第2話Prince and the Healer

 ***


 翌日の早朝、まだ凍えるような寒さが支配する静寂の中、それを打ち破るように一人の男が城の筆頭執事に城一の薬師に至急来てもらうように懇願する声が響いた。

 ただ事でない様子に少し動揺しながらも筆頭執事は男の身分を確認する。


「あなたはどこの誰です?」


 問われた男は、なんとか息を整えながら返事をする。


「わた、わたしは庭師のソメイユと申します。」


「で、病人というのは誰なのです?」


 その問いに、一瞬グッと息を詰まらせながらもソメイユという庭師は病人の名前を吐き出す。


「そ、れが! 白雪姫様なのです!」


 その答えに筆頭執事が愕然とする。


「なっ!」


「今、息も絶え絶えで本当に命が危ない状態なのです! どうか! どうか、早く薬師様を!」


 ソメイユが言い終わる前に筆頭執事は駆け出した。


 ***


 庭師の家の中、荒い息が響く。

 薬師が器具を動かす音が止まり、周りが薬師の言葉を待つ。

 ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。


「これは……、一見ただの風邪に見えますが……」


 そう言って、言葉を詰まらせた薬師に続きを促すイライラとした声がかぶさる。


「早く言いなさい、いつまで私を待たせるの」


 そんな王妃の隣に立っていた王が抑えるようになだめる。


「落ち着きなさい。それで? 薬師よ、どうなのだね?」


 王に促され薬師はゆっくりと口を開く。


「よく、わからないのです。」


「は?」


「ですから、見たことのない病気でして……。」


 その言葉に絶句する王妃。


「なん、ですって!? 国一番の薬師であるあなたが! そんなヘタレなことを言うなんて! 見損なったわ! あ」


 その続きを言う前に医師が爆発するように王妃に言葉を向ける。


「わたしもなんとかしたいのです! ですが! 見たことがないのです! このような喉の奥が湿疹のようになって熱が出ている、それに肺がきちんと酸素を取り込んでいない、こんな病状なんて!」


 王妃はそのまま言い返そうとはたと何かに気がついたように薬師に聞き返す。


「あなた今なんて?」


「ですから、見たことないんです!」


「違うわよ!」


 苛立ったように、王妃が言い返す。


「症状よ! なんて言ったの!」


 そう言う王妃に戸惑ったように薬師も言い直す。


「え、ですから、喉の奥が湿疹のようになっており、熱が出ている、そして肺がきちんと酸素を取り込んでいない、と」


「それよ!」


 王妃が嬉々として声を上げる。それを見た、王が王妃に問いかける。


「どう言うことだい?」


「私知っていますの! この症状間違いありませんわ! 私の国で流行していたことがある病ですわ!」


 それを聞いた薬師が目を見開く。


「誠ですか!? なんと! では、対処はどのようにすれば!」


 そう聞かれ、王妃はぐっと詰まる。


「知らないわ。でも、こちらの国の薬師が来るまでの間にすることでしたら、知っておりますわ。」


 王が続きを促す。


「どうすればいいのかね?」


「塩水を飲ませるのです。コップ一杯水の中に塩ひとつまみ入れたもの、それを飲ませれば、幾分かは楽になるはずですわ。それを二十分おきに飲ませるのです」


 その言葉にすぐに周りで見守っていた七人の庭師達が動き出す。台所に競い合うように向かう。ゴンゴン、ジャーと音を出しつつも用意はできているのだろう。

 音を背に王妃が王の方を向く。王も王妃を見つめ返す。


「陛下、私の甥を城に呼び出してもよろしいですか」


「ああ、確か今こちらの大学に留学しているのだったね。お願いするよ。」


 そう王が重々しく了承すると王妃はスカートを翻して、城の中へと戻る道へとついた。


 ***


「まったく! どうして、私がここまでしてあげなくてはいけないのかしら? 本当に! なんて、手のかかる子なのかしら!」


 使者に持たせるための手紙を書きながらも、白雪への文句が口から溢れ出る。


「本当に、髪を切られたぐらいで城から出たかと思ったら……今度は、病ですって? 本当になんなのかしら、あの子は! 本当に、本当に……」


 扉の開閉する音がして、後ろに控えていたスヴェラが退室したのを知る。

 その途端何かが目の淵から溢れたのを感じた。紙に溢れてしまったのを、手元にあるハンカチでポンポンと拭き取る。しかし第二、第三のものが続きそうになり、みなもとである両目にハンカチを押さえつけることで、溢れるのを止めようとするが、じんわりとハンカチが湿っていくだけであった。


