limit of minute《リミット・オブ・ミニッツ》
天家 楽
Level1からリスタート
この世界には“ダンジョン”という物が存在する。
凶悪なモンスターを囲い込むダンジョンは平野や山、はたまた海の中、最悪は街の中など出現場所や時期を選ばない。
穏やかに日々の暮らしを送りたいと願う人々にとってダンジョンは厄災でしかないのだ。
しかし、この世界に生きる種族もバカではない。
“レベル”という存在に気づき、モンスターを討伐する事で自身の能力が上昇し、強力な技を繰り出す“スキル”が確認されると反撃に打って出た。
ーー冒険者として。
ダンジョンに入って凶悪なモンスターを屠り、最奥に待ち構えるボスモンスターを討伐する事で得られる報酬や名声を生き甲斐として生きる冒険者。
ここにもマゴルダグニア地下洞窟300層にも及ぶ深い道のりを、たった一人で攻略しようとする冒険者がいた。
第300層。
「ハーーー、フゥッ」
手に持つ松明に照らされて、真紅に染まる巨大な扉が現れると、ここまでの道のりを思い出して深いため息を吐き、気合を入れ直す。
地鳴り音と共に扉が開き中へ進むと、内部は天井や壁にクリスタルが寄生し、自らが発光する事で部屋を明るく保つ大きな空間が広がった。
白い長袖のシャツに黒のズボンを履き、細身の背中からはロングソードを背負う。防具などという装備品は鼻から当てにしていない服装の着こなしをする男の名はミナト。
ミナトの頭上には名前とレベルが表示されている。
“ミナト・Level999”
世界でただ1人確認されている“レベル999”という唯一無二の存在であるミナトはゆっくり地面を踏みしめ、中央に向けて歩く。
直後ーー
『ガラガラ……ドスン!!!』
絶妙なタイミングで天井から瓦礫が崩落するとミナトは怪訝な顔をして見上げた。
「やっぱり主はいるか……」
間の抜けた声を出し瓦礫が崩落する場所から地面を蹴って後退し愚痴をこぼすと、天井から巨大な影が降りたった。
青碧色の鱗が体中を覆い巨大な体を支える4本の足と尻尾。
後ろ頭からは白金の角が生えた大蛇が全部で8つーー
“ヤマタノオロチ・Level900”
ミナトはモンスターの頭にある表示を確認すると、背中に背負っているロングソードをヤマタノオロチに構えて動きを注視した。
『シュルルルルルッ』
舌を巻き、挑発行動を取るヤマタノオロチは牙を剥き出し、ここまで到達した祝いだと言いたげに体をしならせるとミナトへ牙を剥く。
『ゴッ!!』
単調な攻撃にしてヤマタノオロチ最大の攻撃『噛み砕き』が、ミナトを飲み込み噛み砕いた。鋭い牙に噛み砕かれれば、人間の四肢など残存する筈もなく全てが粉々。10000ピースのジグソーパズルになるのはあきらかだった。
しかし、ヤマタノオロチの口からは人間が軋む音や噛み砕かれる音は聞こえずただ無音が続いた。
オロチの口は最後まで閉まりきる事なく牙と牙の間には少しだけ隙間が開いている。
「うわぁ汚ったね、ベトベトじゃんか。避ければよかった……」
口の中から怪訝そうな声が聞こえる。
隙間を徐々にこじ開け、大蛇の口から脱出するとミナトはオロチの唾液で粘ついた手をズボンで気持ち悪そうに拭う。
「さてとっ……討伐といきますか!!」
真剣味にかける声を自分にかけてヤマタノオロチに向かい走り出した。
それから1時間、ミナトはヤマタノオロチを狩り続けた。
8つの大蛇から繰り出される人間には回避不可能であろう速度で迫る噛み砕きを、角度と目線から到達点を予測し身を捻り紙一重で回避する。
尻尾の薙ぎ払いが迫ると、どこでも売っているようなロングソードを斜め後方に構えて焦げ臭い匂いと火花を撒き散らしながら尻尾を巧みに逸らす。
嵐のような攻撃を受けながら、隙を突いて大蛇の首元に迫ると、一刀両断するべく片手剣技“デーモン・ブロウ”を発動させ、赤く光るロングソードを撃ち下ろす。
高い硬度を誇る青碧色の鱗は予想以上に硬く、ロングソードが一度動きを止めるが徐々に赤い光が首元に埋まっていき振り切ると、首元から大蛇の首が両断された。
『ギャャャャャャャャャャャャャャャャ!!!』
部屋中に轟く断末魔を上げるヤマタノオロチの唸り声を体中で感じながら、ミナトは口元が緩み笑みが溢れる。
「よし、あと7つ」
ミナトはあと7つの大蛇を刈り取るべくヤマタノオロチへ地面を蹴り疾走した。
そしてーーヤマタノオロチは終焉を迎える。
「ラストォーー!!!」
