第13話 地味子ちゃんを家で花火大会を見ようと誘った!
「今度の土曜日に多摩川で花火大会があるけど、家に来ないか? 部屋から花火が見えてきれいだから」
「部屋から見えるんですか?」
「花火大会があって初めて見えるのに気が付いた」
「行きます。一緒に花火が見てみたいです」
「それなら、6時に来てくれる。飲み物と食べる物を用意しておくから」
土曜日、僕は朝から落ち着かない。美沙ちゃんが僕の部屋に来るのは、風邪で寝込んだ時以来だ。
部屋で二人切りになってみたいと思ったが、今まで部屋に誘うことはしなかった。でも、思い切って誘った。美沙ちゃんは受け入れてくれた。おそらく前に言っていたように相当な覚悟をして。
二子玉川のスーパーへ行って、おいしそうなオードブルのセットと赤ワイン、ジュース、缶ビール、缶酎ハイなど購入して、冷蔵庫で冷やしておく。
部屋の掃除、洗濯、片付けを済ませる。ベッドのシーツを替える。ベランダを掃除する。ベランダのガラス戸を磨く。テーブルと敷物を用意する。
グラスをもう一度洗う。部屋に消臭剤を撒く。トイレを掃除する。お風呂を掃除する。本棚を整理する。万が一のためにあれがあるのも確認しておいた。
準備が終わったのが3時過ぎ。疲れた! ベッドに横になったら眠ってしまって、気が付いたらもう5時になっていた。もう一度部屋の中を見て回る。部屋の温度を確認。準備OK!
6時丁度にチャイムが鳴った。入口のドアロックを解除するとしばらくして部屋のチャイムが鳴る。
入口のカメラには浴衣姿が映っていたが、ドアを開けると黄色地に大きな赤い花模様、真っ赤な帯の浴衣姿の美沙ちゃんが立っていた。
浴衣が良く似合っている。髪はアップにしていて、白いうなじが色っぽい。美沙ちゃんは色白だ。ゾクッとして震い付きたくなるような衝動に駆られるが、ぐっと我慢して奥に招き入れる。
美沙ちゃんは窓際まで歩いて行って外を見ている。
「花火の準備がしてあるのが見えますね。本当にここは特等席ですね。楽しみです」
「まだ明るい今のうちに飲んだり食べたりしよう。暗くならないと始まらないから、7時過ぎまで時間がある」
「準備するのをお手伝いします。おいしそうなチーズがあったので、持ってきました」
「お酒は何にする? ビール、赤ワイン、缶チュウハイ、ジンジャエール、ジュース、何でもあるよ」
「赤ワインをいただきます。ここなら酔っ払っても心配いりませんから」
「僕も付き合うよ」
二人で赤ワインを飲んで、美沙ちゃんのチーズやオードブルを食べる。日没が近いが、外はまだ30℃以上ある。室内は冷房が効いて快適だ。
二人はベッドに寄りかかって、日が沈んで外が少しずつ暗くなっていくのを見ている。美沙ちゃんのグラスのワインが少なくなっているので注いであげる。
「この赤ワインおいしいですね。少し酔いが回ってきたみたいで、肩により掛かっていいですか」
「いいよ。僕も気持ちよくなってきた」
お互い寄りかかる。いろいろ食べてお腹が膨れたのとアルコールが入ったので、眠くなった。知らないうちに二人もたれ合って眠ってしまった。
「ドーン」と大きな音で目が覚めた。もう外はすっかり暗くなっている。美沙ちゃんも気が付いたみたいで、目が覚めたところだった。
「花火が始まったよ」
「眠っていたみたいですね」
「ベランダへ出よう」
ガラス戸を開けてベランダに出ると、ムッとした暑さだけど、時々、川風が吹いて不快なほどではない。どんどん花火が上がる。
はじめは立ってみていたけど、部屋の端に二人腰を下ろして寄りかかりながら花火を見ている。
「とってもきれい」
「良く見えるね。部屋の明かりを落としたほうが見やすいと思う」
部屋の明かりを落とした。美沙ちゃんは花火に夢中だけど、僕の手を握ってくる。肩に頭を寄せてくる。
