最終話
壁も天井もない。部屋と呼んでいいのかも分からない空間に、2人の男性がいた。片方の、白スーツの男性が口を開く。
「いやいや、ちょっと脅かしすぎましたかね」
その言葉にもう1人の男性は困ったように笑いながら頷いた。
「そうですね。でも、灯にはよく効いたかもしれません。ありがとうございました」
パッと浮かび上がった映像の中にいるカップルは、とても仲睦まじそうに笑っていた。
「苦労して探した甲斐がありましたねぇ。それにしても本当によかったのですか?貴方の生前の行いは極めて良好。私の上司も貴方と彼女が定期的に会うことは許可しています。また彼女がどうしようもなくなった時、ここで会って助けることができるというのに...」
男性は首を横に振る。
「それだとまた僕に頼ってしまうから。それじゃあ灯は前に進めなくなります。きっと大丈夫。これで...いいんです」
男性ははっきりと言うが、どこか悲しげだった。
「......素晴らしい!貴方のおかげで、きっと彼女にはこれから素敵な人生が待っていることでしょう」
白スーツの男性は大げさに体を動かして言うと、指をパチンと鳴らした。
「これは特別サービスです」
あれから2年が経った。悠斗を失った悲しみは癒えたが、ふとした時に思い出してしまうのは否定できなかった。それでも、彼がそれほど大切な存在だったのだと、そう思いながら生活していた。貰った腕時計は肌身離さずに持っていたが、ほとんどデザインを褒めてくれる人はいなかった。やっぱり悠斗のセンスは悪いらしい。そう思うと少し笑えてくるが、反面寂しい思いもあった。
「灯。今夜合コンあるんだけど来ない?可愛い子連れて来いって言われててさー」
友人に誘われるが私は即答する。
「ごめん、行かない」
すると彼女は呆れた様子で続けた。
「気持ちは分かるけどさ、いつまでもそんなんじゃ悠斗君に怒られるよ?」
「分かってるけど...。ごめん」
私の様子を見た彼女は、もう無理に勧めては来なかった。
「...わかった。じゃあまた今度ね」
彼女は別の候補を探しにどこかへ行ってしまう。
「......ふぅ」
彼女の言っていることはよく分かっていた。きっと合コンでもなんで行って、新しい恋人を見つけてしまった方が楽なのだ。でもそれはできなかった。
(これじゃあ本当に怒られちゃうね)
そんな時別の友人からメッセージが届いた。内容は紹介したい男性がいるというとものだった。きっと彼女たちなりに私を元気づけようとしているのだろう。私も前を向かなくてはいけない。
約束の場所に着くと、私を見つけた友人はぶんぶんと手を振っていた。隣には細身の男性がいる。
「灯ー!」
私も手を振りながら近づくと、こちらに気づいた男性は私の方を向いて微笑んだ。私は足を止める。
(悠...斗?)
「おーい」
彼女の声で私は我に返る。男性の方を見るが、そこまで似ているわけでもなかった。きっと細身で優しげな様子の彼に、重ねて見てしまったに違いない。
「この人は友樹君。高校の頃の同級生だったの。それでこっちは灯ね。それじゃ!」
友人は彼と私をささっと紹介すると、私たちを置いて行ってしまった。
「「ちょっと!」」
制止する声も気にせず、彼女の背中はどんどんと遠くなっていく。
「行っちゃった...」
唖然とする私に彼は困ったように笑って言う。
「なんかすいません。紹介したい子がいるって半ば無理やり連れて来られちゃって。はじめまして...ですよね?なんだか何度も会ったことがあるような気がして」
「はじめまして...だと思います。でも私も初めてじゃない気がして。気のせいですよね」
お互いに変な挨拶になってしまい、気まずい雰囲気が漂う。それでも彼は明るく話しかけようとしてくれた。
「せっかくなのでカフェにでも入りましょう」
私は頷く。少し話しただけでも、きっと彼はとてもいい人なのだと思った。それにとても緊張しているようだ。私はそれを可愛く思えて、自然と笑顔になっていた。
会話を楽しんでいると、何かに気がついた彼は、私の左手首を指差してにっこりと笑った。
「この時計いいデザインですね。灯さんにとっても似合ってます!」
〜おしまい〜
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