アルタ群島(6)「メム・Ⅵ」

~これまでのおはなし~


 異世界に転生したら、すごくかわいい女の子(メム)に「変態」と罵られたけど、家にお呼ばれしたので行ったら、クッソボロ家で、でも魔法使いの部屋っぽいとこがあって、そこで興奮してキャッキャキャッキャしてたら、人骨を発見してyabai。





「ギャピィィィィィィィィィィーーーーッ!!」


 と、恐怖のあまり叫んだのは幸い、心の中でのことである。

 涙目の俺(レベル1・よわい)の前、戸口にはジト目のメム(レベル22・つよい)が立っていた。


「こら、ショウくん」

「めっ! めめめ、メムさん!?」


 勝ち目なし逃げ道なし職なし甲斐性なし。

 またしても失禁しそうである。

 つか、異世界に来てから、勃起と尿漏れ危機とをひたすら繰り返しているな我が愚息は。


「なにしてる」

「あ……えっとあの、あの……」言い訳なにか。「トイレを探しておりましてだから別に」


 今ちょうど漏らしそうだから、あながち嘘でもなかった。


「こっちの部屋はダメ」

「そそそそうなんですねいやあーまちがえちゃったなあーひえーオイラ何も見ていないですぞ何も」

「せんせの部屋だから、勝手にはいっちゃいけないの」


 存外、のんびりした口調だった。


「おトイレいきたいなら、つれていく」


 取って食われるかと思い焦る俺をよそに、さほど剣呑な雰囲気でもない。


「そ、そうなの?」

「こっち。はやく出る」

「お、押忍……」


 改めてメムを見ると、ちょっと怒った様子ながら、やっぱりめちゃ可愛い。

 ぷくんと膨れた柔らかそうなほっぺたを、ぷにぷにつつきたくなる。

 人食い鬼の類にはとても見えませんよ。

 いい匂い。


(このレベルの美少女になら食い殺されてもいいかな……)


 意外と、きもてぃーかもしれないよ……?


 早々と気の迷いが起こる中、メムの後に続いて元のダイニングキッチンに向かう。


「せんせの部屋は、メムにはわからない大切なものがいろいろ置いてある」

「あ、ハイ……」

「勝手にさわったら、せんせにおこられる」

「え。触っただけで?」

「うん」

「……」

「せんせはおこったら、すごくこわい。メムはそれで、ごはんぬきになったことが何度もある」

「…………」


 チラリと首だけで振り返るも、先ほどまで燃えていたスクロールは既に影も形もなくなっていた。

 すごい証拠隠滅っぷりである。

 はじめから存在していたのかすら疑わしい。


(触るどころか、燃やしちゃったよ)


 バレたらまずいよなあ……。

 飯抜き程度で済むとは思えなかった。


(俺もあの骨の仲間入りするのかなあ……)


 それだけはご勘弁いただきたいところだ。



   ◇



 で、便所にいた。

 律儀にもメムネアに案内されたのである。

 家の奥まった場所にある個室であった。


「ふむ……」


 俺は、己が状況も忘れ、感心していた。


 中世ヨーロッパといえば、トイレが最悪なことで知られている。

 大小便を溜めて、捨てる。

 それだけの機能しかない『おまる』が広く使われていた時代である。

 窓からうんこを投げ捨てろ。

 意識高い系SNS女子の「旅行に行きたい国ランキング」上位勢たる、おフランス、おイギリス、おイタリア、おドイツ、おスペインの美麗な街並も、一歩足を踏み入れればそこはぬるぬる糞便ふんべんズワールドだったことは、ファンタジー大好きオタなら誰もが知っている。汚フランス。

 古代ローマ時代には既に水の流れを利用した近代的なトイレが存在していたというのに、中世ヨーロッパにはその技術・文化は継承されなかった。

 民衆は、勇者TOTOの降臨を待ちわび、アンモニア臭に溢れた辛い日々を送っていたのである。


 にも関わらず、「中世欧州風」とケイジ(神様)が評していたはずのこの世界の便所はどうだ。

 便器は、現代洋式スタンダードに近い形状の陶器製。

 室内にも強い臭気は特になし。

 さすがに意識高い系SNS女子が寝室感覚で飾り付けたかのような花柄レース便座カバーも、観葉植物も、小洒落こじゃれたデザインの芳香剤も無く、石床の上、単に剥き出しの便器がどん!とあるだけだが、予想のずっと上をいく清潔さである。

 さっきのスラム丸出しの部屋からは想像もつかない水準のトイレだ。

 これなら不安なく、JKJDも異世界に転生できるんじゃないかな。セルフィ棒片手に一度おいでよ。


「すげえな異世界」


 街中なら下水道とかあるのかもしれないが、ここは一軒家である。

 それでこれなら、この世界は便所技術においては相当のレベルにあるのかもしれない。


 まあ、排泄した汚物は部屋の隅に置かれた水差しを使って流すらしく、アナログな部分もあるにはあったが、そこまで期待するのは高望みというものだろう。

 むしろ、流れた先でうんこはどうなっているのか、地下下水設備の仕組みに興味の湧く話である。


「……まあ、今はいいか」


 現代日本のものに便器の形状に思うところはあったが、今はそれよりも優先して考えるべきことがあった。

 つまり、今後のことである。


「どうすっかな」


 バンダナペニスサックを脱ぐと、放尿モードに入りつつ思考を巡らせる。


 現状、俺の行動方針は、こういう優先順位になっているはずだ。


1、元の世界に帰る

2、この世界で生き抜く


 1に必要なのは、「情報」である。

 どうすれば帰還できるのか、手段が分からなければ実行することもできない。

 だが、恐らくこの情報収集には時間がかかる。よって、本来優先順位は一番高いのだが、目下目指せるものではなく、消極的理由ながら優先順位も下げざるを得ない。


 2に必要なのは、「生活の確立」である。

 これは、衣食住の安定的確保、と言い換えることができる。


 以前にも思ったが、ぬるま湯日本で純粋培養された貧弱な坊やたる俺に文明社会から離れてのサバイバルは不可能だろう。

 となると、「俺が参加可能な社会を見つけ」「その中でできる役割を探し」「コミュニティの中で社会生活を送る」のが目標となる。


 種族的こだわりはないので受け入れてさえくれるならコミュニティが人間社会でなくても構わないし、居住地は都会だろうが田舎だろうがそこは現状気にしない。(都会の方が、俺にもできることは多そうだが)

 暖かい屋根の下で暮らせて、毎日メシが食えるならばとりあえずOK。たまに酒を口にできる程度のとこまでいければ万々歳だろう。

 山頂全裸スタートだったわけだしな。


 従って、結局こちらも「情報」が必要となってくる。

 この世界についての基本情報なしでは、コミュニティを探すことも、仕事を見つけることも、不可能であるに違いない。


 ただし「生活」には、こうした行動方針……将来への道筋についての話とは別に、近々きんきんに迫る問題が常につきまとう。

 要するに、「明日食べるパンをどうするか」という話。


 人生はクソゲーだ。

 「空腹度」とか「重量」とか、細かいパラメーターにこだわりすぎてプレイが全然楽しくなくなってる洋ゲーRPGがあったりするが、リアルの生命活動には負のパラメーター設定がそれ以上に沢山存在する。

 飢えや渇きの問題は、こうしている今も俺を蝕んでいるのだ。

 全ての行動は、これらを片付けつつ行うことが前提となるわけで、なんのことはない、メシはなにより優先されるものとなる。

 腹が減っては戦はインポッシブル。


 整理すると、優先順位はこう変わる。


1、日々の糧を得る

2、その日暮らし脱出に繋がる情報を集める

3、元の世界に帰る情報を集める


「なるほど」


 まとめはしたけど、「その日暮らしをしながら情報を集める」ってだけの話だなこれ。

 まとめるまでもなかった。


 で、当面の生活に対する解決策なんだが、メムという少女に出会えた幸運にしがみついてしがみついて、メムのスネを囓りまくるいっそメムのヒモになりたい犬と呼ばれたい、と思っていた。数刻前までは。


 問題は、あの人骨である。

 この家の主というのは、大丈夫なのだろうか……?