刈り取った首を足場にして飛び上がり、最後の1匹へ向けてロングソードを横薙ぎにする。
赤い光の筋が少しずつ牙にめり込み牙を切断すると、その勢いのまま口元から脳天に向けて大蛇は切り裂かれると、頭は黒に染まり消えて無くなった。
8つの大蛇が霧散するとヤマタノオロチは地響きを立てて地面に倒れ、全体が黒く染まると爆散して霧散した。
「これが踏破報酬?」
ヤマタノオロチが爆散した場所には、踏破報酬らしき細く黒い棒が地面に横たわっている。報酬品に見覚えがないミナトは、恐る恐る黒い棒に手を伸ばした。
表面がクリスタルの明かりで黒光りする棒を、両端を持ち引っ張ると中から刀身が現れる。
片刃で少し反り返った真鍮色の刀身には、波打った波紋が刃先まで広がる。
「これは……刀……??」
よく見れば漆がキメ細やかに塗り込まれ波紋も美しい。『切れぬ物はない!!』そう叫んでくるような武器に惚れ惚れしていると、持っている手が光り始めた。
光は白から青、緑、赤と変化していくと、今まで黒光りしていた柄と鞘にも桜の葉が舞っているかのような模様が浮き上がり、手の光と連動して白から赤まで変化していった。
「いい武器になりそうだな……」
武器に惚れ惚れする声を上げているミナトだったが、急に体が重く感じ始める。
疲れたか?そんな見解を持ち、体を触っているとミナトの目は視覚の一点に釘付けになる。
「レベルが下がっていってる??」
ミナトの視界右上には白字でレベルが表示されている。そのレベルが減少しているのだ。
何が起きているんだ?考えが追いつかずにミナトは硬直したまま立ち尽くす。
その間もミナトのレベルは100を通過し99、98と時間と共に下がっている。
「この刀か!!」
我に返り、ミナトは握りしめた刀を外そうとするが刀は握られたまま離れる気配はない。どこからか冷たい空気が頰に触れる。触れた空気の方が温かいと感じる程ミナトは寒気を感じていた。
徐々にレベルが下がり、ついに初期設定である“レベル1”になると赤い光は消え手から刀が離れ、地面に落ちた刀は柄と鞘に赤い桜が舞う模様が浮き出ていた。
「レ、レベル……1!? 嘘だろ……」
ミナトはLevel1になった事に現実を受け入れられず、ただ視界右上の表示を睨む。
これは現実ではない。夢だ。そうに決まっている。そう願っている。
“マゴルダグニア地下洞窟の踏破おめでとうございます”
突如、部屋に響き渡った女性の声にミナトは驚き辺りを見渡すが誰もいない。
“このマゴルダグニア地下洞窟の踏破報酬はこの刀です。この刀は所有者のレベルを吸い取り自分の力にする事で吸い取ったレベルに応じた剣技や刀の威力が発動します。
ミナトさん、あなたのレベルは……999でしたか。レベル999に到達している冒険者を私は初めて見ました”
女性は淡々と説明をしたがそんな説明はミナトの耳には入らず呆然としていた。
「返してくれ!!頼む!!刀はいらない、返す!!だからレベルを返してくれ!!」
空間に響く女性の声へ向けて悲痛の声を上げて跪き、額を地面に擦り付けてレベルの返還を願う。
しかし、レベルの返還に応じる事無く、決まった事項を読み上げるように淡々と女性は話す。
「刀に吸い取られたレベルは変換され、切れ味・耐久力・刀剣技に反映されます。そして、刀剣技に関しては特殊剣技として使えます。ただし、1分だけです。1分の特殊剣技終了後、12時間は使えません。」
「レベルの返還については受付は出来ません。ですが、レベルは無くなった訳ではなく刀として実体化してるんですからいいのではないですか?レベルもまた上げればいいですし……」
徐々に掠れていく女性の言葉に聞き、頭を上げるがいくら待ち続けても女性の声は聞こえなかった。
長い沈黙の後、諦めたよう刀を眺めて呟く。
「この刀がみんなの形見みたいなものなのか。みんなとまた冒険できるって考えれば、まぁ……どうにか……。しかし、またLevel1からレベル上げをするのか……嘘だろ……」
深いため息をついて刀を持つと、マゴルダグニア地下洞窟第300層に設置してある女神像に祈りを捧げ地上に出る。
「とりあえず近くの街でレベル上げでもするか」
ミナトは近くにある街、ルピス・マリエラへ向かいレベル上げに勤しむ。
それから数ヶ月後、ミナトはある女性と出会うーー。
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