第二十四話 避忌
枸杞園へ向けて三國大山を登っていた二人は、あろうことか三人の賊に囲まれていた。
賊の二人は刀を構えており、もう一人は鎖玉をグルグルと回していて既に戦闘モードだ。下唇を噛んだ親衛隊長も妃を背に庇うようにして、刀を構えていた。
「あーぁ、どうしてこんなことに」
「それはまぁ目立つからでしょう。襦庫と
じわじわと間取りを詰めてきそうな現状に、頭を抱える親衛隊長へ妃は淡々と答える。さすがに、襦庫といっても絹ですしねと……と心中を音にすることなどは無かったが。そんな心の声を読んだかのような困り顔の親衛隊長も、その声音はどこか能天気で明るい。
窮地に陥っている、というよりはただひたすら面倒に巻き込まれたぐらいにしか思っていなさそうだ。
「金目のものを置いていけば手は出さないでおいてやるぜ?」
「そもそも、金目のものなど持ち合わせていないのですが」
「ああん、口答えしてんじゃねーよ。第一、その着衣は絹だろーがっ!! 誤魔化せはしないぜっ?」
無駄なこと、と頭で分かっていながらも妃は一応話し合いでの解決を試みた。その言葉も、旅の途中とはいえ確かにそんなに持ち合わせていなかったので過言でも無かったのだが、身なりが整っているが故にやはり通用しない。物盗りを繰り返しているらしい賊は、なるほど、それなりに見る目はあるようだった。
親衛隊長は身体を僅かに落として、戦闘態勢をつくる。
「山中とはいえ、服をむしられるなど許容出来ませんね」
「いや、山中じゃなくても無理ですけどね」
「交渉決裂、だな——やっちまえっ!!」
仮に、大人しく金品を差し出したところで賊相手に命の保証などあるわけがない。仕方なく、とばかりに妃も腰に吊るしてある短剣に手をかけた。そんな、見逃してしまいそうな動作を引き金にしたように刀を持った二人が一緒に走り出してくる。
キーン、と甲高い金属音が立て続けに二回轟いた。妃はまだ、腰の位置から腕を動かしてはいない。刀を受け流され、態勢を立て直すために距離を取った賊の顔は驚きに満ちていた。
親衛隊長はいつのまにか、両の手に刀を持っていたのだ。これこそ国王を守る、凰都国の
「なるほど、腕に自信があるようじゃねーの」
「……だったら、見逃してくれます?」
「ンなわけねーだろ、バーカ」
「ですよね〜」
声を荒げた賊の、鎖玉が放物線を描いて宙を舞う。大袈裟に溜息をついた親衛隊長はソレを軽々と受け止めるてみせるが、鎖がジャラジャラと音を立てて刃に絡みつき片方は身動きが取れなくなってしまった。
卑怯かな、再び他の二人が同時に押し寄せてくる。当たり前のように、賊の辞書に真っ向勝負の文字は記載されてはいない。
カキーン……ぐはっ!!
何やら、金属音とは別に間抜けな声が鳴いた。続けざまにドサッと、重いものが地に置かれた時の音が鳴る。再び刃を受け流された賊が呆然とする程、早技だった。
親衛隊長は刀を一本しか手にしていなかった。もう一本の刀の行方を追うと、地に伏せ目を回している賊の近くに、鎖玉を絡ませたまま落ちている。
親衛隊長はどうやら刃を受ける前に、賊へ目掛けて動きを制御された刀を投げ付けたようだ。倒れた賊の額が赤くなっているのをみるに、鉄球をマトモに食らったとみえる。
鎖玉を持っていた賊はチッと舌打ちすると、機能を失った鎖玉を放り出しさっと刀を引き抜いた。そして間髪入れず、親衛隊長へと向かっていく。その後ろに続くようにして、もう一人は丸腰の妃へに狙いを定めていた。
「なっ!?」
「いい加減、諦めてくれませんかねー」
カッキーン、と一際甲高い音が鳴り響いて賊の刀の一本が高く飛んだ。
もう一人の賊が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているのは刀が飛んだからだけでは無く、その刀を受ける事になったのが己自身だったからだ。
親衛隊長と妃は正面から向かってくる賊達をギリギリまで待ち構えて、同時にすっと横に避けた。その結果、賊同士の相討ちになったのだ。二人には、相手をする気など全く有りはしない。
「小賢しい真似をっ!」
「全く……余計に興奮させてどうするんですか」
逆上した賊がなりふり構わず向かってきては刀を振り回す。
キッチリ受け流していく親衛隊長は流石だったが、溜息をついた妃には白い目を向けられていた。そうしている間に放り出された刀を手に戻した賊が、再び妃に向かって走り出している。
カッカッと、不快な金属音が響き渡る。けれど刃を受け流すリズムの良いステップは、まるでダンスでも踊っているかのように華麗だ。
ただ、一人の賊に防戦一方だ。もう一人の賊は今正に妃に刀を振りかざそうとしている。
