32話 弱き復讐者

「〈戦柱(モノリス)〉だー。やっぱり、あるよねー。なんか触ったら情報見えないかなー?」


 滅んだ領の〈戦柱(モノリス)〉がどうなっているのか、俺も興味がある。カラマリ領の〈戦柱(モノリス)〉に俺が触れると、自分の力の説明が浮き出る。

 経験値になるなんてふざけた能力を信じたくなくて、何度も触れては見たが表示する文字は変わらなかった。


 触れる〈戦柱(モノリス)〉によって、表示が変わるかも知れないと言う期待はあった。

 だが、それを実行できなかった。

 他の領の〈戦柱(モノリス)〉に触る事なんてないからね。


 ようやく、仕えない俺の力ともおさらばか。

 先輩のように格好いい力が使えるのか。早く石碑に触らせてくれと焦るが(力が変わると言うのは俺の勝手な妄想だ)――島の中心部にあるだけあって、そう簡単には近づかせてくれないようだ。


「……これまでの霧より濃い。ようやくお出ましって訳か」


 ケインが今度こそ倒すと息巻く。確かに、これまで俺が見た霧よりも濃く、紫というより黒に近かった。


 紫の霧が三つに分かれて濃縮されていく。

 そこに現れるのは、三人の〈紫骨の亡霊〉。


 バンダナ。

 眼帯。

 

