5-7

「……よし」


 ノース三番街、カナリーの前で、ノインは装備の最終確認を行っていた。

 あの後、アウルを出たノインは一旦自宅に戻り、日没を待ってからここへ赴いている。

 自宅に戻ったのは装備を整えるためだ。

 持ってきたのは、緊急用として自宅に備えていた対人用の通常弾が詰まった弾倉を三本ほど。そして個人的に保管していた予備パーツを使って、〈ギムレット〉のメンテナンスも念入りに行ってある。まぁ、実のところそれだけなのだが、今のノインには可能な限りの重武装である。

 そしてあとは、残り一発となっているナハトレイド。

 魔法使いを生み出しているらしい連中の所へ潜り込むのにナハトレイドが一発というのは心もとなかったが、こちらは補給ができないのでどうしようもない。今日、霧は出ていないし、使わずに済むことを祈るばかりである。


「…………」


 ノインは確認を終えた〈ギムレット〉を腰のホルスターにねじ込むと、カナリーの隣のガレージスペースに停めてある、ラセットブラウンのガソリン車を見据える。


「これで行けってことだよな」


 呟いて、ノインは渡されたメモ用紙と鍵をコートのポケットから取り出した。

 メモ用紙に記されていたのは地図だった。端には『ノース一番街フラグメント旧研究所』という記載。確か先日、新聞の記事で見た施設だ。何年か前に閉鎖されたはずだが、その下に書かれている『地下』の文字の意味を考えれば、ここに何があるかは大体予想がつく。たぶんここから、地下のホロ・ファクトに潜り込めるのだ。

 どうやらカリーナは、既に魔法使いやホロ・ファクトに関する情報をかなりの量入手していたらしい。そしてその中で、いつか必要になりそうな情報をフィデルに託した。そういうことなのだろう。フィデルが内容を理解しているかは不明だが、こちらに何かあったら、渡すようにとでも言われていたのかもしれない。

 ただそのメモに、地下の様子に関しての記載は一切なかった。何があるのか、いるのか、それはわからないままだ。しかしノインに今さら引き返す選択肢はなかった。危険なのは単騎突入を決めた時から覚悟していたことだ。

 ノインは車に乗り込むべく、運転席のドアを開ける。

 するとその時、ガレージの物陰から一人、男が出てきた。ノインは一瞬警戒したが、傍にある街灯の光で彼の顔が浮かぶと、かなり面倒そうに眉をひそめた。


「……なんでいるんだ」

「昼間も同じセリフを聞いたぞ」

「…………」


 そういえば、言った気がする。が、突拍子もなく現れる彼の方にも非はあるように思う。

 ノインは先ほどと表情を変えることなく、その男、セルジオに言った。


「何の用だよ。まさか、今更捕まえるってか?」


 彼が今ここに現れた理由など、ノインにはそれくらいしか思いつかなかった。

 セルジオは今、白いシンプルなカラーシャツと黒のスラックス、そして濃紺のロングコートという格好だったが、私服公安官など別に珍しくもない。

 しかしセルジオは、ノインの疑念の視線をしっかり受け止めつつ、答えた。


「違う。俺も同行させてもらおうと思ってな」

「…………………………は?」


 たっぷり時間をおいて、ノインは聞き返す。が、セルジオは泰然とした様子で話を続けた。


「昼間の話が真実なのか、この街に暮らす者として知るべきだ。俺があの少女と出会ったイースト二番街の報道も妙だった。市政府や公安の上層部が何かを隠している可能性はある」

「…………」

「それに、彼女の死にも関わっているらしいしな」


 セルジオは、真横にあるカナリーを見上げる。


「……昼間は公安官が知るべきじゃないとか言ってなかったか?」

「公安官として関わるつもりはない。ここにいるのはセルジオ・マックフォートいち個人だ。昼間、無理やりだが辞表も出してきた。今は公安手帳も、正式銃グレイ・ハウンドも持っていない」


 言ってセルジオは視線で腰のホルスターを示す。確かにそこには〈グレイ・ハウンド〉ではない別の拳銃が入っていた。


(カタブツなんだかぶっ飛んでんだかわかんねーな……)


 セルジオの謎の行動力にノインは半ば呆れた。

 魔法使いの件は別に確定の情報でもないのに、一体何が彼をそうさせるのか。


「あのな。お前わかってんのか? 昼間も言ったが、これから俺がやろうとしてることは立派な犯罪だ。場合によっちゃ、人を傷つけることになる可能性もある」


 オブラートには包んだが、その『人を傷つける行為』には当然、人殺しも含まれることになる。もちろんそうならないようには動くつもりだが、何があるかわからない以上、それは覚悟しておかなければならないことだろう。

 するとセルジオは、意外な言葉を返してきた。


「討伐屋という人間が、えらく弱気だな。人は殺さずに目的は達する、というぐらい言えても良さそうなものだが」

「無茶言うな。公安官のお前ならできるのかもしれねーが、そんなレベルの戦闘技術、しがない討伐屋に求めんな」

「……俺からすれば、ろくな装備も人員も、訓練もなくあの化け物と渡り合う討伐屋お前たちの技術の方がよほど熟達していると思うがな」

「…………」

「それにお前はそれなりに長く討伐屋を続けているのだろう? 討伐屋の平均勤続年数は一年半──人数が少ない原因の一端に、殉職している人間が多いからという理由がある事を知らないわけではないはずだ」

「……それは……」


 そこでセルジオはふっと息を吐いて、


「……まぁ、その話はともかくとしてもだ。作戦を始めようという時に、後ろ向きな発言はするものじゃない。それに、同行するからには、俺にも覚悟はあるさ。カリーナのことも、……ロイのことも、このままでは寝覚めが悪すぎる」


 もう公安官でない――つまり部下でないとしても、やはり彼のことは気にしているらしい。セルジオの意志は固いようだ。

 ノインは観念したように、肩をすくめた。


「わーったよ。人は殺さずリリを助けて、悪いやつらはとっちめる。お前と一緒に。――と、これでいいな?」

「……ああ。感謝する」


 無論、彼の発言が自分を嵌めるための虚偽である可能性はある。ただ不思議と、ノインは彼の言葉を全面的に信用していた。セルジオがそういう類いの嘘をつける人種であるようにはあまり思えないのだ。

 そしてノインは車の運転席に乗り込む。次いでセルジオも助手席に座った。


「にしても、お前、よくここがわかったな?」


 エンジンをかけながら、ノインはセルジオに問う。

 まさか後をつけられていたのかとも思ったが、セルジオは当然のように言った。


「渡した鍵がカリーナの車の鍵であることは知っていたからな。あの話の内容を考えれば、ここで待てばいいことぐらい察せる」

「……ああ。なるほど」


 変に感心しながら、ノインはアクセルを踏む。

 そして二人を乗せた車は、夜の街へと滑り出した。

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