白雪の継母〜白雪をいじめようと思う〜
露草 はつよ
第1話Snow White
王に嫁いで早速だが、
漆黒の黒檀の様な髪と、雪の様に真っ白な肌、林檎の様に真っ赤な唇。
文面だけ見れば大変美しい娘に聞こえるだろう。
しかし、真実は違う。
黒いのは良いがボサボサな髪、前髪は伸び放題で目がきちんと見えない。真近で見れば枝毛ができていたりと傷んでいる。
白い肌は美しいとされているが、白雪の白さは異常である。滑らかな白を通り越して、真っ青。
真っ赤な唇は色の悪さを誤魔化そうとして、濃い色を塗りたくっている様でかなり不自然だ。色が濃すぎてただでさえ青白い肌を益々病的に見せる。
初対面で
この娘……不健康すぎる。
聞くところによると、この娘王位継承権の順位がとても低く期待されたこともない様で、婚姻も特には決まっていない。
陛下が言うには、末っ子だし今の所強化しなければいけない国のつながりや大臣、部下の繋がりはないから自分の好きな人と結婚させたいとのこと。
そんな娘は毎日城の自室に閉じ籠り、本を読み運動もせず、陽の光も浴びず……といった自堕落な生活をしている様だ。
今はこんな娘だが実の母、つまり元王妃が病で亡くなるまでは一日に一度くらいは外で母と散歩していたという。
他の姉たちはもう結婚しているというのに、なんという体たらく!
四人の兄たちもご自分の責務を果たされているというのに……なんて嘆かわしい!
こんな有様じゃ結婚を申し込まれるどころか、こちらが申し込んでも受け入れてはくれまい。
こんな娘と城で一緒に暮らすのはごめんだわ。
いじめて城から追い出してやる!
この日から私は白雪をいじめるのに時間を割く様になった。
朝、昼、晩の食事をきちんと摂らないという白雪に、朝は無理やり起こし昼と晩は自室から引きずり出し、向かい合う様に同じテーブルで食事をするいじめをした。
食事中王族とは思えないマナーがなっていない行動を取るので、一々チクチクと嫌味を言ってやった。
食事中は黙々と食べているが、次の食事には嫌味を言ったところが治っている。……つまらない。言うことが少なくなっていくじゃない。
他には、朝食の後に無理やり花園に行かせて私の部屋に飾る花を摘ませ、気に入らなければ(大体気に入らないのだが)、何度か往復させた。
そしてすれ違うたびに貴族、王族にとって常識である質問をして間違えれば鼻で笑って嫌味を言った。それで何を思ったのか今までつけようとしても突っぱねていたという教師を雇ってくれと王に言ったらしい。
その日、陛下は私に言った。
「お前は、素晴らしい魔女だな」と。
きっと私のいじめに対してだろう。私は何も言わずに微笑みで返答した。
***
そして、その後三年間私は白雪をいじめ続けた。
いつの間にか傷んでいた髪が天使の輪ができるほどツヤツヤに、青白い肌は健康的な白さに、真っ赤な口紅を隙間なく塗っていた唇は、口紅を塗らなくても桃色に。
そして今日、私は今世紀最大の嫌がらせをしようと悪どい笑みで口元を飾っていた。
私の前には白雪の自室の扉。斜め後ろには王室御用達の美容師が。キラリと輝くハサミを構えて、女官たちと覇気を漲らせている。私が合図をするとバン! と扉が開かれた。
部屋の中には隅でうずくまって本を読んでいた白雪が目を見張りながらこちらを見ていた。口が小さく「お
私はすぐに女官たちに白雪を押さえ込むように指示を出す。一斉に白雪に向かう女官たち。白雪は私の背後に美容師が控えているのを見て全てを悟ったようだ。
必死に逃亡しようと抵抗する。しかし私たちは白雪の動きが止まるのを見計らって、美容師に直ちに合図をする。
身動きが取れない白雪に、美容師の手が迫り……ザクリ。
音がして、白雪の長ったらしい前髪がおでこの辺りまで一直線に切られた。絶句する白雪。
今まで見ることが叶わなかった前髪の下に隠されていたのは、冬の吸い込まれるような空の青だった。
現れた青に私は一瞬意識を持って行かれたように感じた。
なんて、うつくs……いえ、なんて平凡な色だことっ!
