オリジナル

水円 岳

アバウトな紅茶

「うーん……」

「どうしたの?」

「ちょい、乾かしすぎたかなあ」

「てか、なにそれ」


 俺が八つ切り模造紙の上にぱらぱらと広げたものを見て、女房が首をかしげた。


「なんだと思う?」

「得体の知れない野草なんか摘んで来ないでよ。わたしは食べないからね!」

「ちぇ」


 最初から見破られている。これまでもいろんなものをこっそり食わして、その度に非難を浴びてきたからな。それは仕方ない。


 だが、今度のはまるっきりこれまでと違う。摘んで、茹でて、醤油をかけて食うというわけにはいかない。口にするまでにものすごく手間暇がかかるんだ。何事もチャレンジだとは言っても、実際どんなものになるのか見当が付かない。


 呆れ顔の女房がキッチンに下がって、俺は紙の上に広げられた新芽を改めて見回す。


「どのくらい萎れさせたらいいもんだか、全く見当がつかん。まあ、こんなもんでいいか」


 あまりにアバウトだが、経験がないから仕方がない。ざあっと小さなボウルに集められた葉。よれよれに萎れたそいつは、お世辞にも美味そうには見えない。


「ええと、次は……」


 生葉なまばの時にはそれなりに量があったように見えたんだが、陰干しの間にへなへなに縮んで、ずいぶんかさが減ってしまった。


「あーあ。これじゃあ、本当にお試しで終わりになっちまうかもな」


 まな板の上にちんまり収まる量になってしまった葉を、ざくざくとみじん切りにする。こいつを白飯に混ぜれば見た目は菜飯だが、とても食えたもんじゃないだろう。そんな余計な思考ごと、ひたすら刻み続ける。


「ええと、それからどうするんだっけ。ああ、そうだ。揉むんだ」


 刻み終えた葉をボウルに戻し、力一杯揉む。刻んだことで一時的に増えたように見えた葉は、俺の握力にだらしなく屈してくたくたに縮み、ほんの一握りにまで減ってしまった。


「げえー、こんなに歩留まりが悪いのかあ」


 どうも最初のイメージとは違うなあ。と、ここでぶつくさ言ったところでしょうがない。


「次は、醗酵か」


 大きめの鍋にぬるま湯を張り、そこに刻んだ葉を入れたボウルをぷかりと浮かべる。で、はたと手が止まった。


「どのくらいやりゃあいいんだ?」


 これまた野生の勘に任せるしかない。とりあえず、キッチンタイマーを六十分にセットして様子を見よう。

 大きい方の鍋にガラス蓋を乗せ、張っている湯が冷めてしまわないよう、時々弱火で加温しながら一時間。この時点で、あまりのアバウトさに失敗の二文字が目の前にちらつき始めた。いやいやいや、結論を出すのはまだ早い。


 キッチンタイマーがやかましく喚き散らす前に、ガラス蓋を開けて中の様子を確認する。


「おっ!」


 醗酵を始める前には鮮やかな緑色だった葉が褐変し、ふわりと柔らかい香気が漂った。


「へえー、こんなアバウトでもそれらしくなるんだなあ」


 そのまま醗酵終了ということにしたかったが、念のために葉を菜箸さいばしで撹拌して十五分ほど醗酵時間を延長。それで終了とする。


「で、どうするんだ?」


 このままでは利用出来ない。乾かさないとだめなわけだ。焙烙ほうろくがあればいいんだが、そんなしゃれたものはうちにはない。


「電子レンジと皿でやってみるか」


 醗酵の終わった葉を、紙を敷いた平皿の上に薄く広げ、三十秒の加熱を何度も繰り返していく。ここで功を焦って長時間加熱すると、焦げ臭くなってしまうらしい。


 乾燥の過程で、元々少なかった葉がさらに縮んで少なくなる。最終的には、ほんの数つまみの完成品になった。その頃には、誰もがよく知っている匂いがキッチンにぷんと漂っていて、それを嗅ぎつけた女房がひょいと顔を出した。


「出来たの?」

「ああ。アバウトもいいところなんだが、それっぽくはなったわ」


 小皿の上にほんの少しの、黒っぽく変色した葉の細片。それを見た女房は、俺が何をしていたのか確認できたようだ。


「淹れてみる?」

「そうだな」


 そう、俺がばたばたと作業して作っていたのは紅茶だ。丸二日かけたのに、出来上がったのはたったティースプーン三杯分。摘んできた茶葉から紅茶にするまでの手間にはとても見合わない収量だが、とにもかくにも世界に一つしかないオリジナルティーの出来上がりだ。ごたくそ言わずに試飲と行こう。


◇ ◇ ◇


「へえー!」

「意外にいけるな」

「ちゃんと紅茶の味するね」

「まあな」


 出来立ての紅茶。その茶葉はティーポットの湯の中で軽やかに踊り、お馴染みの色と香りを振りまいた。もちろん風味や香気は、商業生産されている紅茶と比べられるレベルではない。人によっては、紅茶味の湯じゃないかと酷評するかもしれない。だが、それは紛れもなく俺の手作り。他のどこでも入手できない、俺の生み出したただ一つの産物だ。


 そうだな。紅茶作りは、文章を編むということによく似ている。


 巧拙はともかく、俺は俺のやり方でこれが俺だという文章を編む。出来上がったやつを美味しいと感じてくれれば嬉しいが、俺にとっての価値は、手と頭を動かしてそいつを作り出したという一点に集約される。


 たったティースプーン三杯分という結果だけを見れば、そこに多大な手間と時間を注ぎ込む意味などないように思えるかもしれない。だが、こうして一度オリジナルティーを味わってしまうと、それは癖になる。止められなくなるんだよ。


 女房が、空になりかけていた俺のカップを覗き込んだ。


「お代わりは?」

「もちろん、飲む。もう来年まで味わえんからな」

「ええー? また作るの?」

「当然だ。今度は、いろいろ条件を変えてやってみるさ」

「物好きねえ」


 ティーカップを手にした女房が、上目遣いで俺を見てくすっと笑った。


「来年は、もう少し美味しいのをお願いね」



【 了 】

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