4-6
図書館での一件から、ちょうど丸一日が経った。
ノインは暗い自室の床に座り、傍にあったソファに体重を預けるようにして、虚空を見つめていた。背後のソファではリリが静かに寝息を立てている。今日は一日中曇りであったため、部屋の気温は普段以上に低かった。
「カリー……ナ」
リリはすやすやと眠り続けながら、昨夜死亡した女性の名を呟いた。
相当、ショックだったのだろう。
それはノインも同じ──いや、それ以上か。ノインは結局、あれから一睡もできていない。
あの後、ノインはカリーナにできる限りの応急処置を施して館内の電話で救急連絡し、彼女を最寄りの病院に搬送した。霧の夜だったが搬送はスムーズで、それにはノインも付き従った。
そして着いた病院からボスウィットに電話を入れ、その後は、ボスウィットから連絡を受けたアウルの主人が慌てた様子でやってきた。彼は昔からカリーナの親代わりのようなところがあるので当然の反応だ。そして彼は一度カリーナの容体を確認すると、こちらには一度帰るように伝えてきた。ノインも、特にできることはないのでその言葉には従った。
しかしそれから数時間後、そのアウルの主人から、カリーナの死亡を伝える電話がスキューアにかかってきたのである。
「…………」
ノインは悔いていた。
あの時自分がもっとうまくやれば、彼女は死なずに済んだかもしれないのだ。目の前で仲間を失ったのはこれが二度目。ノインはあの頃からまったく成長していない自分を酷く嘆いた。
「なんなんだよ……アレは……」
ノインが考えていたのはカリーナを殺した犯人。あの衣服を纏った魔法使いのことだった。
(服を着て、銃も使ってた……どういうことだ)
特殊個体……なのだろうか。しかし、あんなタイプは初めてだ。
(……それに、喋っただと……?)
ノインはあの時魔法使いが呟いた一言を、もう一度脳内で再生させる。
『お前は、まだだ』
いったい、何がまだだというのか。魔法使いに自我や知能めいたものがあることにも驚きだが、自分を知っているらしいというのもわからない。それで思い出すのはリリの存在だが……まさかあれとリリに、何か接点でもあるというのだろうか。
リリが言っていた変な音というのも、異常な魔法使い故の『音』ということなのか。
「……くそっ」
状況を精査すればするほど、わからないことだらけで、どうしようもない無力感と苛立ちが募る。悲しみの後に繰り返すこの感覚をノインは知っているが、これがどうしようもないものだということもまた、知っていた。
「ん……」
その時、リリが呻いた。彼女は何度かまばたきして目をこすり、ゆっくり上半身を起こす。
「…………」
だがノインは何も言葉をかけなかった。あえて彼女を無視するようにして、部屋の壁を見つめる。彼女と何を話すべきか、思い浮かんでこない。頭がいっぱいで、どうしようもないのだ。
だがリリは、突然言った。
「……ごめんね?」
ノインは思わず彼女に振り向く。
「なんで謝る?」
「……ノイン、泣いてるから」
それは少しちぐはぐな会話だった。ノインの頬に涙は流れていないし、たとえ泣いていたとしても、彼女が謝るようなことは何もない。もちろん、今悲しんではいるのだが。
するとリリは、たまにノインが彼女にそうするように、ゆっくりとノインの頭を撫でた。
優しげな眼差しでノインを見つめながら、慈しむように。
そして。
「悲しいのは、だめ」
ぽつりと呟かれた言葉。
それはまるで『彼女』のようで。
そしてノインは手を伸ばすと、彼女の頭に手を置いた。
「……だな。駄目だな」
「……ちょっとは元気、出た?」
「ああ。サンキュな」
彼女もショックだっただろうに、自分がくさくさしていたせいで、変に気を遣わせてしまったらしい。
「……よし」
ノインは陰鬱な空気を振り払うように言って、その場で立ち上がった。
「ちょっと出かけるぞ。準備しろ」
リリに声をかけつつ、ノインはベランダの窓から街を見下ろす。今日は珍しく霧は出ていないらしい。しかしノインには行くべきところがあった。
そしてノインはリリの準備が整ったのを確認すると、銃、コート、そしてペンダントを身に着け、リリとともに自宅を後にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます