第3話 3

 



 桃子ちゃんたちと一旦お家に帰ったあと、お砂糖が少ないのに気付いて、一人商店街に赴いた。

 島の反対側に大きな商業施設もあるけれど、バスに乗るか留衣ちゃんに車を出して貰わないとならない距離だ。普段はこの商店街と、コンビニで済ましてしまう。ちなみにコンビニも二十四時間営業じゃないから、最初は驚いた。

 スーパーでお買い物を済ませて、お気に入りのトートバッグにお砂糖を入れると、窓ガラスの向こうに九鬼くんの姿が見えた。

 わたしの気付いたタイミングで、九鬼くんも気付いたみたい。一瞬驚いた顔をしていたけど、すぐいつものキラキラした笑顔になる。

 ――ふわぁ、かっこいいなぁ。

 急いでスーパーから出て、九鬼くんを追う。

「九鬼くんっ」

 九鬼くんはその場で待っててくれた。

「今朝といい、また奇遇だね」

「ほ、ほんと奇遇だね」

 二人で会うの、初めてかもしれない。胸がきゅって締めつけられて、くすぐったい。

「お嬢さんさえよければお茶でもどうかな。帰りは送るよ」

 王子様みたいに手を差し伸べられる。

 ――お夕飯の支度途中だけど……少しならいいかな?

 わたしは肯くと、九鬼くんの手を取った。

 家と反対のほうへ歩いていくと、商店街を抜けて暫くしてから、九鬼くんからではない薔薇の匂いが濃くなってきた。

 なんだか夢を見てるみたいで、足元がふわふわしている。九鬼くんの手が無かったら、飛んでいってしまえるような気がする。

「ようこそ」

「お邪魔します」

 薔薇のアーチに迎えられて、九鬼くんのお家へとお邪魔する。お庭もだけど、建物も西洋風の印象を受ける。

 お庭にある鉄製のガーデンチェアに案内されて、九鬼くんはお家へと入っていった。

 お庭のどこも手入れが行き届いていて、春と夏の色んなお花が咲き乱れている。絵本の世界みたいで、思わず甘いため息がこぼれる。

 素敵だなぁ。ここに住みたいなぁ。

「気に入って頂けたかな」

「はい、すっごく!」

「ふふ、元気だね」

 九鬼くんは慣れた手つきで、チェアと同じ鉄製のテーブルに、ソーサーとカップ、ティースプーンを置いていく。手伝おうと手を伸ばしたら、柔らかく断られた。

 カップに注がれた淡い夕焼け色の紅茶に、はちみつの香りが混ざる。

「ローズヒップティーだよ。はちみつはお好みで足してどうぞ」

「いただきます」

 向かいに腰を下ろした九鬼くんが肘をついて、手の甲にほっそりした顎を乗せた。

「どうかな」

「おいしいです」

 口いっぱいに広がる酸味を、はちみつがやわらかくしてくれる。

 九鬼くんがにっこり笑った。

「よかったら、今度桃子さんともおいで」

 わたしが力強く肯くと、九鬼くんの笑顔が少し歪んだ。

「どうやって鬼藤を飼いならしたのか聞かねば」

「え?」

「ん? どうかしたかい?」

 ――聞かなかったことにしよう。

 それからお茶を飲み干すまで、九鬼くんと楽しくお話して、お家の近くまで送ってもらった。


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