現実世界はスマートフォンとともに。

ちびまるフォイ

まるで将棋だな

「ご主人様」


「ん……」


「ご主人様、朝ですよ」


「……んぅぅ……なにぃ……?」


いやいやながら布団をはぎ取ると目の前に黒服の執事が立っていた。


「ええええ!? 誰ですか!? いつ入ったんですか!?

 というかなんですか!? え!? え!?」


「落ち着いてくださいご主人様。

 目覚ましをセットしたのはご主人様ですよね?」


「あ、めざまし……スマホは?」


「私がスマホですよ、ご主人様。HTCとお呼びください」


「えええええ!!」


その日、すべてのスマホが人になった。

外を歩いてみても、みんな当たり前に執事を連れている。


「フッ、iphoneのボクが妥協なんて許さないよ。

 さぁ今日も最高素敵で一番をひた走ろうじゃないか」


「xperiaの自分……不器用なんで……これしかできないっす」


「えぇ? アプリを使いたい?

 あたしそんなの聞いてないんだけどーー。つかできないしーー」


さまざまに個性的なスマホたちがいる。


すぐに乗り換えられるiphoneはプライドが高く、

背中にでかでかとロゴマークを見せびらかしているし


能力はあれどコミュニケーションが苦手なxperiaに、

必要以上のことはやりたがらない格安スマホ。


「みんな普通に使っているんだなぁ……」


「ご主人様、そろそろ通勤です」


「あ、うん。本当にスマホなんだね」


通勤電車に揺られているとみるみる執事の体が熱くなってきた。

額に触らなくても隣に座っているだけでわかってしまうほどに。


「ちょ、ちょっとどうしたの!? めっちゃ熱いんだけど!」


「ご主人様……はぁ……はぁ……

 じ、実はわたくし4年前の機種ですから……

 常駐アプリを走らせていると……風邪になって……熱が……ゴホッ!!」


慌てて近くの駅に降りてスマホを休ませる。


「どう? 落ち着いた?」


「はい……やっぱりもう年ですね……。

 乗り換えアプリを1つ起動させただけでいっぱいいっぱいです……」


スマホ執事をしたがるほかの人たちは当たり前に複数アプリを立ち上げている。

ホームのベンチで横たわっている人など誰もいない。


「ご主人様、そろそろ私もお仕事満了かと……」


「何言ってるの。そんな簡単に乗り換えるわけないじゃない」


「お気遣いは嬉しいのですが、私のせいでご主人様にご迷惑かけるのは

 お仕えしている身としては一番心苦しいのです」


「私はあなたが好きで従えているのよ」


「ご主人様……!」

「HTC……」



「もうすぐ遅刻します」



「それ早く言ってよぉぉ!!!」


慌てて到着した電車に飛び乗り、圧死寸前になりながら駅に到着。


「早くいかないと遅れちゃう!!」


点滅する信号を見ながら横断歩道をかけぬけたとき。


「ご主人様! あぶない!!」


執事の声で気付いた。

車のボンネットがすぐそばまで近づいていた。


ガシャッ!!


はね飛ばされたのは、私を突き飛ばして助けた執事だった。


「HTC!!!」


道路に転がる執事にかけよると顔にひびが入っていた。


「大丈夫、HTC!?」


「ご主人様が大事にカバーに包んでくださっていたから

 顔にひびが入った程度で済みました。

 でも、これでよかったです」


「よかった!? 何が!?」


「私はどこかで買い替えてもらえるタイミングを探していました……。

 顔が割れたスマホほど不格好なものはありません」


「HTC……」


「私の最後の仕事は、ご主人様の次のスマホを検索することですよ。

 今までお世話になりました。本当に。


 最初に出会ったとき、カバーを買ってもらったとき、

 あなたの写真を撮りためて思い出を共有できて本当に楽しかった……」


「……変えないよ」


「えっ?」


「買い替えない! 顔にひびが入ったってなによ!

 私は買い替えない! その程度じゃ私は買い替えない!!」


「ご主人様……!」


「ねぇHTC。私たちの絆ってそんなに浅いものじゃないのよ。

 時代遅れになっても不格好で笑われたとしても、あなたが大事」


「嬉しいです、ご主人様! これからもお仕えさせていただきます!」


一部始終を見ていた人とスマホたちが拍手を送った。






「ゴシュジンサマ、会社カラ、オ電話デス」


私のガラケーが伝える。


別にスマホが壊れたとしてもガラケーさえあれば

まったく生活に支障がないこと、まだHTCには話していない。

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