3-10
そこは手狭な会議室だった。
部屋に窓はあったが、夜間であるために光は入らず、部屋の明かりもやけに小さい。おかげでその場は妙に薄暗かった。
中央の円卓にはスーツを着た男らが数名。いくつか空席はあったが議事は進行していた。
「……以上が、今回の報告です……」
円卓にあって一人起立していた平凡な容姿の中年男が、少々弱々しく話を締めくくる。
すると、その男のちょうど向かいに座っていた初老の男が口を開いた。
「……それで、どうされるおつもりですかな。マクレーン殿」
その言葉は、名は、起立する中年男に向けられたもの。
ヘンリック・マクレーン。
彼は、今行われている会議の中心人物であり、市政府の総務大臣と魔法使い研究機関フラグメント所長を兼任する男である。そしてこの会議は、昨夜未明に起きたある事故について、彼に説明を求める場であった。
「……さ、先ほども申しました通り、今回の件は調整不足による突発的かつ再現性の低い事故と思われます。公的な発表も魔法使いの襲撃事件と局所的な地盤沈下の併発とする予定で……施設の事後処理に関しましてもフラグメントが……いえ、私が主導で行います。ですから、その、例の計画について問題が生じたわけではありません。すべて、予定通りに進んでおります」
今、この場においてマクレーンの立場は危うかった。
今回の事故で被害を受けた場所は大きく三つあるのだが、うち二つがマクレーンの管理する施設内で発生したものなのである。しかも事故原因もそこにあり、加えて、残る一つの被害箇所も、それの二次被害という状況である。実際に事故を起こしたのがあの男でも、管理者であるマクレーンが責任追及を逃れることなどできるはずもなかった。
「しかし、あれもまだ調整不足ということか。……本当に大丈夫なんだろうな?」
先のマクレーンの発言を受けて、別の男が口を挟む。
「そ、それはもちろん。ただレーツェルもあれの調整には少々手こずっているようでして」
「ふん。大した特攻兵器だな。……『指揮官』の方の試験は公安がやっているのか?」
「ええ。早ければ、もう終わっているかと」
そこでマクレーンはポケットからハンカチを取り出して額を拭った。
さっきまでの糾弾の影響か、汗の出が酷い。
尚、今回の事故における三つの被害現場とは、フラグメント旧研究所と、その直下の地下施設の一部、そしてイースト二番街C‐五二番地だ。
前二つに関しては人気のない施設であるため、人的被害は無かった。そちらの今後の問題は破壊された施設の修繕になる。ただこの場所は、市政府の秘密に繋がる場所なので一般の業者に頼んでの修繕というのができず、それが非常に頭の痛いところなのである。あの場所がここまで大きく破壊されることなど今までなかったので、対応は全てにおいて遅れている。
また、イースト二番街に関しての課題は、市民からの追及をどう逃れるかということだった。その点でいえば、こちらは市政府、公安全体の問題に発展してしまっているといえる。報道管制を敷いたところで、市民の不満は市政府にぶつけられることになるだろう。この問題点に関しても、先ほど手厳しく追及を受けたばかりである。
そしてその後しばらく、会議は続いた。
「しかしその『指揮官』の試験、討伐屋に先を越されていないだろうな?」
「仮にそうだとしても問題はあるまい? 我々としてはペレットを回収できればそれでいいのだから。こちらから動かすのが公安だというだけだ」
「……私が言うのは機密性の話だがね」
「奴らに見つかってどうだというのだ。あなたは少々神経質すぎる」
「しかし、長期計画であることは理解していたが、さすがにそろそろ完成させて欲しいものだ。関連で生まれた権益に不満はないがな」
「いやいや、個人的には今の状態でも形になっているとは思うよ。あの男も存外使えた」
「物資の乏しいこの街も、あと少しで他の都市街に劣らぬ力を得られるというわけですな。これであの血の気の多いライトシティとその協定都市街も黙らせることができる」
「はは。この街が
マクレーンを置いてけぼりにしつつ、そんな会話が続く。
だがあるとき、一人の男がマクレーンに問うた。
「そういえば、例の魔法使いは子供を連れ去ったとも聞いているが? あれはなんだ?」
その言葉に、マクレーンは少し――ほんのわずかだけ眉を動かす。
「……何のことでしょうか。情報が錯綜していただけでは?」
「隠し事をしているわけではあるまいな?」
「まさかそんな……」
再び額に噴き出した汗をマクレーンはハンカチで抑える。
今日の昼間にレーツェルがしてきた提案は、すでに動いていた。
提案の詳細としては、公安に所属している『あの男』を一時的にこちらが借り、彼に少女を探させて、こっそり彼女を回収するというものだ。
男の借り方は、少々手間のかかる方法を取ることになってしまったが、少女のことをこの円卓から隠すなら、彼を使うことも可能な限り隠しておかねばならないので仕方ない。
当然、公安省長官にはこちらの事情をすべて伝達済みであり、彼女の件には、捜査不要の命を出してもらっている。結局公安に貸しを作るような形になってしまっているが、彼女を使うことで新たな研究成果が出せると言われれば、やはり無視はできない。
それに自分の父親は元公安省長官であるため、その名前を出せば、多少強引に口封じは可能だった。残るこちらの仕事は、この場で少女の存在をごまかすことである。
「…………」
ちらりと隣を見ると、公安省長官である中年男――ミドルトンは、無言で、澄ました顔で座っている。
あと少し――自分にそう言い聞かせて、マクレーンはハンカチをポケットにねじ込んだ。
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