第二十六話 邂逅

 王と妃が初めて対面したのは、王が六つになったばかりの春。妃がもうすぐ八つになる、芍薬が見事な花をつけた頃だった。

 その頃から勿論、王は金糸に碧眼。妃は黒髪に紫暗の瞳を持っていた。

 ただ一つ違ったのは、王も妃も相見えたことだろうか。つまり、その時から二人はそういう風な格好をしていたのだ。


「暁、あの頃の君は帝国の王宮で命を狙われる事が多発していたね。それを見兼ねた皇后陛下おははうえが、凰都への留学を口実に君を国外へと出した。皇后陛下にとってそれは愛だったのかもしれない。けれど、君にはそうは思えなかった」


 凰都国と同じく一夫多妻制を採用している紋波帝国の皇帝には、現在男女合わせて十人もの御子がいる。皇后を母に持つとはいえ、時系列でいくと妃は六番目の御子だった。男児の方に比率が高いそんな順位は、仮に皇位継承権を認められいたとしても後継者争いに巻き込まれる事など皆無といっていい。皇后の第二子で、皇帝に目をかけられるような立場でも無いなら尚更だ。

 七歳にもなれば、留学に外交戦略の意味合いが含まれていることくらいは王族であれば理解できる。留学の許可はまるで追い出されるようにアッサリと下され、妃は当時出来たばかりだった凰都国との境目にあるこの離宮に連れてこられたのだ。


「国同士に交流があるとはいえ、国境を越えて刺客が追ってくることはなかなか難しい。その上、他国の王宮が隠れ蓑となれば、安全は保障される。なるほどそれは確かに私を想われてのこと、母上のお気持ちはよく理解できました——けれど私は、放り出されたくはなかったのです」

「皇后という立場の力は強い故、その方法以外にも君を守る為の選択を成し得ただろうしね」


 だからこそ、皇后を恨み、我を憎むと同時に羨んでいたのだろう?

 と、とんでもないことを口にする王。冷めた声音で言葉が紡がれる度に、その碧眼を深く鋭くさせて。まるで王自身が、妃を軽蔑するかのように。

 言葉か、声か、はたまたその両方にか……妃は目を見開いて王を見つめた。


「そこまでお分かりでいらしたのですね……そう、私からすれば第一王位継承権を持つ者として大切にされるアナタがとても羨ましかった。なのにアナタは王族として生きることを嫌がられていてとても妬ましく思っていたものです」

「けれど、そんな君はいつしか僕を不憫に思うようになった。我の父上と母上がした事が、凰都国の掟に抵触している。それは、さながら我自身が異端であることを知ったからだよね」


 驚いた表情に、力が少し抜けた王は苦笑いを浮かべた。人差し指の二番目の節でそっと妃の頬を撫でる。落とされるのは隠さないで、吐き出してという甘い囁き。


「……私には理解が全く及びませんでした。。それが風習ではなく法典に文言として盛り込まれているなどと。そして、法典という絶対規律が破られてしまっている事も」

「そう。華月と陽華は双子、しかも男女のね。本来すぐに切り捨てるべきモノだったが、男児のいない前王は躊躇った。しかも双子はシンクロライズするかもしれないという可能性を前王に授けた者がおり、そのため男児だけを残すわけにもいかなくなった……だからこそ前王は覚悟を決めた。大きな罪を背負う覚悟を。それは君も知るところだろう」


 それが、妃の言う破られた規律。王と内親王がここに存在する以上、その時、忌むべき双子を生きながらえさせる選択をしたということ。そして国の最高権力者が自ら法を犯したということ。それは誰にも知られてはならない事実である事に他ならない。その事実を隠蔽する為に、前王は更なる罪を犯す事になった。


「御義父上様は、陛下と殿下をお守りになる為、その事実を知る罪なき命を全てお奪われになった。そして、内親王殿下を男児と偽ってお育てになられることをお決めになられた。無論、そこに関わっているのはお父上様だけでなく国妃様と薬師様に侍女長。恐らく元宰相様や前国軍官長様辺りもご存知なのでしょう」

「ハハッ……確かに嘘も偽りも、罪でさえも呑み込みそうな面子だ。君の言う通り、男女の双子という事実を隠すだけでなく、王女を王太子として育てるなんて並大抵のことじゃない。留学制度も学問所も、目くらましの性質を担わせていたんだ」


 王と内親王の年齢を一つ偽ったとはいえ、子どもの成長は偽れない。その二つの制度は王宮で見目の似ている王と内親王が鉢合わせする事を出来うる限り避ける為に設けられたのだ。市井を見るのも王となる為の勉強の一環、などと口実は何とでもなる。そしてそれは、別の場所で同じ教育を施すのにもうってつけだった。


「言うなれば、偽りを真実にする為に整えられた舞台。けれど、アナタはそうまでして生きながらえさせられる意味を見出せず、ずっと罪の意識に苛まれることになってしまった」

「そこまでしなきゃならないのなら当時殺されていた方がマシだとさえ思って、王族であることを嫌悪していた。それは今も変わらない。なのに、不相応のまま我は国王になった。紋波帝国の、妃に迎えて……ね」


 紋波帝国の皇族の血を引く証であり、また紫暗の瞳が、泣いているのかと思えるほど震えた。

 この出会い自体は偶然の産物だったけれど。二人が出会ったことは、必然だった。

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