「もらったー!!」
「っ!!」
愉しげな妄言が、妃へと振りかかった。親衛隊長は動けない。その瞬間、カッ、キーンと刃を弾き飛ばす音が反響した。
宙高く舞った刀が、ザクッと地面を突き刺す。
「何が……もらった、のでしょうか?」
音もなく、短剣が鞘から抜かれていた。賊に問う妃の声はブリザードのように冷ややかだ。口元に笑みを浮かべながらも一切笑っていないその紫暗は、事実、怒りに満ちている。
「結局お手を煩わさせてしまいまして、誠に申し訳ございません」
「人数的にも武器的にも此方が不利ですので、気にされる必要はございません」
「ちっ、ズラかるぜ!」
苦笑と共に親衛隊長は謝罪を口にする。すると妃はさっさと片をつけてください、と口にして衣服の裾についた砂埃を手で払った。
漸く勝てる見込みがないと判断したのか、賊達は散り散りに逃げ出していく。二人は肩をすくめると、武器を鞘に収めて目的地へと足を運び始めた。
「国王に継ぐ……と耳にはしておりましたが、お妃様の剣の腕前、なかなかのものとお見受け致しました」
「
「確か剣術や武術、馬術に限らず芸術等も内親王殿下と共に学ばれたとか」
凰都国でも、剣術や武術を取得するのに特に性差を設けられてはいない。けれど昔からの風習か、男児は剣術や武術、女児は芸術を習得させる事と決まりのようになっている。
それを嫌って打破したのが、言わずとも内親王だ。当時の彼女は、守られるくらいなら命など差し出した方がマシだとまで口語したほどだった。
「己のことは己で守る。偉大なる皇帝陛下のお言葉でもあります故」
「我が王も、さぞかし心強いことにございましょう——男としては、大切な人であればあるほど自分の手で守りたいと思わなくこともないかもしれませんが。あぁ、見えて参りましたよ、枸杞園でございます」
標高二千三百メートル程ある大山の中腹まで登り、獣道を裏手にまわるように進んでいったところにその離宮はひっそりと建てられていた。その入口にはどういうわけか、しっとりと濡れた使者が馬上にぐったりともたれかかっている。
両者は驚きを隠せず、慌てて駆け寄った。
「朱鳥っ!? どうしてこのような…」
「ドーモ、暁サマ。何とかお出迎えに間に合ったっす。維継サンも、紋波帝国へようこそ。お見苦しい格好にて失礼してマス」
へへへっ、と笑う使者の顔には濃い疲弊の色が沈んでいるが、意識がハッキリしているところをみると問題無さそうだ。
「歓迎のお言葉感謝致します。国王陛下は所用を済まされた後、此方に向かわれるとのこと。よって私めがお妃様をお連れ致しました次第でございます。それにしても、勒殿のそのお姿……王都は酷い雨振りであったとお見受け出来ます。お風邪など召されてはいらっしゃらないのでしょうか」
ビシッと敬礼して謝辞を述べた後、親衛隊長は心配そうに眉を寄せた。使者は力なくダイジョーブ、と繰り返すが身体が動く気配はない。馬から降りられないのだと判断し、お身体失礼致しますと小声をかけると己が濡れるのも厭わず肩で使者を支えながらするっと馬から滑り下ろした。いわゆる、お米様抱っこという担ぎ方だ。
「イヤイヤ、お客様にゴメーワクをかけるわけには……」
「今は親衛隊長様のお心遣いに身をお任せになりなさいな。湯殿の用意が出来ていますから、親衛隊様さえ良ければご一緒に」
使者は力無く、それでもどうにか降りようとゆるりと手足を動かし抵抗してみるけれど親衛隊長にとってはどこ吹く風、ガッチリとホールドされている。
と、そこへ宮の奥から、澄んだ声と共に凛とした佇まいの女性が姿を現した。パッチリとした二重の碧眼は王をもう少し大人した面影があるものの、腰ほどまでもある艶やかな黒いストレートの御髪は対照的だ。
言わずもがなその人が国王の姉、凰都国の第一王女だ。今は、紋波帝国皇太子妃である。
「お久しゅうございます、義姉上様」
妃は俯き加減で膝を半分ほど折り、やや硬い声でそう言うとすっと頭を下げた。
「暁様もお元気そうで安心致しました。長い旅路にて、お疲れになられたことでございましょう。暫しの間ではありますが、どうぞこの宮でお寛ぎなさって下さいな」
対する皇太子妃は、本当に嬉しそうに、鈴を転がすような甘い声音で歓迎の意を示した。そこにはぎこちのない温度差がはっきりと存在するが、親衛隊長には気にする素振りがまるでなく、普段なら突っ込みを入れそうな使者も今はそれどころではない。
結局のところ三名は長い黒髪を微かに揺らしながら姿勢良く歩く皇太子妃の後に続いたのだった。
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