったわよ」
「じゃあ、こなきゃいいじゃないですか」
今すぐにでも帰ってくださいとサキヒデさん。
いや、その状況で反論できるとは、中々、見上げた精神である。もしくは、あえて叩かれに行くスタイルか。
俺がいるから気を使ってくれているのか。
もう、さっきまで必死に否定していたのに、可愛いな。
「なんか言ったかしら……?」
ひゅっと再び空を鞭が走った。
サキヒデさんの耳元擦れ擦れを掠めた。
「……いえ、なんでもありません」
休もうと思って我が家に戻って来たのに、休むどころか余計疲れた。
「はぁ」と大きく息を吐く俺に、椅子にされた策士が言う。
「疲れたのは私の方ですよ……。大将の指名とは言え、こんな目にあうなんて、屈辱でしかありません」
ハクハの人間であるこの女性。名前はミワと言うらしい。
ミワさんは、シンリの命により、殺された俺がそのまま逃げないか見張りと迎えをするようにと送り込まれたようだ。
たった、一人でカラマリへ。
一人ならば倒すチャンスだ。
何故、何もせずに椅子にされているんだと考えるだろうが、きっと、これも俺の為なのだろう。ユウランが訪れた時と同じように、池井さんを守るために手を出さないでいてくれるのだ。
しかし、だからといってハクハの人間を自由にさせるわけには行かない。
故に、見張りを着けたようだ。
ミワさんのレベルは56――カラマリの兵士たちと同等らしい。
ならば、サキヒデさんなら圧倒出来ると言う理由で、見張りに任命されたようだ。
ミワさんとサキヒデさん。
二人共見張りという立場は同じであるが、『人質』というアドバンテージがある分、ミワさんの方が上に位置していた。
結果……、命じられるままに椅子になっていたらしい。
「やっぱり、サキヒデさんの趣味ってことか」
「なんでそうなるんですか。こっちは、あなたの仲間を守るために、理不尽な欲求を聞いているのですよ! この数日間、私がどれだけ涙を飲んだか……」
奥歯を強く噛むサキヒデさん。
あ、これマジな奴だ。
ちょっと、悪ふざけが好きだか。ハクハ領だと、こんな無駄口叩ける空気でもないから、つい、嬉しくて口が弾んでしまう。
「それは、そのすいません……。でも、俺、ゆっくり寝たいんで、続きのプレイは外でやって貰ってもいいですか?」
「分かっていないのに謝らないでください!」
俺達の会話を興味なさげに聞いていたミワさんが言う。
「ていうか、まず、寝かせないから。寝るのも食事も全てハクハで行ってもらうわ。それがシンリの命令なの」
「えっ……?」
「だから、早くシンリの元へ行くわよ」
ゆったりとした動作でサキヒデさんの頭を押さえて立ち上がる。
そして力のない歩みで家から出ようとする。俺は扉から手を放して道を譲る。通り過ぎるとき、いい香りがした。
これなら椅子にされてもいいかも知れない。
実際にはされたくないけども。
それに、今は休む間もなく移動を強いられる状況を何とかしなければ。すぐ行動に移そうとする理由を俺は潰そうとする。
だって、休みたいもん。
「でも、今、夜ですよ……?」
夜道は危ない。
この世界に街灯なんてないのだ。真っ暗な森の中を歩くのは危険すぎる。だから、せめて日が昇るまで待ちましょうと訴える俺に、
「……夜である事と、シンリの命令に背くこと。なんの関係があるのかしら……?」
どんな理由があろうとも、シンリの命令を背く理由にはならないと言う。
……この人、シンリをどれだけ妄信しているのだろうか。
カナツさんも皆から必要とされている。だが、それは身近な存在としてだ。だが、ミワはシンリを『神』とでもいうように信じていた。
「じゃあ、シンリの元に急ごうか」
俺と出会ってから初めて表情が変わった。妖艶に笑うミワさん。
シンリを愛する女王様の笑みは、美しかった。
きっと、その笑みも――シンリに捧げているのだろう。
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