 あくのまほうつかいなのでは。

 今、運良く留守にしているようだが、さっさと逃げ出した方がいいのだろうか?

 Falloutシリーズだと「胡散臭いクエストだな~」と感じたらまあ大体建物の中でゴアバッグ(人の死体が詰まった袋)を発見することになるのだが、今の俺ってそういう状況なんだろうか。


 わからん……。


 とりあえず、メムさんは友好的だし、彼女は大丈夫だろう。

 となれば、彼女と話してできるだけ情報を引き出すのが吉。なのかな……。



   ◇



「これを着るといい」


 部屋に戻ると、メムが服を用意してくれていた。


「おお……」


 白い長衣ローブだった。

 年代物なのか、割とくたくただ。

 元はピカピカの純白だったのでは、と思われたが、今は結構くすんだ色をしている。

 まあ、あまり立派な服だとかえって落ち着かないので、これはこれで問題ないけどね。ローマ法王様(白の祭服がトレードマーク)みたいに偉い人ならともかく、俺はどこにでもいるただの仮性包茎だしね。


「家のなか、だいぶさがしたけど、ショウくんにあう服がぜんぜんなかった」

「いや、嬉しいよ。ありがとう」

「パンツもなかった」

「い、いや。お気になさらず」


 これでも何気に試行錯誤して、ペニスサックの結び方・包み方のバリエーションが増えてきてるので大丈夫ですよ。


 お礼を言うと、「ん」と、はにかんでみせる銀髪ロリ。ええ子やなあ。

 早速、長衣に袖を通してみる。


「おお。思ったより柔らかいのなこれ」


 年季の入った品ではあったが、生地や仕立ては上等で、肌触りは優しかった。

 バスローブみたいな着心地である。

 本当は内側に着るシャツなりも欲しいところだが、きっちり前を帯留めさえすれば、この姿でマックにてりやきバーガーセット買いに行ってもポリスメンが飛んで来ることはないだろう。(変な人が来たとは思われるだろうが)これだけで文明度は飛躍的に向上した。


「うん」


 見つめるメムさんも、何やら満足げである。


「へー。この服フードもついてるのか。いいな」


 めっちゃ魔法使いっぽくない?

 嬉しいっすわ。

 ガノタ(×ガンダムオタク ○ガンダルフオタク)の俺氏も「こうなると白もいいよね」と満足げな模様。まあ灰色の方が好きだけどね。(←面倒くさい脱線をはじめたぞ)

 サイズに遊びのある服だからか、体に合わないということもないし、急場しのぎというより、今後普段着としてもこの手の格好をしていこうかなと思わせてくれる逸品である。


 つか俺、楽に着られる服が好きなのよね。

 なにしろ、高校大学を卒業後もジャージをわざわざ購入して、家で着る部屋着は専らそれにしてたからね。

 ジャージ最高。

 異世界にジャージがあればなあ。俺ジャージ魔術師を目指すのに。

 ダメか? 田舎ヤンキーみたいになっちゃうか? イギリスのChavとか。


(あれ?)


 生地と同じ白の保護色なので分かりにくかったが、よく見ると長衣の袖に花柄の刺繍が入っていた。

 もしかしてだけど、これ女物の服じゃね?


「なあ、この服の前の持ち主…………って、メム。どこか行くのか?」


 ウキウキしている俺をよそに、いつの間にかメムが身支度をしている。

 外套を羽織り直していた。


「うん。メムは、すこし出かける」


 そして、どこか俺の様子を伺うかのような、奇妙な目。


「ショウくん、おるすばんしてて」

「いやお前そんな、出会ったばかりの相手を残して行くとか、不用心すぎるだろ」


 不審者を家に招いて自分はおでかけとか、どんだけだよ。

 日本安全神話はもう崩れているのですぞ。幼女殿下。


「ショウくんは、どろぼうさん?」

「……違うけど」

「じゃあへいき。すぐかえるから、しんぱいしないで」

「ていうか、どこ行くんだよ」

「置いたままのブタさんをとりにいく。はやくしないと夜になる」


 どうやらフォレストボアの死体を持ち帰るつもりらしい。

 確かに後で取りに行くと言ってたな。

 どうするんだろ。捌いて食べるのかな。


「あんな重そうなの一人じゃ無理だろ。俺も手伝いに行くよ」

「いい」

「いやでも」

「へいき」

「……」


 足手まといかな?


「あしでまといだから」

「Oh……リアルに言われたよ」

「なにか?」


 くりくりとした瞳で見上げてくる小娘さん。

 華奢な体つきだった。

 この小柄な少女が何人合わされば、あのイノシシ一頭分の重さになるのだろう。


「メムって、そんなに力があるのか? 確かに俺よりは強そうな気もするけどさ」

「ううん。そうじゃない。これがあるから」


 手を出した。

 相変わらず黒々とした指の色にぎょっとしそうになるが、そこに嵌った指輪を見せたいのだと分かる。

 皮製だろうか。

 蛇とも蜥蜴ともつかぬ毒々しい鱗。

 貴金属の類は一切使われておらず、高価な品には見えなかった。つかキモイデザインだ。


「これが、メムをちからもちにしてくれる」

「ほほう」


 マジックアイテムですか。

 またしても厨二心くすぐられますぞ。ぼくもそういうの欲しい。


「あ、待った」


 唐突に、やべえことに気付いた。


「メムがいない時に人が訪ねて来たらどうすんだよ。やっぱ俺も行く」


 俺がそう言うと、メムは少し寂しそうに首を振った。


「ううん。たぶん、だれもこないからいい」

「いやいや、そうじゃないわよ。『先生』が帰ってくる可能性があるじゃないのよ。俺一人で鉢合わせしちゃったらどうするのよ」


 オカマになって必死に強弁する。


「せんせも、すぐはもどらないはず。昨日でてったばかりだから」

「あ、そうなの。へぇー……そうなの。ふぅーーん。そうなんだァ……」


 突然無職は妙に元気になったという。何故だろうね。


 んじゃあまあ、いいかァ。

 ゆっくりさせてもらいますかァ。

 なんだかんだ歩いて結構疲れてるしィ。

 つかちょっとねみィ。


 と、クズ思考丸出しになったが、美少女を働かせて俺はぼんやりとか最低すぎるだろ。

 働かざる者食うべからずですぞ。


「じゃあ、なんか家の手伝いとか仕事あったら言ってくれよ。やっとくから」

「てつだい?」

「そう。掃除でもなんでもいいぞ」

「うー……」


 きょろきょろしている。


「じゃあ、井戸からお水をくんできておいてほしい」


 水瓶を指さしつつ、言った。


「よし。任せろ。お安いご用だ」

「うん」


 メムは、小さく頷いた。

 優しそうな目。

 そのまま、外套のフードを被る。


 屋外から今も尚続く淡い雨音。

 少女は戸口へ向かい、そして、不意に立ち止まった。

 振り返る。


「ショウくん」

「あいよ」

「……」

「……ん?」

「ショウくん」

「なんだよ」


 なんで二回名前呼んだ?


「どっかいっちゃ、やだからね」

「ん? ああ」

「ちゃんとおるすばん、しててね」

「おう」

「ぜったいだよ」


 奇妙に、愁眉しゅうびの韻を含んだ呟きだった。


「そんなに念を押さなくても大丈夫だ。俺は、行く宛無しだからな」

「ん……」


 それで、少女のまなじりが下がる。

 まるで、眩しいものを見るかのように目を細める。


 嬉しそうなはにかみを残して、メムネアは出て行った。

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