 そして、初めて見る一人は――ケインの両親を殺したと言う姿と同じだった。

つまり、アレがアサイド領、最後の大将って訳だ。一際デカい大剣が、群を抜いて存在感を放っていた。

 大将っぽいぜ。


「えーと、敵は三人ってことだから、他の奴らは私が戦ってもいいんだよね?」


 この状況で実力を確認する必要はないだろうとカナツさん。

 まあ、確認も何も一人相手に苦戦していたのだから、三人の〈紫骨の亡霊〉は相手にできないだろう。

 ケインもそれは分かっているのだろう。


「大将……。頼みます」


 小さく頭を下げた。


「いや、良いってことよ。私も自分の力を試したかったしねー」


 カラマリ領の二人が一歩前に出る。

 これで勝てばケインの仇討ちも終わるのか。俺は黙って固唾を呑む。その横で、俺の頬に、ふわりと風が当たるのを感じた。

 先輩が今までと同じように右手に竜巻を纏っていた。


「ちょっと、先輩、ストップ!」


「なんだい? 沙我くん? 早く吹き飛ばさないと危険だろう?」


「まあ、そうなんですけど……約束したでしょう」


 ケインの仇には手を出さないと。

 いや、まあ、俺も少しだけ、このまま先輩を止めなければ、〈紫骨の亡霊〉は吹き飛ばせるのだろうなんて考えちゃったんだけども。


この世界において存在しない『魔法(ぞくせい)』を操る先輩は、恐らく、唯一、(紫骨の亡霊)を無傷で吹き飛ばせる男だ。

 先輩に頼れば、ケインもカナツさんも怪我をしない。


 でも――やっぱ、


「その拳、引いてもらえませんかね?」


 例え、危険でもケインが望んでいるのであれば、叶えて上げたい。それがカラマリ領の望みだった。

なら、俺はその望みを叶えて上げたい。


「あ、えっと、沙我くん? どういうことかな? ああ、僕の攻撃で彼女たちを巻き込むかもしれないと言うのなら心配ないよ。僕の力はそこまで不完全じゃないからね」


「そういうことじゃなくてですね……」


 この状況。

 先輩は、力を持った人間が弱い人を救うのが当たり前だと思っている。先輩に例えケインの事情を放したところで、復讐に取り付かれるのは止めるべきだと言うだろう。

 子供が復讐なんてすべきではないと。

 それが正義。

 正しいことだ。


「早くしないと殺されるかも知れないんだ。彼らは僕(ヒーロー)の助けを求めているんだ!」


「求めてないんですけどね……」


「いや、僕には分かる。戦っている心の内では、救いを求めて叫んでいるんだ。そして、それに答えられるのは僕しかいない!」


「そんな訳ないだろうって。本当、人の危険が絡まると面倒くさいな、この人は!」


 正義だヒーローだと五月蠅いが、普段は気さくで優しい先輩である。会社に馴染めていない俺を気遣って色々な行事に連れ出してくれたのも先輩だ。

 しかし、日常を離れた異世界では、その正義が暴走しているようだった。

 力を求めていた人間に力が与えられた。

 ある意味、凶器を与えるのと同じである。


「まあ、悪いことはしてないんだけどさ」


 馬鹿なのは俺達だ。

 しかし、馬鹿だろうが譲れない。正しさだけで測れない思いがカラマリ領にはあるのだから。


「この戦いに手を出さないで貰えませんかね?」


「だから、さっきから、何を言っているんだ、沙我くん!? 彼女たちは僕のように『力』を持っていないんだろ? なら、僕が守らないと」


「大丈夫です。ケインとカナツさんは強いですから」


「強いって、でも、あの骸骨一人にすら苦戦していたじゃないか!?」


「ですけど、やるときはやるんですよ!」


 カナツさんが二人の〈紫骨の亡霊〉を。ケインが大将の亡霊と戦っていた。二人共辛うじて攻撃を防いでいる。

 だが、大剣を扱う亡霊の攻撃力は、小柄なケインの体格で受け止められるものではないようだ。軽々と吹き飛ぶと、島に生える枯れ木たちにぶつかった。

 二本、三本と枯れ木をへし折りようやく止まる。

 地面に転がったケインは意識を失ったのか、動かない。

 

 対面して一手で復讐すべき相手に負けた……。

 ケインが弱いんじゃない。

〈戦柱(モノリス)〉に強化されたかつての大将が強すぎるんだ。


「ほら、みろ! 沙我くんが止めなきゃ、あの少年はあんな怪我をしなくて済んだんだぞ!?」


 我慢できないとケインを吹き飛ばした亡霊に向かって、拳を振るおうとする。


「駄目だ! まだ終わってない!」


「なっ!?」


 霧の亡霊を吹き飛ばせまいと俺は、射線上に入った。誰よりも人を救うことを大事にする先輩ならば、俺ごと吹き飛ばすことはしない。


「何をしているんだ?」


「だから、まだ、終わってないんですよ、ケインの復讐は!」


「もう、見ただろう? それに彼女だって!」


〈紫骨の亡霊〉二人と戦うのは、流石のカナツさんでも厳しいのか、明らかに苦戦していた。彼女ならば、倒せるのではないかという期待があった。

 だが、何度ダメージを与えても霧になるだけ。

 積み重ねれば倒せるというが、そんなの無理に決まっている。


「はっはっは! 私のことは心配するな! ケインが回復するまで、三体の〈紫骨の亡霊〉だろうが耐えて見せるさ」


 ケインが動かなくなったことで、大将の亡霊は狙いをカナツさんに定めた。


「なんで邪魔をするんだ! 僕が正しいのは分かってるだろ?」


 押し問答を繰り返す。

 実に正義を愛する先輩らしかった。

 正義とは不動でなければならない。ころころと変わる正義など、誰が必要とするのだろう。それを見て育った先輩は、この状況で、カナツさんと共に時間稼ぎをするという選択はない。