腕に美沙ちゃんの柔らかい腕が密着するので肩に手を廻す。美沙ちゃんが身体を預けてくる。良い感じだ。
花火より神経がそっちの方に向かっている。でもこうして身体を寄せ合っているとなぜか落ち着く。
美沙ちゃんの顔をそっと見ると、とっても穏やかな顔をして花火を見ている。いつのまにか美沙ちゃんは僕の腰に腕を廻している。
花火が終わった。長いようであっという間だった。終わってからもしばらく二人は動こうとしなかった。このままこうしていたかったから。
どちらからでもなく、自然にキスをした。美沙ちゃんが抱きついて来る。こちらもしっかり抱きしめる。
「今日は泊ってほしい」と耳元で囁くと、頷く。立ち上がって二人でベッドへ向かう。
倒れ込むと、耳元で美沙ちゃんの「避妊してください」と小さな声。「分かっている」と言うと「無茶苦茶にしてください」としがみついて来た。
この部屋は3階だから、明かりを消していても街灯のあかりが入ってきて、薄明るい。美沙ちゃんは僕の腕を枕にして背中を向けて寝ている。僕が後ろから抱えているかたちになっている。二人とも余韻に浸って動かない。
「美沙ちゃん、ありがとう」
「嬉しかった。しばらくこのままでいいですか」
「ずっとこのままでいいよ」
「私の話を聞いて下さい」
「何?」
「どうか今のことで責任を感じたりしないでください。私が望んだことですから」
「どういう意味?」
「私が嫌になったらいつでも離れて行っていいですから」
「なんで今そういうことをいうのかな?」
「私、もう期待しないことにしているんです。だって、明日になったら別れようと言われるかもしれないし、死んでいなくなってしまうかもしれないから、もうそういうのはいやなんです。だから期待しないことにしたんです。でも今日の一日は大切にしたいんです。今は間違いなく私のものですから」
「言っている意味は分かる。明日のことを考えるより、今日を今を大切に過したいということだね、全く同感だ」
「分かってもらえますか?」
「分かる。そしていつでも今が今日が一番いい時なんだ。そう思っていると今を大切にできるし、今を一生懸命に生きられる」
「分かってもらえて嬉しいです」
美沙ちゃんがまたしがみついて来た。
夏の夜明けは早い。4時ごろには明るくなってくる。腕の中で美沙ちゃんが安らかな顔で寝ている。美沙ちゃんは丸まって背中を向けて寝ていて、それを僕が後ろから抱きかかえるようになってる。
夜中にまどろみながら何度も抱き合ったり離れたりしていたような気がする。この形が一番落ち着くみたいだ。美沙ちゃんの身体の温もりを感じるし、髪の匂いがする。この匂いも好きだ。こうしていると落ち着くし癒される。
寝顔を見ていたらまた眠ってしまって、ベッドから抜け出していったのに気が付かなかった。浴室のドアの音で目が覚めた。
美沙ちゃんはTシャツとショートパンツに着替えていた。やはり相当な覚悟をしてきていたんだ。着替えを準備していた。
「おはよう」
「おはようございます。朝食を食べてから帰ります。昨日の残りで朝食と昼食を作りますから、食べて下さい」
「休みだからゆっくりしていけばいいのに」
「帰ってお洗濯やお掃除をしなければなりませんから。今週の土曜日には私の家へ泊まりに来てください。夕食を作りますから。今度は中華にします」
「もちろん喜んで」
「紙袋貸してください。浴衣を畳んで持って帰りますから」
「その浴衣、とっても似合っていたね、それにとっても色っぽい」
「母が作ってくれました」
「着替えも準備して来てくれたんだね」
「花火の浴衣で朝帰りするわけにはいきませんから、女の身だしなみです」
「ありがとう」
美沙ちゃんは朝食の後片付けをしてから帰って行った。
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