第2話 2


「今日の二限目は席替えをしようと思う。それから、残った役員を決めていなかったな。委員長、進行してもらえるか」

 桃子が教壇へ上がると、それまで思い思いに彷徨っていた視線は一点へと集中した。

「じゃあ、役員から決めようか。鬼藤くん、手伝って」

「はあ?」

 オレは教室の一番後ろの席を陣取っている。桃子とは最も遠い位置。

 なんでオレが? そうガンを飛ばすが、桃子は決して逸らしたりしない。

 ――それどころか、睨み返してくる。

「副委員長でしょ」

 仕方なく、首の後ろを掻きながら、教壇へ向かう。桃子はチョークをオレに手渡すと、顔をほころばせた。

 昨日、自分に向かってボールを投げつけたヤツによくそんな表情ができるな、と桃子と反対にオレの表情は曇っていくばかりだ。

「それじゃあ、女子から副委員長を一人と、書記と、それから――」

 指を折りながら数える彼女の、くるくると変わる表情。

 ドッジボールでは、オレの投げる球を必死に避けながら、常に形勢を窺っていた。その眼の強さ。獲物の隙を窺う、獰猛な獣みたいな表情をしていた。

 ――同じ人間、だよな。

 ふいにそんなことを考えて、バカバカしいと息を吐いた。

 教室のなかがざわめきで満ちる。

 どんな面白そうな会話も、今、オレの耳にはノイズにしか聞こえない。

 その中から桃子の声を、逃さないように拾い上げて、オレは黒板に時間をかけて丁寧に書いていった。

 淡々と役職が割り振られていく。

 書記に猿がいて、女子の副委員は鏡花がなった。……あとはまあ、なるべくしてなったように思う。

 ――めんどくせぇ。帰りてぇ。

 イライラが募り、つい力を入れすぎて、持っていたチョークが砕けた。白い粉がはらはらと舞っている。袖に付いたのを、乱暴に払った。

「よろしくな、鬼藤くん」

 顔を覗き込むように猿がやってきて、オレは一歩引いた。

 オレの引きつった顔を見るなり、ヤツはニタリと笑った。

「チッ」

 顔を背けると、今度は桃子が視界に納まる。いつの間にか四方八方にストレスの根源がいる。

「スムーズに決まったし、席替えもそのまま決めようかなって思います」

 桃子が了承を得ようと視線を送ると、先生が肯いた。

 また、教室内が葉擦れのようにざわめきだす。

 席によってグループが決まるから、夏までのモチベーションが変わってくる。

 梅雨明けには二年生にとって最初のイベント、歩行祭があるからだ。

 オレはコイツ等と一緒じゃなければ誰でもいい、と桃子と猿が一緒のグループにならないことを願った。ふと見ると、その桃子が、手元にある資料で口許を隠しているのに気付いた。……笑ってる、のか?

 猿がオレの書いた役職を消すと、黒板に丁寧に教室にある机分のマスを書いていく。

 鏡花と桃子が次の進行について楽しげに話している。

 その光景が、なんだか、気持ち悪かった。

 桃子と猿が、自然とここに立っていることに、誰も違和感を持たないのか。

 オレだけが感じているのだろうか。

 ――なんて、居心地が悪い。

 クジで席が決まっていく中、オレは自分の分を引くと、教室を出て行った。

「鬼藤くん!!」

 桃子の声がオレの背を追ってくる。それを振り払うようにオレは歩みを速めた。


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