とっさに意識を取り戻して、固まっている美容師に声をかけようとする。だが、その前に呆然としていた白雪の瞳に涙がみるみるうちに溜まったかと思ったら、白雪は同じく呆然としていた女官たちの腕を振り払い、どこかへと走り去ってしまった。
その様子を目で追った美容師が思わずと言ったように口から言葉をこぼした。
「なんて美しい……」
その日、白雪は城に戻ってこなかった。
***
白雪は戻ってこなかった。
正しくは城の自室には。どうやら、城壁内の森の中へと入って行ったらしい。
森の中にはイノシシや食用の動物、植物、他は自生している木や動物もいる。最近は狼もよく出没しているという。
……私は、その日のうちに狩人を城へと呼んだ。昔から馴染みのある狩人だ。いつものように、ヘラヘラとだらしのない顔で私の前に跪く。
「王妃様、今日はどのようなモノがご所望で?」
私は、何の気概もなく当たり前のことを言う様に、鷹揚に口を開いた。
「この世で一番美しいモノの心臓よ」
それを聞いた狩人は微かに目を細めて頷く。
「では、新鮮さを失わないために、生け捕りでよろしいですか?」
「ええ……、新鮮が一番だものね」
会話が終わると、一礼して狩人は茶色のマントを翻して去って行った。
***
翌日、狩人は両手に生け捕りにした狼を連れてきた。狼もこの頃増えすぎてきていた様だし、ちょうど良かっただろう。どうやら、王城内に自生している狼は質が良く毛皮も世界一と言われるほどらしい。
怪我を負って身動きも出来ない狼が微かにピクピクと動く。それを見て眉をしかめつつ狩人をねぎらうと、狼を料理長に渡す様に言いつけて狩人を追い払う。
その日は狼のハツの料理や肉などが出た。……鶏肉の様だった。
使用人に命じて毛皮は加工する様に言う。そろそろ冬も近いことだ、存分に使ってやろう。
ディナーを終えた私の前には狩人が跪いている。狩の報告のためだろう。
「王妃様、七人の庭師が住む家周辺の狼は片付けさせてもらいました。と言っても、四頭ほどですが。結構大きいんですよね、ここの狼! 普通の倍はありますよ! 今あの毛皮、使用人たちが加工してますよ」
そう言った狩人に、私はため息をつく様に返答する。
「そう」
ふと狩人と世間話をする気が起きた。
「そういえば、あなた知っているかしら。今、白雪が城から逃げ出しているのよ。本当に根性のない子ね」
同意させる様に問いかける。
「そうですね。そういえば、その白雪といえば、庭師の所で居候してましたよ」
「まあ! なんて、はしたない!」
私は驚きに息を詰めつつ、背後に控えている女官のスヴェラに言う。
「あなた! 明日の早朝にその七人の庭師をここへ呼びなさい!」
「畏まりました、王妃様」
静かに返答をするメイドを横目に聞きながら、狩人の話の続きを促す。
「白雪はどう、あの掘っ建て小屋で過ごしていますの?」
そう狩人に聞くと、狩人は苦笑しながら質問に答える。
「どうやら、庭師たちに置いてもらおうとして、家事をやってるみたいですよ。……しかし、最近冷えてきたせいか、風邪をひいたみたいで」
「まあまあ、まあ! ……なんて、なんて……みっともない! これしきの寒さで、風邪を引くなんて!」
呆れて口からため息が溢れるのを、隠す様に扇を広げる。
そんな私に薄く笑いながら、わざとらしく、あ、と思い出したかの様に狩人が声を出す。
「そういえば王妃様」
「何かしら」
「いえ、狼を退治した時なのですが。庭師たちが手伝ってくれたので二枚ほど加工したものの毛皮を渡して褒美としましたが、よろしかったでしょうか? ……必要とあれば、取り返しますが?」
そう問う狩人を睨みながら返答をする。
「そんな事をしたらまるで、私が心の狭い人間みたいじゃないの。くれてやればいいわよ、毛皮なんて」
「ははっ、失礼をしました。お許しください」
まるで道化の様に振る舞い、頭をさげる男から目を逸らす。
「その汚らしい頭を私に見せつけないでくださる」
そう言うと、狩人はまた演技かかった仕草で頭をあげる。
「そう言わないでください。これは天然パーマです」
「それをきちんと整えていないから、汚らしく見えると言っているのよ!」
「えー、天パは手入れしなくてもいいって、知人から聞いたんですよ。それでかっこよく見えるって」
その知人とやらの見当違いなアドバイスにため息をつく。
「全然見えないわよ。いい? もう一度言うわ、全・然! 見えないわ」
狩人の外見の話はどうでもいい。仮に、その頭がアフロになっていようともだ。シャンプーか何かかがいいものなのか、ふわふわしていて少し首を動かすだけでも揺れる様な、アフロであろうと関係ないのだ。
「えー……そうですか……、そこまで王妃様がいうことは本当なんですね……。わかりました! これからはちゃんと髪を梳かしてきます! そして、モテます!」
決意を新たに、拳を固める狩人に冷えた目線をくれてやるが動じない。
そうして狩人は話を締めくくるために口を開く。
「そうそう、庭師たちですが毛皮を毛布にするみたいでしたよ?」
その言葉に眉をしかめる。
「毛皮をどうしようが、私が知ったことではないわ」
***
翌朝、早朝。
冬の寒さが身にしみる様な空間の中、私の目の前に跪く頭が七つ。
「お呼ばれにあずかりました。庭師七人、参上致しました。」
左端の者が代表の様だ。ハキハキと声を出す。
年齢は皆、同じくらいの様だ。つまり二十代前後である。
「早速ですが、貴方達白雪のこと……もちろん知っているわね」
沈黙が場を包む。
私は開いていた扇をパチン、と閉じた。音がよく響く。七人の方が同時に震えたのを、この場からよく見えた。
しかし、誰も答えようとしない。そんな七人に私は独り言を低く呟く。
「白雪はあんな、城から軽々しく家出する様な子供ですが……一応……一・応! この国の王女。もしも、何かあれば一番に罪人として挙げられるのは誰なのかしらね? ねぇ? スヴェラどう思うかしら」
後ろに控える女官のスヴェラに問いかけると、彼女は淡々と答える。
「今の白雪様の状況でしたら、やはり一番近くに控える使用人たちになるかと」
「あら、そう」
おそらく顔を青くさせている頭が七つ。肩が微かに震えている。
それを見て私は意識を元に戻した。
「ああ、話は終わりよ。……褒美の毛皮は無駄なく使いなさい」
深く頭を下げ、私に礼を述べて七人は去っていった。
面倒ごとが終わったと息をつくと、上座の奥の扉を隠す様にかかっているカーテンからクスリと笑う声が。
「……お人が悪いですわね。この国の王ですのに」
「良いではないか。私も白雪のことが心配なのだ」
そう言って、この国の王は私に近づくと私の肩を抱いた。
「……私もとはなんですか。私はただ褒美を渡した庭師達のことが気になっただけでございます。」
そう言う私に陛下は目を細めただけだった。
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