「マリージェンヌ……、あなたの子はあなたそっくりですわ」


 そう言うと、まぶたの裏で凛とした女性が静かに微笑んだ気がした。


 ***


 手紙を送って、二時間ほど待つと私の甥が来たとの知らせが来た。

 すぐに通すように言うと待つまでもなく、甥が部屋に通された。


「叔母上、お久しぶりです」


「ええ、そうね。ところで……」


「はい、一緒に参りました。ご安心ください」


 甥のさらりとした金髪が揺れて、碧の目が自身の後ろを指す。

 後ろには夕焼け色の髪をして、肩にそれなりの荷物が入る鞄を掛けた甥と同年代の男が立っていた。ちなみに甥は今年で十九歳だ。


「薬師のソレイル・アンバレルです。お目にかかれて光栄至極にございます」


 そう言って、ソレイルと名乗った薬師が片膝をついて首を垂れる。


「アンバレル家といえば、あの優秀な薬師を排出する伯爵家ですわね」


「王妃に知っていただけていたとは。当主に変わりましてお礼申し上げます」


 そんなことを言う夕焼け色の髪を見て、ふん、と息を漏らす。


「あなたは、確か次期当主でしたわね。せいぜい白雪の病を治して、自分の地位を不動なものにしておきなさい」


「かしこまりました。それでは、白雪様はいずこに?」


 問いかけるソレイルに、女官を呼び出し案内を任せる。


「白雪は自室に移したわ。……私も行きますので」


 三人で連れ立って、白雪の部屋を目指す。

 歩いていると、甥が口を開いた。


「しかし、この国でもあのプモン・ラ・モウ病が発症する人がいるとは思いもしませんでしたね、叔母上」


「そうですわね。私たちの国でしか発症したことがなかったものですから、知らない人も多かったのでしょう。この国でも、これから流行する可能性があると思いますわね」


 対策を頭の中で巡らせる。が、その考えを遮るように甥が話を続ける。


「ねえ、叔母上」


「何かしら、グレルラージュ殿下」


 甥をそう呼ぶと彼は顔をしかめる。


「叔母上、殿下はやめませんか? せっかくの他国なのですし」


「では、グリムでいいですわね」


 それを聞くと少し渋そうにしながらも甥は了承する。


「それ、私が小さい頃のあだ名じゃないですか。」


「殿下と呼ばれるより、いいのではありません?」


 そう言うと、甥は言葉を詰まらせた。そして、慌てたように話題を変える。


「そ、そういえば、白雪はどのような人なのですか?」


 聞かれて、自分の眉がピクリと動いたのがわかる。


「白雪の何を聞きたいのです?」


 それに気がつかないまま、甥はさらに訊く。


「そうですね……性格とかですかね?」


「暗いですわね。」


 一言で言い表す。


「え? 暗いのですか? 聞いたところによると、おしとやかで優雅な深窓の令嬢と」


「あの白雪が、おしとやかで優雅ですって? 家出をするような子が? ありえないですわ」


 そう言うと、甥はびっくりしたように目を見開いた。


「家出をしたのですか?」


「……そうですわね」


 肯定をすると唖然とした甥はぽつりと呟いた。


「姫っていう立場なのに、家出って……。すごいですね」


 よく許しましたね、と甥が視線で伝えてくる。それにフン、と鼻を鳴らすことで答える。

 そして、私たちはようやく白雪の部屋にたどり着いた。

 先導をしていた女官に部屋の扉を開けさせる。応接室を通り過ぎ、寝室への扉を開くと、看病をしていた使用人たちと、先ほどの薬師やその助手が立ち上がり首を垂れた。よく見ると七人の庭師たちまでいる。

 大きな寝台に横たわる白雪は相変わらず息が荒い。薬師であるソレイルが前に踏み出す。

 慎重に白雪を診察して、安心したかのように息を吐いた。そして、こちらを見ると口を開いた。


「王妃様のおっしゃった通り、プモン・ラ・モウ病です」


 知らず知らずのうちに口から空気が漏れる。


「そう。では、治るのね?」


「ええ。薬は今すぐ作ることが可能です。材料は持参してまいりました。」


 それを聞いて私は、はっと思いついた。


「では、ここでその薬をそこの薬師たちに説明しながら作りなさい。私は戻ります。」


 そう言って背を向けると背後からソレイルの了承の声が聞こえた。そして、私はそのまま部屋を出た。

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