第5話 地味子ちゃんと外勤!

地味子ちゃんがアシスタントに来てくれてから1か月ほど経つが、仕事が随分楽になった。


プロジェクトの会議録は正確でその日のうちに出来上がる。次の日には確認に回れる。


忙しい関係者を集めての面倒な会議の日程調整もしてくれて、会議室も確保しておいてくれる。


それで僕は各担当との調整や根回しに専念できて、新しい企画について室長と相談する時間もとれるようになった。


だから、ここのところ仕事はほとんど定時に終わるようになっている。でも地味子ちゃんの残業が無くなった。


「残業が無くなって給料が少なくなって申し訳ないね」


「毎日仕事が楽しいので構いません。コピーだとお金をいただかないとやれませんから」


「それもそうだけど」


「いろいろな仕事をさせてもらえて嬉しいです」


「明日、大学の先生のところへ研究委託の打合せに行くけど、一緒について来てくれないか。代わりに行ってもらうこともあるから先生に紹介しておきたい」


「分かりました。場所はどこですか?」


「神奈川県の日吉で少し遠いけど、アポは3時だから、午後1時過ぎに出かけよう」


「都内でないので日帰り出張扱いになるから手当が少し出るけど」


「ありがとうございます」


「先生との打合せメモの作成と帰ってからの出張旅費の手続きをお願いしたい」


「分かりました」


研究所だけでは手が回らないので、新しい素材の開発を大学に委託している。プロジェクトの準メンバーといったところ。


予算を取るのが大変だったが、私立の大学は学生さんが多くて人手があるので結果は必ず出してくれる。ただ、確実な成果を得るためには事前打合せとフォローが欠かせない。


今日は幸い天気も良い。地味子ちゃんも気分転換になるだろう。室長に大学へ打合せに出かけることと直帰することを話した。


午後1時過ぎに会社を出発して、約束の30分前に大学に到着。大学のキャンパスは広いので入口から先生の部屋まで結構時間がかかる。部屋の前で時間を調整して丁度3時にノックして部屋に入る。


打合せは30分くらいで終えた。この程度で切り上げないと忙しい先生に迷惑がかかる。地味子ちゃんがメモを取ってくれていたので、打合せに集中できた。まだ、4時前なので、学生ラウンジへ行って、一休みすることにした。コーヒーを二人で飲む。


「お疲れさん、メモのまとめ頼むね」


「分かりました。大学教授って普通の人ですね。怖い先生かと思っていました」


「そう、いたって普通。大体、変わった人は教授になれないから、安心して普通に話ができる」


「大学のキャンパスっていいですね」


「活気もあるけど、ゆったりしていて、落ち着く。僕も好きだ。学生時代が懐かしいよ」


「私も大学へ行きたかったです」


「大学へ進学しなかったのは、お父さんが亡くなったから」


「はい。成績も悪くなかったので、母は進学を勧めてくれましたが、苦労をかけたくなかったので、高校を卒業してすぐに就職しました」


「僕は大学1年の時に両親が交通事故に遭って亡くなってしまった。幸い保険金があったので、なんとか卒業できたけど」


「パソコンはいつ勉強したの?」


「就職してからです。前の会社にいるとき、廃棄するパソコンを貰って、独学しました。会社がパソコンの専門雑誌をとっていたのですが、私が雑誌類を整理する係だったので、廃棄するその雑誌を家に持ち帰って、休みの日に初心者向けの記事を試しながら覚えました」


「随分努力家なんだね」


「パソコンくらいできないといけないと思って頑張って覚えました。でも、ようやく役に立ちました。覚えておいて良かったです。分からないところは、会社で聞いたり、操作するところを見させてもらいました」


「総務部ではパソコンを使った仕事はしなかったの?」


「総務部では来客へのお茶の接待とコピーなどが忙しくて、そこまでさせてもらえませんでした。それに自分専用のパソコンがなかったですから」


「うちの企画開発室もパソコンの専門雑誌をとっていたから、時間が空いた時に読んで最新の情報を教えてくれる? 僕もなかなかついて行けてないから」


「ありがとうございます。そうさせてもらいます」


「じゃあ、今日は直帰ということで、ここらで引き上げるとするか。同じ経路だから、南部線経由かな?」


「それが便利です」


「溝の口は交通の便がいいね」


「昔から住んでいますが、会社が変わっても転居せずに何とか通勤できますので、意外と便利です」


「アパート住まいなの?」


「かなり昔に父が建てたというプレハブのアパートに住んでいます。近くに住んでいる大家さんが知り合いで、駅からも少し遠いので、家賃を安くしてもらっています」


「会社からの補助もないから大変だね」


「仕方ないです。でもなんとか一人で暮らしていけるので満足しています」


溝の口駅で乗り換えたが、地味子ちゃんは嬉しそうに直帰した。夕食を誘いたかったけど、無理強いするみたいで遠慮した。直属の部下だと気を遣う。

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