 自分が正しい。

 だから道を譲れと俺に言うだけだった。


 ならば、俺も譲れない。

 ケインは復活すると信じているからな。


「分かったよ」


 このまま繰り返しても埒が明かないと思ったのだろうか。先輩は参ったと両手を上げると、ゆっくりと宙へと浮かんで行った。


「なっ、そ、空を飛んでる!?」


「『風』を操れるんだ。自分を浮かせるくらいわけないさ。二つのことを同時にコントロールがまだできないから、使いたくなかったんだけど、仕方ないさ」


 くそっ。

 空から攻撃されたら俺は止める術がない。


 正義のヒーローは不利な状況でも成功させる。

 先輩はそう言って二つのことを同時に行おうとする。

 空中浮遊と竜巻の拳。確かに先輩は、まだ、コントロールはできないないのか、拳に纏う竜巻はブレ、浮かぶ体も安定しない。

 それでも――攻撃するつもりだった。


「異世界人はそんなことまでできるんだねー。はっはっはー。リョータとは大違いだよ!」


 三体の〈紫骨の亡霊〉と戦いながらも俺達を見る余裕があるのか。

〈紫骨の亡霊〉の攻撃をいなして距離を取る。

そして、脇差を抜くと先輩に向かって投擲した。一直線に走る刃。風は操れなくてもステータスの高いカナツさんなら、多少の風は切り裂ける。

 風を纏っていない左手を狙った刀が、先輩の腕に刺さった。


「ぐっ、な、なにを……?」


「悪く思わないでよね。大将だけを残してくれるなら、喜んだんだけどさ、そんな不安定な力を使われたら、マズいのよ」


 傷を負った先輩が宙から落ちる。

 俺は先輩の元に駆け寄った。


「痛い……い、痛い……。あああああ!」


 先輩はこの世界で怪我を負うことは無かったのだろうか。刃の刺さった左手を抑え、悲痛に叫ぶ。ちょっと、やり過ぎだろうとカナツさんを睨む。

 が、むしろ、強敵を三人も相手にしては、手を抜く時間がなかったのだろう。

 それに、力が足りなかったら『風』で防がれていたし。


 話を聞かなかった先輩も、やり過ぎたカナツさんも両方悪いと思う。しかし、一番悪いのは俺だ。

ここに来て何もしていない。

 いつものことだ。

 何もしなくていいと言われていたけど、でも――、


「ああー! くそ! なんで俺は何も出来ないんだよ!」


 目つぶしにでも時間稼ぎにでも何に使ってもいい。

 俺だって役に立ちたいと無謀に突っ込む。

 いつだって、俺はこれしか出来ない。


 生き返るからって、死を選ぶ。

 これが俺の出来ること――。

 違う。

 逃げているだけだ。

 この答えのない選択から。無力な自分を突きつけられている現実から。死ぬことで、挑むことで少しでも美化しようと。

 小賢しい浅知恵だ。

 自分の誇りでもなんでもない。


「馬鹿! 何してるんだよ!」


 向かってくる俺にカナツさんが叫ぶが、俺を庇う程余裕はないようだ。俺は渾身の体当たりを、眼帯の〈紫骨の亡霊〉にぶつけようとする。

一瞬でも、足止めしてみせる。

俺の強い思いは、軽々と吹き飛ばされた。


 吹き飛ばされた俺の背に、硬い衝撃が。

 ケインが枯れ木にぶつかったように、俺も何かに当たったようだ。でも、折れたりはしないところを見ると、枯れ木じゃなさそうだ。

 横たった体を傾けると、何にぶつかったのか確認できた。


〈戦柱(モノリス)〉だ。

 アサイド領の〈戦柱(モノリス)〉は、滅んだ領にあるのに頑丈だった。

 荒れた島でも黒く光沢を放っている。


 まともに動けるのはカナツさん一人。でも、三体の〈紫骨の亡霊〉相手じゃ、捕まるのも時間の問題だ。

 あー、くそ。

 やっぱり、偉そうに先輩を止めないで頼っておけばよかった。


 後悔するけどもう遅いか。

 このまま意識を手放せば、俺は死ぬだろう。そうすればいつものように畑で蘇る。きっと、カラマリ領に残った三人は俺を責めることはしないだろう。

 無理にでも行けば良かったと自分を責める。

 俺はいつも通りだ。


 甘い誘惑に負け、意識を手放さそうとするが、


「リョータ!!」


 諦める俺の耳に名前を呼ぶ声が聞こえた。

 俺を現実に引き寄せる叫び。

 ケインの声だった。

 薙刀を杖のようにして立ち上がる。


「頼む。俺に力を貸してくれ!」


「ケイン……」


「それとも、復讐とか言って、一撃で吹き飛ばされた俺に力を貸すのは嫌なのかよ!」


 その一撃はケインにとっても、命に関わる威力なはず。

 それでも俺に気丈に強がる。

 やれやれ。


「自分でそう言うこと言わないでよね。可哀相だから頑張りたくなるじゃないか」


 俺は〈戦柱(モノリス)〉を支えにして立ち上がる。

 どうやら、違う領の〈戦柱(モノリス)〉に触れることでも文字は浮かび上がるようだ。でも、この状況で、穴が開くほど読んだ説明文を見返そうとは思わない。

〈戦柱(モノリス)〉に背を預けてケインに聞く。


「で、死にそうな俺を呼んでどうするつもり?」


「はっ。やる事は一つしかないだろ?」


「だね……」


 ケインが何をしようとしているのか分からない。

 でも、どうせ諦めたんだ。

 最後にケインに任せることが、俺の正しい選択なんだろう。

 任せると言う行為が最大の逃げだしね。


 ケインが俺の元に歩み寄る。

 俺は何も言わずに自身の首を差し出した。

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