Peach!!
美澄 そら
プロローグ
むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがおりました。
おじいさんは芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に。川で洗濯をしていると大きな桃が流れてきて――
まあ、どこにでもある話さ。
桃から生まれた桃太郎さんは、鬼ヶ島で鬼退治をして、村に帰ったあと幸せに過ごしました。結婚もして、子供も出来て、子孫は代々栄えて、財閥なんか築きあげちゃって、誰もが羨む一族へとなっていった。
そしてオレはその桃太郎さんの
今は目の前にいる、この桃太郎さんの末裔の桃之助さんに仕えている。
というのも、先祖代々桃太郎の家に仕えていて、現在もオレの親父が桃之助の親父に仕えているからであって、好き好んでこいつに仕えようと思った訳ではない。
「んで、今日はなんの御用事ですかね」
立派な生徒会室に備えられた革張りのソファ。向かい側に長い足を組んで桃之助が座る。促されてどっかりと腰を下ろすと、後から来たキジの末裔、
三人を揃えるなんて珍しい。珍しいということは、ろくでもないことを企んでいるに違いない。
常に無表情のキジはともかく、犬はだいぶ緊張しているのが窺える。
「妹の桃子のことだ」
桃子とは桃之助の妹君で、一族では珍しく冴えないお人柄だ。両親とこの兄に過保護に育てられたため、オレはお姫さんなんて呼んでいる。
「桃子ちゃんがどうしたんですか?」
犬が小首を傾げる。
可愛い顔に柔らかそうな雰囲気が男子には人気なのだろうが、それを逆手にとって益々甘ったるい雰囲気を出している。どんくさいお姫さんも苦手だが、こいつのあざとさもオレは苦手。
桃之助は、女子が騒ぎ立てるほどの美麗な顔を歪めて肯いた。
同時にオレは顔を引き攣らせた。
彼はいわゆるシスターコンプレックスである。しかもかなり度を越えた。十六歳を迎えたお姫さんが転んで膝すりむいただけで救急車を呼びかけて大騒ぎする始末だ。
「桃子が友人と上手くいっていないということは、最近三人に調べてもらったばかりだったが――桃子がついに自身で解決を試みているらしいんだ」
「なんだ、喜ばしいことじゃないですか」
オレはこの話を早々にまとめて教室に戻りたい。終わり終わりーと席を立とうと腰をずらしたその瞬間、ぬらりとにび色がきらめいて頬を掠めた。それはかつてお侍さんが腰に差して歩いたもの。
「喜ばしい……だと?」
ああああ、なんでこの人いっつも真剣持って歩いてるんだろうなぁ! 銃刀法違反で早く捕まらないかなぁ!! そして、それ以上に、辺り一面を凍てつかせそうなその眼光に汗が止まらない。
「いえ、なんでもないです」
日本語覚えたての外国人みたいな発音でオレが返すと、やっと刀は鞘へと収まった。
「――桃子が、転校すると言っている」
「ええ! わたし聞いてない!」
犬がきゃんきゃんと喚くと、桃之助は優しく頭を撫でた。
これって性別差別? それとも動物差別?
「そう、桃子は誰にも言うことなく転校を謀っていたのだ。父さんや母さんも昨日やっとその話を聞いたらしい」
「隣の女子校とかじゃなくて? あそこなら、元々桃之助が勧めてたじゃないか」
どうせ、いつもの話を大きくしているだけだろう。
オレも、キジも……恐らく犬だってそう思っていたに違いない。
「……しま、だ」
「は?」
「鬼ヶ島高校だ」
絶句。
東京からどのくらい離れてんの。どこの県にあるの。
「もう編入試験も受けて、四月から正式に移れる準備をしているらしい」
「え? あのじめじめか弱い姫さんがもうそこまで準備したの? ひとりで?」
ぎろりと睨まれて、咳で濁す。
「手続きに誰が手を貸したか、そこは最早問題ではない。私の手の届かないところに行ってしまったら、誰が桃子を守る」
もう長い付き合いのせいで、彼の言わんとすることが手にとるようにわかってしまうのが悲しい。
「護衛に付け、というお話であるならばお断りします」
それまで口を閉ざしていたキジが、はっきり一言発した。
「我々はあくまで貴方様に付き従い、守る契約。桃子様には今まで通りガードマンを付けるのがよろしいかと」
オレもそれに賛成。
「普通の高校ならそうするさ。だが、鬼ヶ島は祖先との怨恨が残る地。表面上は過去のことと和解されているとはいえ、鬼たちの中の
どんな些細なことであれ、桃子を危険に晒したくない。――お前たちを動かすのは、私が何よりも信用を寄せているからだ」
なんとまあ……この人のこうも素で恥ずかしいこと言えちゃうの、ずるいよな。
キジの口すらも――未だ内心不満で燻ってはいるものの――封じてしまった。
「わたし、行く!!」
犬は桃子とも仲がいい。手は拳を握っているし、やる気がみなぎっているのは傍目にも明らかだ。
「……それが、貴方様の願いならばしかたありませんね」
キジも渋々肯く。
――あーあ。これで反対勢力は壊滅な訳か。
「はいはい、行きますよ」
こうして、可愛い可愛い桃子姫の冒険が幕を開けてしまった訳である。
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